2025.5/24-25(土日)、瀬戸内国際芸術祭2025・春会期の最終日に回る、女木島・男木島の旅。この2島の展示は夏会期、冬会期も継続されるので、レポが役立つことをご祈念します。まずは女木島の鬼ヶ島からいきましょうね。

- ◇宿泊:遊び家ふるたか(夕飯:活魚問屋 海寶)
- ◇高松港(フェリーに乗る
- ◆鬼ヶ島大洞窟(オニノコ瓦プロジェクト、村山悟郎)
- ◆杉浦康益
- ◆レアンドロ・エルリッヒ
- ◆依田洋一朗 @女木島名画座
- ◆女木小学校(大竹伸朗、サラ・ハドソン、ヤコブ・ダルグレン)
- ◆ニコラ・ダロ
- ◆小さなお店プロジェクト
- ◆小谷元彦
女木島の作品はこのように分布している。

そのまえに。
5/24(土)、1日目は瀬戸大橋経由で瀬居島「SAY YES」プロジェクトを回り、高松へ向かって横断して、イサム・ノグチ庭園美術館の15時からのツアーを鑑賞した。2カ所だけの鑑賞だったが、濃密だった。
せっかくなのでその後の宿泊のことも記録しておく。
◇宿泊:遊び家ふるたか(夕飯:活魚問屋 海寶)
屋島と八栗山という二つの山、台地の付け根、ちょうど中間あたりに民泊をした。「遊び家ふるたか」という名で、国道11号をまたいでJR小高松南というとても小さな駅のすぐ傍にある。
NPO法人「空き家活用研究会」事務局、「古民家.COM(ドットコム)」、「いなかの不動産屋」と3つも固有名詞が並んだ看板を掲げたプレハブがあり、しかし空き家の有効活用が盛んだとも思えないぐらいテンションは平熱で、その敷地の隣に大きな日本家屋があって、一棟まる貸しで泊めさせてくれた。



部屋の一つ一つが大きく、地方の古い家族の家で、祖父母同居か子供が3~4人いる規模だ。私達は3人で、寝室が一室あれば事足りるのだが、自由に使える部屋だけで4室はあった。
本棚にはレトロ漫画が並んでいた。手塚治虫、石ノ森章太郎、本宮ひろ志、水島新司、松本零士、つのだじろう、矢口高雄… 父親世代ぐらいの漫画で、私達が読むにはくどすぎてキツい。テレビをつけて慣れない声優のドラえもんを見て休憩。
なんと家のすぐ隣に「活魚問屋 海寶(かいほう)」という居酒屋がやっている。古民家とオーナーが同じ?との話も出たが忘れた。



生け簀があり新鮮な魚を扱っていて、どれも安く、美味い。鰆が旬なようで、サワラ丼、サワラにぎり、サワラ造り、サワラカルパッチョとなんでもある。海産物が安くて美味いので旅の全てが完了した気分になった。巻き寿司、茶漬けも美味かった。スピリチュアルの話で盛り上がった。スピは、自分利益のことしか眼中にない。
調子にのって少し飲みすぎた。日本酒2号だけなので飲んだうちに入らないのだが、コロナ禍以降、飲み会の激減により、極端に酒に弱くなった。あっだめ。しぬ。ああっ。
この後、長いこと、宿で潰れ、両脚が激烈に攣って飛び起きたり、水飲んだり、死ぬかと思った。スピリチュアルをけなした罰だ。奴らは自分の生存価値を高めるために太陽や神や宇宙を使う。どおくまん『花の応援団』を呼んだが、生まれ育った世代が違うせいか、異国のように感じた。
◇高松港(フェリーに乗る
「さか枝うどん」で朝さぬきをキメて、万全。釜玉うどんを超える食べ方が自分の中で見つかっていない。かけ、ぶっかけがいくら一番うまい、王道だと言われても、釜玉の濃厚さと強さの前ではマイルドすぎて霞む。


