あなたは大竹伸朗作品を語れるか。私には・・・。

むりやて。それで時間がかかった。鑑賞から3週間かかってしまった。
展示は3階をメインに、一部の初期作品は2階でも展開され、最後(あるいはスタートで)に1階で1点、大作品で締め括られる。
3階の大展示室は大きく2エリアに分けられ、最初の大部屋に大作品が並ぶ。高さ3mのものが2点、2.5m品が10点。フロア中央奥には車両型インスタレーション《網膜屋/記憶濾過小屋》が鎮座する。パーテーションの向こうは更に3室に分かれる。
大まかな展示構成としては、動線順に
新作 ⇒最初期(1990年代前半)⇒結晶化 ⇒他シリーズへの派生・展開 ⇒<網膜>着想・成立の背景 という流れをとる。
これは後から図録の解説を見て理解したものであって、鑑賞時には構成を理解できておらず、特に3階の新作以降は区別がついていない。

大竹伸朗作品は難しい。感銘を受けたり、何か琴線に触れる体感は確実にある。あるのだから多くの観客が来場しているのだが、作品の形や枠を捉えたり明確な言葉で表すことが難しい。感じるものはあるのだがそれを「これはこうだよね」と腹落ちした状態で話すことができない。巨大な知覚のとろみを相手に格闘している気分になってくる。実際、作品群はゼラチン質の中で蠢く、夢という生き物の心臓のようなものたちだった。
キュレータートークも聴きながらわりとじっくり観て回ったのだが容易ではない。感動も理解も容易ではないのだ。東京国立近代美術館での大竹伸朗展(2022.11月~2023.2月)をじっくり鑑賞した後結局何も書けなかったのは、感銘を受けたもののひとえに難しかったからだ。
手法は想像通り、掲げられた大伸ばしの作品はポラロイド写真を大きく引き伸ばし、上にウレタン樹脂を塗り重ねたもので、作画や構成、モチーフ選定etcといった作り手の技術や思考の人為性とは真逆に、人為の外から生じて現れたヴィジョンである。色と呼ぶべきか形と呼ぶべきなのか、絵ではないし写真でもない、中心でも周縁でもない・・・あらゆるものの定義や領分のはざまを満たす「質」そのものが作品となっている。言葉の出る領分ではなく、理論や手法でもない。
ポラロイド写真を元にして作られているといっても、感光材が劣化によって像の形を無くし、自他を無くし、それによって新たな像を現しているのだから、そうした経年劣化の脆弱性は実にポラロイド写真的だなと納得する一方で、見るべき被写体が存在しないし写真そのものの形では提示されていない、生じた色と形の現象だけがクローズアップされているので「ポラロイド写真」の定義にも枠組みにもあたるものでもない。ましてや上から透明樹脂を塗り重ねているからといって「絵画」と言えるものでもない。
ポラロイド写真は「質」を呼び起こし満たすために用いられた溶媒でしかなく、絵画というのは便宜的にそう呼ばれているに過ぎず、アモルファスで圧倒的な「質」が、こちらの身体/眼に飛び込んできてからが「作品」の始まりなのだ。

定義されていないところのものたちが掲げられている。アブストラクトという言葉すら、ぬるい。作品の「質」は越水となってその言葉の下や周囲に溢れて流れていて、それはアブストラクトそのものをすり抜け、言葉を取り残したまま作品は自律的にそこにあり、像として動いている。通常の理解や把握(からの作品制作)でいうと、既知のものAと既知のものBの間に理論や連想や類似性や相違点の「橋」を何本もかけて繋ぎを作り、独立し離れた場所にある2点間をどう結んでどう新たな形を作るのかが命題となる。しかし大竹伸朗作品はダイレクトにAとBの境界を越水させるだけの質料(質量)をもたらして氾濫させ、その氾濫、満ちた状態を作品化している。絵画―写真、絵画―ブック、絵具―コラージュ、筆致―スクラップ、現実―夢、etc、etc。
本作では「眼球」「網膜」が重要であり、ジョルジュ・スーラやポール・シニャックなど新印象派の点描画(筆触分割を徹底化し補色対比を用いる)はもちろん、ロイ・リキテンスタインやアラン・ジャケ、あるいは直接的に眼球というところでルイス・ブニュエル『アンダルシアの犬』やジョルジュ・バタイユ『眼球譚』への言及があり、そしてマルセル・デュシャンの「網膜的絵画の終焉」というフレーズが作者に影響をもたらしている。
のみならず写真の引用も多く、高校卒業後に北海道の牧場に滞在した1年の間にスナップ写真を撮り続けたことや、当時見たラルティーグ、ダイアン・アーバス、アヴェドンの写真展の記憶、マン・レイのレイヨグラフやピンホール写真、上野彦馬の写真などが関連づけられて語られている。
《網膜屋/記憶濾過小屋》が写真と記憶と眼球・網膜を一手に引き受ける装置・場となっていて、外も中も大量の写真に溢れている。これは作者の空想世界の産物で、網膜屋という国家資格的な商売人がおり、持ち込まれた依頼品である写真や録音物や手紙類を元に、その持ち主が何を視ていたか、店主の網膜へ映像記憶を再生するという生業である。大竹伸朗ならではの圧倒的物量のため、この場に何がどれだけあるかをもはや観客は把握することができない。把握の枠から溢れる「質」がある。


