nekoSLASH

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【写真展】R4.4/26~5/1_みまつひろゆき「Life speed+」、R4.5/3~8_岡田登志夫「モダニストの独白」@同時代ギャラリー

京都・三条通御幸町角の「同時代ギャラリー」で、私の母校である「大阪国際メディア図書館 写真表現大学」ゼミ在学生2名:みまつひろゆき、岡田登志夫の展示が続けて催された。

2つの展示会期は【KYOTOGRAPHIE】会期中に当たっているが、【KG+】への参加は行っていない。見逃されていたかも知れないが、内容と質は他の【KG+】展示作品に引けを取らない。

【会期】みまつひろゆき:R4.4/26~5/1、岡田登志夫:R4.5/3~8

 

 

みまつひろゆきは1964年生まれ、岡田登志夫は1958年生まれと、年齢的には定年退職者の前後にあたる(今年は1962年生まれが還暦を迎える)。が、二人の作品は、写真機×鉄道、飛行機、ICチップ、プロジェクター映像といった近代的マシン・デバイスの掛け合わせを全面的に用いて、独自の視覚表現を模索しているため、古さや郷愁がなく、攻めの姿勢であることが特徴的だ。

言うなれば戦後・昭和の高度成長において、国土も生活も高度に機械化されていく――真に「現代」へと接続されていく最もパワフルな時代の直撃世代であり、そのマシン・モダンの感性を現在系へと繋いでいた。

 

■R4.4/26~5/1_みまつひろゆき「Life speed+」

これまでと制作手法は同じ、「新幹線など列車の車窓から流れ去る風景を撮る」というもので、遠景は止まり、手前は流れ飛ぶというオートマチックな流し撮り現象を活用した作品である。ちょうど1年前、2021年3月に個展が催されたが、そこから撮り方の幅が増えていた。

 

 

撮り方の幅といっても、作者自身は電車の車内(車窓)に固定されており、出会う風景への視座も「真横」で固定されている。

強い制約の中では、シーンの選択(時間帯、天候、走行地点)と撮影条件の選択(シャッター速度、露光、ピント位置、シャッターを切る地点)という、大きく2つの条件選択の掛け合わせによって作品が生成される。単純化すれば、新幹線などの鉄道とカメラという2大モダン・マシンが有する「速度」の掛け合わせが、作品を作り出している。

 

会場写真では全く伝えられないが、前作から変化した点は、停止した遠景に対応する、流れ去る近景のバランス感、質量感だった。

前作は「新幹線の車窓から流れ去る風景を撮る」という手法の発見段階にあった。流れる風景を高速シャッターで押し止めて正確な(正しい)像を得る、という一般的な写真解を覆し、風景の流れ自体を前景化することで作品としていた。そのため「流れ」が強く、写真全体に流れの描線が入っており、移動速度自体を可視化したようなイメージだった。

これは作者が元々、印象派やフォービスムの絵画を愛好しており、アルフレッド・シスレーやラウル・デュフィの名を挙げていたように、写真と車窓を用いた絵画的表現を試みていた可能性がある。

 

小部屋では前作がまとめて展示されていて比較ができた。

もう一つの前作との違いは、使用する列車のバリエーションが増えたことだ。前作では東海道・山陽新幹線に限定されていて、展示タイトルも「Life speed Automatism by shinkansen」となっていた。今作ではそれ以外に東北新幹線大阪モノレール大阪環状線京阪電鉄とかなり多彩な顔ぶれとなった。(なお、展示を観た際には筆者はこのことに気付かず、後日、作者から連絡をもらい、5/7に記事を修正した。案外分からないものである。。)

 

今作では、「停止」の造形が明確化してきた。流れ去る手前と停止する奥の遠景とで描写のメリハリがつき、止まるべきところは止まり、その像が「見える」ようになってきた。また、遠景と手前がゼロ距離で描画されていたのが、奥行きのグラデーションが写し出されるようになるとともに、流れ去る横なぐりの描線の中にも具体的な造形が現れていた。

新幹線など列車の車窓が「移動速度」だけでなく、車窓から見える「風景」の視覚へと移行していることを感じさせる。ただしその多くは人間には見えない。カメラにのみ見える・写真によってのみ明らかになる視覚である。

 

遠近の奥行きが生まれるとともに、線状になって消し飛ぶ前景に具体性が出てくる、これは遠近法を遵守しつつ搔き乱して破壊する、という相反した行為/現象が共存しているように感じた。印象派などの西欧近代絵画と、カメラという近代装置の眼、二つの視座が出会ったことの産物だろうか。

それを行っているのはカメラと新幹線などの列車であり、基本的には作者の主観・感情から表出されたものではない。が、実際には撮影時のシャッター速度やピント位置だけでなく、撮影後のセレクトからプリントまでの間にデジタル現像やphotoshopでの補正工程があり、明暗や彩度など総合的な絵柄を決定していくうちに作者の主観は十分に反映されうる。