現地の新鮮な野菜が欲しい。「ふれあい市場 古高松店」にも立ち寄ってみたが、オープン前だったようだ。

おばちゃん婆ちゃんがそれなりに来ていて、その風貌は農家さんのようだったが、皆、品物を並べに来たのではなく、籠に入れて買おうとしていることに気付いた。みな農家ぽいのに農作物を先を争って買いに来るのか…。レジが来るであろう場所に購入待ちの籠がずらっと並んでいて、これは勝ち目がないなと退出。
10時発の船で女木島に渡って、午後に男木島へ移動し、夕方に高松港に戻ってくるのがこの日のプランだ。9時過ぎに高松港着で余裕があり、妹島和世の手掛けた「香川県立アリーナ」(あなぶきアリーナ香川)を観察する。


この日は「香川 × 岡山 つながる食の大博覧会」が開催され、準備のためにアリーナ前のロータリーには飲食のフードトラックが列をなしていた。仲間が行きたい行きたいと言う。まだやってません。体育館の片方が開いていて、竹刀を打ちつけるようなバシバシと乾いた音が響いている。中に入ると学生がバスケの試合前のウォームアップをしていた。竹刀に聞こえたのはドリブル音だったのだ。
出港30分前で女木島・男木島行きフェリーには行列が出来ていた。焦った。

10年前の瀬戸芸ならまだしも、現在もこんなに瀬戸芸に客が列をなすものなのか??? だが考えてみると、この日は春会期の最終日であり、日曜日であり、更に昨日は荒天のためにフェリーが軒並み運休していた。ただでさえ客が多い日に、二日分の客が集中したと思われた。
フェリーの定員は250~280人、ざっと見ると20人の塊を10組以上は数えることができる。次の便に回されたらスケジュールが総崩れになる。だが並んだ時点で何も言われなかったので大丈夫とみた。結局、並んでいた人は全員乗せられたようだった。フェリーは座席数は知れていても、甲板に押し込めることができるので、はっきりとした定員は無さそうに思えた。


2つの島から戻ってきた後のことを考える。「食の大博覧会」と「ふれあい市場」を回りたいと女子がいうのだ。算段してみたが、高松港着が17時以降になりそうで、どうも絶望的だった。地方の旅は17時以降がほぼ壊滅的になり、宿か帰宅かの移動時間に充てざるを得なくなる。いい野菜を買いたい、と仲間の2人は言っていた。それは同感だ。しかし、、
次の算段として、女木島に着いてからの「鬼ヶ島大洞窟」へのアクセスについて調べた。バス一択だ。何十分もかけて歩いて登るとか正気ではない。席の取り合いになったら厄介だと思い、乗車場所やチケット購入の動きを予習した。旅先なのに全然リラックスできず、仕事なみに緊張感がある。こんなところで仕事脳。イヤな性分だ。観光という枠組み自体が仕事に似ている。
◆鬼ヶ島大洞窟(オニノコ瓦プロジェクト、村山悟郎)
フェリーが島に近づくのに合わせて私達はタラップの最前列に陣取り、着岸するや否や、「おにの館」、インフォメーション施設に向かう。洞窟へのバスチケットを売っている。バス会社の方も分かっていて、フェリー来場者のマックスを見込んでバスを3台出していた。全員が乗れた。慌てる必要はなかった。
人の背よりはるかに高い石垣が、海風から集落を護っていた。石垣はイサム・ノグチ庭園美術館でも重要なモチーフであり空間だった。

山道を10分ほどゆるゆる登って、駐車場に着くと、絵本のような丸く鮮やかな単色で描かれた鬼の看板があった。階段を少し上ると今度はリアルな筋肉質の鬼の像が立っていて、将軍級の極太な鬼と、物見の長髪の小鬼、兵隊としての青鬼の3体がいた。古き良き「ジャンプ」やRPGの敵方さながらの好バランスで萌えた。色が鮮やかで、ちゃんと塗り直されているのも素敵だ。