ポラロイド写真を使っていること、網膜や眼球、夢や記憶というフレーズから、例えばChatGPTに「大竹伸朗作品/網膜展の要点をまとめて」などとオーダーすると、たいへんそれっぽいまとめになるのだが、実際の展示の体感と作者の言葉を総合すればするほど、展示の紹介文や展示のシンプルなレビューを参照して繋いだ言葉、例えば「記憶や夢といった目に見えないものが視覚体験に結びつく」といった出力文では全くしっくりこない。間違いではないがその程度の一般論で済む作品・展示なら鑑賞3日以内にこのレポを書けていたはずだが、全く足りない。大竹伸朗を語るのにはやはりAIを投げ捨てて体で向き合う必要がある。
そもそも実態として、我々の普段使う「記憶」や「夢」の定義、感触と異なっている。
大竹伸朗のいう「夢」には注意が必要だ。図録を参照する。作者は20代後半からずっと夢日記をつけており、「夢」の非合理的、支離滅裂、自動発生的なありように魅せられ、夢の中と覚醒時の体験は創作においては区別がないと語っている。この時点で何かが違う。図録以外にも「夢」についての具体的な記述が見当たる。
先日、夢と現実の狭間で「膜」という言葉が浮かんだ。頭の中に居座ったまま去らない「膜」という漢字、それが一体何なのかよくわからない。意識と無意識の狭間で巨大な「膜」という一文字のまわりをゆっくりとまわっているような感覚が続く。「膜」に続き「層」、そして「気配」が闇の彼方からユラユラ現れた。最終的に「膜」「層」「気配」「外界」「内界」、そして「目玉」に落ち着き、言葉は止んだ。
(大竹伸朗『ビ』P231「夢の膜」より 2013、株式会社新潮社)
やはり我々が普段見ている「夢」とは、指し示している質も意味も大きく異なる。まさに現実としての視覚ヴィジュアル、視覚体験としての形態や意味の探求、考察である。その都度その都度見たら終わりで即忘却する、夢と現実がパラレルどころか分断・たまに偶然交差する我々とは異なり、大竹伸朗にとって「夢」はもう一つの絵画制作的な視覚体験時間としてある。そこにあるのは、形なく既知の枠組みを抜け出続けるヴィジョンによって、 教条的で型にはまった「絵画」「美術」を超える、あらゆる系統・系譜にも紐づかない―あるとすればデュシャンの破壊的かつ真っ当な考察の世界観、を探求し創造する営みであろう。
言葉、理解、夢、網膜、それらは越境し、越水したものとして現れる。
皿の上に落された生卵・・・・・・「内界/黄身」は中心に位置し、「膜」は境界域として「外界/白身」と「内界」を分けている。「膜」を通して「内界」と「外界」を自由に行き来する「意識」としての「目玉」、それぞれの中には様々な流れの「時間層」が折り重なり、目玉が通り抜ける時間層の組み合わせは無限・・・・・・そんなイメージが浮かんだ。
(大竹伸朗『ビ』P231「夢の膜」より 2013、株式会社新潮社)
内側と外側を、膜を通じて自由に行き来する。これこそ『網膜展』の要諦と実感する。絵画の中での完結ではなく、網膜内、網膜から奥で生じる視覚現象に基づいて作品が作られているという理解、更にそこから、膜そのものを見ていたのだという理解に辿り着いた。
これは大竹伸朗作品全てに通底する構造、世界観であると思う。



( ◜◡゜)っ 完。