nekoSLASH

ねこが超です。主に関西の写真・アート展示のレポート・私見を綴ります。

【写真展】R4.9/10~11/6 「ロバート・キャパ セレクト展 もうひとつの顔」@神戸ファッション美術館

写真関係者で知らない者はいないであろう、超有名人ロバート・キャパ。戦争への従軍のイメージが強いが、民衆の暮らし、異国、有名アーティスト・・・と幅広く撮影してきた。約100点の展示作品でそれら多彩な写真、特に民衆の暮らしを捉えた写真を振り返る。

 

【会期】R4.9/10~11/6

 

 

バランスのいい展示だった。様々なジャンルの写真がまんべんなくセレクトされ、キャパの辿った道を端的に振り返る内容となっていた。

あっさりしているとも言えるが、初めてキャパに触れる人や、キャパを離れて日が経ちすぎた人が復習するのには良いと思う。かくいう私が現代美術系に寄り過ぎていて、戦場・報道写真はあまり見てこなかったので、よい復習になった。

 

 

1.従軍・戦争の写真

展示の章立てはされていなかったが、ほぼ5つの章(シリーズ)から構成されていた。①従軍・戦争、②戦下・戦後の民衆、③旅・海外、④平和時の民衆、⑤著名人で、展示順はそのままキャパの人生の時系列をなす。

 

やはり印象的というか、見て「これ、これです。」とキャパ実感を得られるのが、①従軍・戦争の写真コーナーだ。

1932年11月・コペンハーゲン「大学生を相手にロシア革命について講演するレオン・トロツキー、1936年9月・コルドバ戦線「共和国派民兵の死(「崩れ落ちる兵士」)」、1944年6月・ノルマンディー上陸作戦「D-デイ:上陸するアメリカ群の先陣部隊 オマハ海岸コルヴィル・スル・メール付近」と、どこかで絶対に見たことのあるカットが登場する。名作というのは様々なメディアから刷り込まれた無意識的な映像記憶のことをいうのかもしれない。

 

1930~40年代の戦争・従軍関連のキャパ写真は思っていたよりあっさりしていた。現実の悲劇や暴力の「記録」というより、戦争という「記憶」の印象であり、現実の出来事から距離のあるイメージとして映った。

ノルマンディーの海岸へ匍匐前進で上がってくる兵士が手前でブレて写っている、あの超有名なカットは、特に「記憶」の印象イメージ的だった。東京都写真美術館の入口への通路に掲げられている巨大な写真でお馴染みのカットである。1944年、フィルムやカメラの性能がまだ発展途上だったためか、モノクロで流線が走って盛大にブレていて、背景の奥行きもない。それゆえか戦場写真なのに、こちらの内面、心象に焼き付いた光景として目に映った。

 

展示では6枚が提示されていたが、速度間のあるブレ方をしているのは例の有名な1枚だけで、後はザラッとしていながらまだ記録に近い写真だった。それでも戦後のグラフ誌や昨今のウクライナ情勢などを報じる新聞で見る報道写真に比べると、誌的さがあった。

モノクロで古い写真だから現実的記録性が薄いのだろうか、とも思ったが、後にWeb画面から別のノルマンディー上陸に関する写真を見ると、それらは戦争の記録に見えた。印刷物やWebなど他のメディア上で流通する際の「写真」と、額装されたナマの写真プリントとは意味や見え方が異なるのか、それともキャパの撮り方がそもそも報道・記録性とは異質なのか、この謎はまだ解けていない。

 

ちなみにこの従軍時、キャパは約100枚撮影したが、暗室作業の失敗により正しく写真に仕上がったのは僅か11枚(キャパの手記では8枚と言っているが、実際には11枚とのこと)。遠隔地の映像を獲得し、定着することだけでも苦労する時代であったことがわかる。

このコーナーでは木を三角に組んだオブジェが2カ所ほど置かれていた。ノルマンディー上陸の写真で兵士の背後、海に組まれていたもの(軍事に疎いので役割と名前が分かりません、ロケット弾を発射するための台座?)を模したのではないか。地味に力が入っている。

 