洞窟は1914年に地元の教員によって発見されたという。天然の洞窟にかつて「鬼」、海賊らが住んで根城としていたようで、洞窟の各所にかつてどう使われていたかの解説がある。
看板には桃太郎伝説がどこから伝わったか由来が書いてある。菅原道真が讃岐滝宮(滝宮天満宮)に滞在したおり執筆された童話が元で、伝説は紀元前200~300年、第七代天皇・孝霊天皇の時代にまで遡る。その第8皇子・雅武彦命(わかたけひこのみこと)が、犬島の住人(=犬)、陶村(すえむら)猿王の住人(=猿)、鬼無雉ヶ谷の住人(=雉)らとともに、瀬戸内海一円に猛威を振るった海賊を討伐した。これが桃太郎伝説だ。
あくまで伝説だし、桃太郎はここ洞窟に攻め込んできたわけでもない。伝説も紀元前と、意外に時代が古いことに驚いた。数百年前の海賊の根城なのだと思っていた。この桃太郎の鬼征伐物語の作者として、菅原道真は洞窟内でリスペクトされており、鬼ヶ島国際観光協会が永遠に記念する旨の看板を立てている。物語なのだ。
中は名実ともに大洞窟で、横にも枝分かれしているし奥にずっと道が続いている。道の脇には鬼瓦が次々に出てくる。「オニノコプロダクション」による《オニノコ瓦プロジェクト2》だ。香川県内の中学生、約3千人が参加するプロジェクトで、2というからには続編なのだろう。とにかく洞窟の最初から最後まで鬼瓦が積まれている。群れとして、山にして積んである、しかも暗がりの中にあるので、個別の作品としては目立たない。それがゆえに塊としての強さがある。瓦も鬼も個性より群れとしての強さが重要なのだ。



もう一つ作品があり、鮮やかで細やかな洞窟壁画が現れる。村山悟郎《生成するウォールドローイング ― 女木島・鬼ヶ島大洞窟壁画》だ。普通の、古代からある壁画とは全く異なるのは、それが何を象徴しているかが分かりそうで掴めないこと、すなわち象徴⇒祈願や信仰のためではなさそうな点と、図像や構造が法則性、演算処理を感じさせる点だ。




部族が豊穣を祈ったのでもなければ、信仰を刻んだのでもない。つまり誰かが何かを託して描いたのではなく、順序が逆で、自己生成的にこれらの壁画は現れている。村山悟郎は生命システム、自己生成に根差した作品を発表していて、ICCや東京都写真美術館「日本の新進作家」展で作品を見たことがある。人間の自意識や神経からかけ離れたところで、生物のように生まれて発展する表現というものが思考されている。ここでは、女木島の山に特徴的な柱状節理を象っている。





洞窟の最奥では、かなり天井が高くなり、手掘りであえて部屋を作られたらしい。件の桃太郎=天皇の息子と鬼が和解するような結末が像によって語られるが、これは天皇によるクニの支配の正当化を浸透させるための物語に思える。桃太郎の衣装は乱れていて、下半身は乱暴にタイツを破かれたようになっていて、情事の直後のような生々しい尻であった。そうではなくてはいけない。
洞窟を出てすぐの階段を上がり、上を見上げると、山肌が細かく岩を敷き詰めたようになっている。大量の柱を差し込んで積み上げたような様が「柱状節理」だ。大きさや形の歪み、ばらつきを見ると、村山悟郎作品が理論値で描かれて(生じて)いることが分かる。


◆杉浦康益
洞窟を出てバスに乗って、日蓮上人の銅像を向かいの山に見ながら山を下る。鬼と日蓮。ここは天下の無法者が足跡を残す島なのか。
山の麓、住吉神社でバスを下り、急勾配の小路をまた上ってゆく。丘が開けて、杉浦康益《段々の風》が小さな砦のように姿を現わす。
段々畑だったところが空き地になり、代わりに作品が立ち並んでいる。風の吹き抜ける、気持ちのよい空間だ。向かいの山の斜面には、既に背丈の高い草が青々と茂っていた。