だが、カメラの機構が確保しようとする遠近法と、作者に内在する反・遠近法的な絵画志向とが出会い、それらを混ぜ合わせるパレットと絵筆は、高速で走る鉄道という自動装置なのだ。この三つ巴のような関係が興味深い。

 

今回はそれだけでなく、別のスタイル:抽象化を強めた作品、流れ去る風景の線形自体を絵にした従来的な作品も多く、手法と視点の展開を見せる展示であった。それらも前作より色味や線の描画がはっきり・くっきりとしており、鉄道の車窓という手法を使いこなし、アイデアを実行していく段階に入ったことが伝わった。

 

最後の方に掲げられた1点の写真は面白かった。夜の都会の車窓を撮ったらしく、色のついた光だけで具体的なものが写っておらず、流れも縦方向に見える。手法=作品という立て付けのため、こうした「何をどう撮ったのか分からない」ものの提示は、スパイスとして効果的だと思った。

 

全体を通じて、色・線の描画自体がやや粗く、ざらつきを伴うのが気になる。写真によってはかなり平板化して、遠近法はあるが像・描画自体の奥行きが潰れている。絵画の筆致や質感を意図しているのか、それともカメラのセンサー画素不足や撮影後の補正で生じた、望まれぬノイズなのかどうか。というのは、像・描画自体の透明度と奥行きが確保され、写真としての文体確保に専念すれば、例えば畠山直哉のような都市のランドスケープ作品として成立するのではないかと思ったからだ。それは絵画性を放棄することでもあるが・・・

 

 

 

 

■R4.5/3~8_岡田登志夫「モダニストの独白」

展示は制作時期によって、大まかに3コーナー(3テーマ)から構成されている。

  1. 最新作:作者自身のルーツと身体
  2. R3年発表の作品:青空と都市の装置インフラ
  3. R2年発表・最初期の作品:飛行機の窓から見た地上の構造物

 

2と3はこれまで「写真表現大学」卒業制作展で発表されたもので、都市の機構を普段のアイレベルでは見えない別の視点から捉え、オブジェとして浮かび上がらせる試みだった。

2は電波塔や建造物、監視カメラ、照明などのインフラを強いフレーミングによって部分的に切り取り、濃い青空をバック紙にしてオブジェ化する。言わばベッヒャー文法の逆を応用している。

3は飛行機からの独特な視座(アクリル3層構造で不透明な窓越しに、上空数千mから斜めに見下ろす特異な視点)を特殊レンズのように用いて、地上からでは見えない巨大な構造物を、観察ではなくやはり切り出しによってオブジェ的に提示する。

 

 

いずれもスケールの大小はあれど、列島・生活を支える都市インフラの一部である。80~90年代に写真家が徹底的に撮ってきた、東京を核とする都市景の写真史をなぞるものとも言えよう。ただ身体的なスナップの行為性や、大判カメラでの記録性の追求を行うのではなく、飛行機での出張移動が多いといった作者ならではの生活を活用し、独自性を加味したものだ。

また、コーナー終盤には2と3の中間に当たるスタイルの都市景も提示された。このコロナ禍に、都市からセルフポートレイトへテーマが移り変わる過程で撮り溜められてきたものだという。

 

今作は、これら従来作と大きく異なり、作者自身の人生と身体が主役となっている。これを作者は「鏡と窓」を引用して説明した。

1978年、MoMAのジョン・シャーカフスキーは同名の展示を、写真を通じて自己表現を行う作家を「鏡派」、写真で外界の探求を行う作家を「窓派」と分類して構成した。しかしシャーカフスキー自身が述べていた通り、写真表現は当時すでに二元論で綺麗に分けて語れるものでなくなっていた。

作者はこれを援用し、「これまでは外界を撮ってきたが、まだ内面・自己は撮っていない」という発見と、「一人の作家が外界と内面の両方のテーマを扱うことは、矛盾しない」というスタンスを得た。その「鏡」が今作である。

 

会場冒頭、展示タイトルの隣に2枚の写真が掲げられる。赤い下地に載った青いICチップと、インテル創業者:ロバート・ノイスの言葉「Don't be encumbered by history. Go off and do something wonderful.」が青字で書かれた壁面。80年代の日本で半導体製造と産業効率化に関わり、2001年に起業、製造業や建設業を支援し、2018年まで勤めた後も2020年に新たな会社を設立している、そんな作者の人生とキャラクターを象徴するカットだ。

 

続くセルフポートレイトは、素の身体にデジタルイメージ、ウェアラブルバイスを装着した姿で提示される。これも冒頭の2枚とバイオグラフィと強い関連性を持つため非常に納得できる流れだ。

 

セルフポートレイトにも3種類ある。ウェアラブルバイス(ワイヤレスイヤホン、腕時計)を装着した姿、肌を見せてWeb画像・文字を投射した姿、真っ暗に暗転させて投射した姿。