2.一般の民衆の写真

ここから、戦時中の一般市民らのシリーズへシームレスに繋がる。これらも不思議なことに戦争の記録、報道という感じがしない。悲惨さの匂いが薄い、負の影が薄いのだ。何なら「華」すらある。中には破壊の後に取り残された子供らの痛々しい写真もあるが、セレクトの主旨ゆえか、キャパが撮りたがらなかったのか、そうしたカットは少数で、瓦礫を背後に笑っている子供や、人物を主役にファッション写真のように撮っていることが特徴的だった。

 

「華がある写真」、本展示では全体を通じてそのニュアンスがあり、ロバート・キャパという報道写真家の本質であるように感じた。報道写真家というわりに、血や膿、硝煙、死体の匂いがしない。ベトナム戦争の悲惨さを告発するグラフ誌の写真とえらい違いである。代わりに、襲撃や空襲、ツールドフランスといった、秒で移り変わる状況とそれに応じて人々が群れて動く様をシークエンスで見せることに長けていた。動画映像のない時代に、即・現地に飛んで、「動き」を速報する写真機としてキャパは機能していたのかもしれない。

 

特に事件のないところで、市井の庶民を撮った写真は活き活きしていて面白かった。ウクライナソビエト、フランス、アメリカ、日本などと海外へ飛んでも、撮っているのは人であり、洒脱さが光る。ピカソマティスを撮るときも同じような距離感で、特別視や崇拝はなく、庶民相手にも雑に撮ることはない。

その点、木村伊兵衛と何が違うのか考えてみたが、木村伊兵衛と日本という組み合わせは、戦後日本の、特に地方の土着性、郷土的なものがあって、キャパとは何か前提が根本的に違うように思われ、やめた。木村伊兵衛は土に根を生やした写真家だ。

 

 

3.キャパ、根の張らない写真家

そもそも有名な話だがロバート・キャパ」というのは架空の人物で、アンドレフリードマンが恋人のゲルダ・タローとともに、仕事を高値で受注するため作り出した「実績のあるアメリカ人写真家」としての名義である。このことは会場でも説明が付されている。

フリードマン自身がハンガリー生まれのユダヤ人で、1930年代のユダヤ人排斥で家族と別れたり、自身も国を移る。ゲルダ・タローも出会って3年後ぐらいにスペイン内戦取材中に死去。郷土や土着などとは全く真逆の、何というか、経歴から何から「ここ」という定まりの薄い人物――どこにも根を張っていない存在であるように見受けられた。

 

写真も、どれを見ても、特別に上手いとか、強烈に残るものがあまりない。それこそ初期の、演説中のトロツキー、崩れ落ちる兵士、ノルマンディー上陸といったシリアスで暗く不明瞭な写真は、こちらの内面の一部のように焼き付いている。だが、それ以降、機材の向上によってか、写真が明瞭に描写されるにつれ、上手いは上手いが特に根深いものをこちらへもたらさない。報道写真というのはそういうものかもしれないが、スナップも人物も何でもオールマイティーにこなす、逆に言えば根を張っていないように、写真においても感じてしまった。

 

1954年4月の日本滞在後、インドシナ戦争に従軍、地雷を踏んで落命する。

日本の写真は9枚。奈良、大阪、熱海、焼津、静岡で、うち静岡は金原真八が撮影したキャパのポートレイトなので、実質8枚。

全体的に、特に奈良の寺社のカットは日本の陰影を強調していた。やはり西欧人にはそう感じられるのか。焼津を訪れたのは、第五福竜丸の被曝の報を聞いて、急遽予定を変えて駆け付けたらしい。今回見たのは下町のスナップだったが、やはりキャパという存在は、WebやTV中継のない時代に移動し続ける報道写真機なのだと思った。

 

www.fashionmuseum.jp

 

会場の「神戸ファッション美術館」、コレクション展はファッション関係だが、企画展の方は今回のように衣服やデザインと別の領域もやっていて、改めて面白いと思った。だが、1997年開館だというのに、公式HPには過去の展覧会情報が2020年からしか掲載されていない。過去の写真展の実績が辿れないのは残念だ。

 

 

( ´ - ` ) 完。