集落へ下っていく道中に、中途半端な田畑を見た。形は田畑なのだが乱雑に、よく分からない植物が生い茂っていた。手入れをやめたのだと知った。確実に町は縮小していき、島は活動を停止していくのだろうと予感した。
◆レアンドロ・エルリッヒ
古民家の門をくぐると真っ白な中庭が中央にあり、家屋はその四角の周囲に立っている。白い砂利で満たされた四角形の庭は「空」、無なのだが、時折、ジャッ、ジャッ、ジャッと足音がして、足跡の形に砂利が沈み込んでいる。「それ」は歩いてくる。何歩か歩いた後に、また音と気配が消える。足跡も、元通り消える。


レアンドロ・エルリッヒ《不在の存在》、分かりやすい仕掛けだが、かつて2013年かに来て初めてこれを観た時は、もっとわかりにくくて初々しかったと思う。経年劣化でギミックの型が残ってしまっている感があるが、それでも雰囲気はある。金沢21世紀美術館のプールの作品が観客の積極的参加型であるのと比べると、こちらは「待ち」の作品、いつどこに足音が立つかを待つ。鹿威しのような作品だ。わざわざ足跡を凝視せずに、セミの鳴き声のように自然と受け流す方が良い。
もう一つ、和室の中も作品である。お膳と座布団が整列している。

黒いお膳には何も載っていない。誰が座って饗応にあずかるのだろうか。四角形の中には何もなく、いないはずの何者かの気配を「居る」ものとして見立てることが共通している。日本では、見えない神の到来をご馳走でもてなす祭事があるが、この膳は逆で、「私達」鑑賞者が見えないもてなしを受けて、透明化していく構造でもある。
極めつけは部屋の奥で、壁の左右の端にそれぞれ等身大の鏡が立っているが、手前の鏡には私達が映り、奥の鑑には誰も映らない。私達は神になったのか? それは鏡ではなく、木の枠組みがあるだけだった。そしてこちら側と全く同じ部屋が壁、枠の奥に続いていて、遠近法に則った形で床が上向きに傾いていた。リアルの視界から一度存在をマイナスし、平面上の視覚表現ルールに則ってリアルの空間構成を再構築する。私達は神でも精霊でもなかった。なんでもアニミズムで考えるのは日本人の悪い癖だ。身体は、ルールの元へ晒され、差し出されたのだ。
◆依田洋一朗 @女木島名画座
女木島に映画館があったのか?

レトロなアメリカの映画館の電光表示板を掲げて、波板の壁面に覆われ、入口付近に古風な手描きのイラストと、非常に簡素ながら、一棟まるまる映画館ぽくしつらえられている。過去の瀬戸芸で、倉庫か小さな工場を転用・改造して作られた、簡易も簡易な映画館といった趣で、今回はその内部に絵画作品が展示されているのだろうと思った。
それは半分当たりで半分ハズレで、想定していたのと全く規模が違い、ミニシアターという場自体を絵画と設備によって構築したのが本作《ISLAND THEATRE MEGI「女木島名画座」》だった。



1階のエントランス~物販、階段、2階の客席~スクリーン、それらが大量の絵によって彩られている。階段状の座席、椅子やスクリーンは本物の映画館を模して設置され、モノクロの古い映画が流れている。タイトルは分からない。椅子に座って映画をまったり眺めても良いのだが時間がなかった。