これらは80年代からゼロ年代、そして現在に至るまで、時代ごとの第一線で活動するベンチャー人としての飽くなきコンテンポラリーな体質を表現している。

同時に、過去作品で取り上げてきた80~90年代日本の高度な都市インフラ、そのメカニズムと作者自身の存在・人生とを等価と見なして同化させ、そしてまさに当時のサイバーパンク的感性が呼び起こされて映像化されたものとも言えよう。

AKIRA(映画、1988)「鉄男Ⅱ」(1992)に代表されるように、当時、「人間」なるものはどこまでも科学技術により探求可能であり、されど探求しても謎は尽きないものであったし、都市もまた人の手を離れて無限に自己増殖し続けるものであったし、人の体・脳・心・遺伝子etc...と都市・機械は混合でき、高度にキメラ化するという幻想があった。映像を自身に投影した2種類の作品は、そうしたかつての壮大で誇大でSFめいた近未来の世界観を思い起こさせる。

 

だがウェアラブルバイスを装着した作者の姿は、幻想ではなく2020年的な現実を物語っている。

20世紀から見上げた2020年とはサイボーグとアンドロイドが生活圏に居り、車が空を飛んだり月や火星に移住したりするのが当たり前だった。

2022年現在から見渡す「2020年」とは。言うまでもない。少子高齢社会に歯止めがかからず、高齢者の定義が更新されて65歳定年延長となるも、国の医療費負担は増大し続け、都市と地方の格差は開き続け、遠隔医療や予防医療の必要性が指摘されながら、実用化はまだまだ遅い。それでも各種ウェアラブル機器を用いた健康管理、体機能のサポートなどは徐々に簡便になりつつある。老いを支え、介護や入院をせずに生きていける「暮らし」の形。作者の体が象徴するのはそうした「2020年」の幻想と現実のギャップではないだろうか。

 

勿論、作者本人の表現意図としては「今・現在のテクノロジーやガジェットの潮流を取り込みたい」というピュアなものだと思うが、ビジュアルがストレートで強いため、外部の物事と色々と接続して読むことができる。そういう点でも「鏡と窓」は二分法にはならず、どこまでも混在し続けるテーマであることが分かる。

 

本作は完成体ではなく、今後の作家活動に向けての見通しを拓いたものと考えられる。前作までの都市インフラ写真とは比べものにならない強度と奥行きが生まれたが、それらが全て一貫したテーマ・世界観であると串刺しにするのがモダニスト」というタイトルだ。昭和から平成初期にかけて、この国で何が起きて、何が生み出されていたのかを読み解く鍵として、作者は生き字引のデバイスとなり作動する。本作はこのタイトルでなければならなかった。自分のための自伝ではなく、他者が参照する字引きとしての「モダニスト」として機能するために。

 

今後は、身体をデジタル的メディウムとしてメイキングフォトに用いる場合、投影するイメージや言葉と身体パーツや表情、全体の色味やトーンなどには必然性が求められるだろう。写真でも現代美術でも趣味・ファッションでも、さんざんやり尽くされてきた手法であろう(80~90年代の具体例は手元で見つからなかったが、特別な資材や設備がなくても誰でも出来るため、恐らく相当な試行錯誤があっただろう)。プロジェクションが遥かに手軽になった現在では、Pinterestで膨大な数のイメージが上がってくる。関連性の説明が付く程度の素朴なものでよいと思うが。

 

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面白かったですね。

何も言わなければこのお二人は、世間一般では「父親世代」とか「おじさん」と呼ばれる部類の括り方をされて、お仕舞いにされてしまう存在に当たるかと思います。

 

( ´ - ` ) おじさん。

 

この5,6年で「おばさん」「ババア」という言葉がTVやTwitterや日常会話から駆逐され、女性蔑視の解消が一歩ずつじわじわと進んでいる(当の女性本人皆様は「そんなもん進んでない」「勝手に済んだ話にするな」とお怒りになられるであろうが堪えてください)一方で、代わりに「おじさん」=加害性を大いに孕んだ有害・迷惑な存在、という共通認識が非常に深まった感があります。「ただしイケメンに限る」などというフレーズもまるで見なくなりましたが、「おじさん」の害悪、生理的嫌悪を語る言葉は尽きることがありません。

 

しかし固有名詞を必要とせず、旧態依然とした悪しき父権に守られてきた「おじさん」と違い、この作者二人はこの数年間の学びで、自分なりの視覚言語を見つけ出し、発展させ、内面と外界との対話を模索してきました。

その解として二人は、戦後日本が真に「現代」へ辿り着くための近代化プロセスにおいて、社会のありようやインフラ、生活者の心身を根底から変容させたメカニズムに着目し、それを手法として動員し、またその時代を生きた自分自身の心象を無言のうちに表出させる、という表現を行いました。

 

外形的なもので「おじさん」で括って仕舞いにせず、固有の、括ってまとめることの出来ない「作家」として、お二人のような存在のことを見てもらえたらと思います。

そうしたらばこうした作品のことも、何かしら語るものが見えてくるのではないかと思いますし、それらが「今」の日本に繋がる系譜であることも見えたりしようかと思います。うへえ。

 

 

( ´ - ` ) 完。