絵画は何かというと疑似映画館の壁に数多くの映画の象徴的なシーン、キービジュアルを大きく描いて貼り出している。映画への想いが映画館を満たし、映画館というカンバスに映画の絵を描いて内側から逆に包み返している。作者の想いが「ローラ・インガルスのウォールナット・グローブ」というテキストに書かれている。TVで放映された「大草原の小さな家」(Little House on the Prairie)、メリッサ・ギルバートが演じた西部開拓時代の実在の人物ローラ・インガルスについて。
現地ではそれ以上に踏み込む余裕がなかったが、映画というメディア、スクリーンに投影されるヴィジョンが、人の記憶と心に焼き付いて逆照射させるという作用は、写真には無いものだと思った。
◆女木小学校(大竹伸朗、サラ・ハドソン、ヤコブ・ダルグレン)
瀬居島で幼稚園、小学校、中学校の跡地3点セットを回り、作品・展示の見事さと、この20年ほどでの急激な少子高齢化に目が眩んだのだが、女木島も同様だった。2016年度から小学生がいなくなったため休校扱いとなっている。
小さな学校だが綺麗で、手入れが行き届いている。瀬居島と同じ環境だ。
作品は校舎内を巡るのではなく、1階の一部と庭園、プールと、校舎を取り巻く環境で展開される。特に庭園は見事で、他に類がない、
サラ・ハドソン《石は憶えている、そして私は耳を傾ける》は入ってすぐ、保健室とそこへ向かう通路の両脇に石が並び、ハートやアーチ型の額に抽象的な水彩画が連なる。



それらは「石」がモチーフのようだ。奥で映像作品が流れている。海に人が浮かんでいて、海の向こうに凸型の島が見える。日本ではないようだ。経歴を見ると、祖先のルーツとしてニュージーランドのモウトホラ島が示される。つまりマオリ族である。映像の風景は海の両側に岩が積んであり、人工と天然の間の入江のようで、湾の外へ開いた口のところに人物が浮かんでいて、大の字になったり岩のようなものを抱いている。
人物が岩に両手をかけて、波にゆらゆらとしているシーンが長く続く。特に展開はないが、飽きることがない。岩と海と人とが不思議なことに和合している。日本の瀬戸内海にも似ていると思った。実際、モウトホラ島も女木島も「石垣」が共通していて、島の一部として存在感を持ち、暮らしに根付いている。そこでは岩は、地形ではなく、精神にすら近い。


サラの隣、ホールから庭園にかけての回廊は、蛍光に近い鮮かなライトグリーンに覆われている。急にポップな展開になって世界が一変している。学校、教育施設、島民の思い出とノスタルジーの集積体ではなく「アート」という身軽で根の無いプロジェクトへ一瞬で切り替えた。大竹伸朗《女根(めこん)》、2013年の瀬戸芸から展開されていると知った。長らく見落としてきたようだ。




大竹伸朗はコラージュ、スクラップブックがあまりに印象的だが、あの重層的な作り、平面を壊す上乗せの乗算からすると、このスマートな空間、アートと結託したサーバールームのようなシンプルさは別のデザイナーの仕事にすら思える。ライトグリーンの網目はとにかく軽みと明るさがあり健康的だ。





庭園に出ると作者らしさが盛り込まれていて立体、空間をコラージュしていることが分かる。南国の密林のように木々が生い茂り、ヤシが盛大に繁殖して溢れかえる中、赤い灯台のようなオブジェが植木に突き刺さって天に伸びている。ツタが生い茂る中に飛行機やネオン管が見え、小屋とオブジェが埋もれているのが分かった。《Ⅰ ♥ 湯》的なポップな作風が、予期せぬ島の生命力に取り込まれて完全に侵食されていく、破壊寸前の混線、これこそエロスなのだと思った。
見て回るのが楽しすぎて写真が超へたくそになったのはゆるしてください。
最後に校舎の脇を通ってプールへ向かい、階段を上ると青いプールの底をヤコブ・ダルグレン《色彩の解釈と構造》が占拠していた。



電子回路の構造体が巨大化したようなそれは島民などから協力を仰いで集めた廃品、家電などを規則性を以って分類し積み上げ、配列したものだった。理知的なコンセプト作品、と言ってしまうと何か大きな見落しが生まれてしまう。確かに分類され理路整然と形の整ったオブジェクト、しかしそれゆえに部分・個体は個別性を失い、スピーカーもステレオも箪笥もラックも木箱もビールケースもプランターもゴミ箱もどれもが個体ではなく一部として、器官として繋がり合って存在し、オブジェ、消費社会の彫刻という見方すらできなかった。何かもっと大きな人工生物のようなポテンシャルを見せつけられたのだ。
◆ニコラ・ダロ
女木島の作品でも最も北東の端にあり、飛ばそうかどうしようか一瞬悩んだ。道中にキッチンカーが軽食やコーヒーを売っていて気晴らしになった。

ニコラ・ダロ《ナビゲーションルーム》は古民家の細長い部屋をぶちぬきで天体と化していた。全ての窓が開け放たれて外光を取り込んでいる。明るい中で全方位から観測される架空の、模造された、寓話的な宇宙が拡がる。それらは動き続けている。



コンパスのような装置の腕を円盤が回転しながらじわじわと転がり落ちてゆく、自転しながら公転する天体を模したそれは腕の先まで行くと再び逆順を辿ってゆく。円周ではなく直線の往復によってこれらの架空の天体は軌道を描いている。オルゴールが鳴っている。宇宙の真空を満たし機能している律は音楽なのだと昔の人は解釈した、みたいな寓話を思い出しながら、円盤とタカラガイを見ていた。全ては目に見えない旋律に結ばれて動かされているという解釈は時代を経ても同じだ。その律の傍らに座す、一つ目の怪物と口だけの怪物がいて、目あるいは口を時折機械的に開閉する。この二体はホメロス「オデュッセイア」に由来するという。物理と音楽と詩が、巨大なトライアングルを描きながらこの世界を動かしている。
また時間をかけて古民家から集落の中心へ戻らないといけない。春と呼ぶには暑すぎて困った。楽しいのだが、確実に疲れてくる。体力が、ないのだ。ない。


道中に健康的な南仏のレンガ風の建物があって、白い手すりが屋上にずっと続き、白い螺旋階段、白い柱が優美で、ラグジュアリーな別荘か結婚式場の趣きだが、庭は荒れに荒れ果てていた。誰も手を付けず片付けできないままに放置され、雑草が全てを食い破る。遊戯や余裕の時間を破る、シリアスな庭の様相に、瀬戸内海の素顔を見た思いがした。温暖な日光が、実は優しくはないと知った。
◆小さなお店プロジェクト
古びた雑居ビルから、卓球場のような音が響いている。

実際そこはアートプロジェクトによって卓球場として蘇った場所で、雑居ビルは「寿荘」という名の民宿だったのだが2019年の瀬戸芸あたりから作品展示・実践の会場となり、当時は宮永愛子《ヘアサロン壽》が実際に髪を切ったりしているぐらいだったが、今ではすっかり「小さなお店プロジェクト」の定例会場となって、2階・1階の諸室を使ってアーティスト計9組による展示がなされている。《ヘアサロン壽》も健在だ。





ピンポン玉が跳ねたり弾かれ飛ばされる、丸く軽く硬質な音が響いて心地よい。原倫太郎+原游《ピンポン・シー NEW!》、建物の中庭で木を跨ぐように変形した台が置かれ、あるいは色とりどりの穴と蓋でモザイク状になったテーブルで対戦がなされ、色々な音を立てている。お洒落でゆるい変形型ピンポンだがその方がルール度外視で楽しめると見えて、学生っぽい若い子らが楽しんでいた。ガチだと敷居が高いというのはあるよね。交流が生まれる仕組みづくりはユーモアと緩さから始まる。


いちいちセンスがいい。卓球=懐かしい、レトロな遊戯。かつPOP。さらに「楽しい」。であることをデザインとして体現してくれている。
ピンポンと奇妙な取り合わせがコインランドリーで、レアンドロ・エルリッヒ《ランドリー》。



汗をかいたら、ランドリーで洗濯だよね。地域、地元のコミュニティでランドリーは重要ですよね。最近、逆転して、人々が何となく集まれる「場」がなくなったから、ランドリ-がそういう緩い「場」になっていると聞いたことがある。ただエルリッヒのそれは現実のマシンとデジタルの虚構の向かい合わせになっており、コインを入れれば洗濯と乾燥がリアルにでき、同時に、デジタル回転する洗濯物を眺める場にもなる。



原田郁《カフェ・サムシング サインズ》も空間デザイン、部屋自体がデザインで、歩いて部屋を通過するだけで何かを観たという気になる。実際にカフェとして注文できるようだったが船まで残り時間がなくて急いでいて、「釜出しポテト」やクッキー、タルト等をチェックできていない。《ヘアサロン壽》は作品名プレートだけ確認して撮影したが、どうもカフェスペースとは別に、そこからヘアサロンの部屋に続いていたようだ。見つけられなかった。
最も「お店」と呼ぶにふさわしいのは原游《SUNSET TAILOR 思い出オーダー・メイド》、文字通りオーダーメイドで、思い出の服(の絵)を作ってくれる。





絵と言っても材質は布地で、服の形をしてハンガーと一体化し吊り下げられる。服と言っても幅が広く、帽子や鞄、靴さえ対象になる。要は、参加者の思い出の物語によって呼び出された服飾品全般を指す。物語によって呼び出されたモノ(の幻体)が、不完全な亜・モノとなって立ち上がり、物語を語り返すのだ。カウンセリングのようにシートに記入し、発注すればよい。ただ、一点ものの作品なので、それなりのお値段はする。




真っ暗な部屋の中に、繊細を極めたガラス細工が上へ上へと積みあがる。幻想の街か遊園地が作られる工房だ。柳健太郎《小さなお店プロジェクト ガラス漁具店》、あまりに緻密に細く小さな部品の連続からそれらは構成されていて、暗闇の天井からも釣り針や雲状のガラスが多数垂れ下がり、崩してはいけないと思わず息を止めてしまう。これらが何を表しているか、全体にまで気が回らないほど、細部の作り込みと光の中へ眼が奪われていた。ディテールは人を狂わす。
◆小谷元彦
女木島最後の作品スポットは、港を挟んで西側にある古民家、小谷元彦《こんぼうや》だ。フェリー時間ぎりぎりあと15分という中で駆け付けた。鬼ヶ島を終えた時点で3時間半もあったのにあっという間に使い切ったのだ。誤算だった。
小谷元彦の名を聞いてスルー出来るはずもない。昨年「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション展」で、頭部が蛍光灯で五芒星のようになった超巨大な6mの天使像や、初期の写真作品《ファントム・リム》の何とも言えない浮遊感と聖なる空気に、大いに感銘を受けたところなのだ。私にとっては物理的に入れる神話のような世界観だ。
伝説や神話を物理的な現実へ、空間へと引き寄せて、まるで実際にそれが今まであったかのように扱うのが小谷元彦の作品だ。しかも学術的なだけでなく、ゴジラの彫刻を手掛けていたようにサブカル領域も難なく扱う。境界に囚われず、むしろ何歩か踏み込んで設定を拡げるというスタンスが《こんぼうや》にも発揮されている。鬼の存在というより、鬼が使っていた棍棒にフォーカスし、しかも現代的解釈として「高級棍棒屋」という設定を繰り出す。最高だ。




本作は様々な二項対立が効かなくなる領域を開拓する。もう既に「鬼」という存在が何者か定まらなくなっている。人間の商取引の相手なのか、信仰の対象か、あるいはやはり敵種族なのか。それとも非実在の存在か。
そして「棍棒」。木を削り、模様を彫って作られたそれらは、鬼の武具という伝承と典型的イメージを具現化した、いわば彫刻作品であって、本来の武器としての破壊力や殺傷力といった実用性は削ぎ落されている。石や鉄を用いず木一本で仕上げられた棍棒はどこか華奢な美しさがあり、一輪の花のようでもある。
このとき「鬼」は仏像、例えば仁王像とニアイコールの存在へ昇華される。筋骨隆々の肉体を持った亜人種ではなく、未だ誰も目にしていないが確かに語り継がれている超人として、タンパク質と脂肪の代わりに概念と伝説が肉を形成している、そんな存在となって現れる。




こうしてフェリー出港ぎりぎりまで作品を見ることができました。
次は男木島へ。14:20のフェリーまであと10分…。
( ◜◡゜)っ つづく