nekoSLASH

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【映画】黄インイク監督「緑の牢獄」@第七藝術劇場

橋間良子(はしま よしこ)という、西表島に住む90歳近い「おばあ」の語りによって紡がれる映画。

橋間おばあは1926年の台湾出身だが、1937年に祖父らに連れられて沖縄県西表島へ移住する。一家はその後、西表炭鉱と、そして西表島と運命を共にする。 

 

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公式HPを見たり予告編を見るといいですよ。

 

green-jail.com

 

 


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( ´ - ` ) 密林ですね。

 

 

◆あらすじと「西表炭鉱」

 

1886年から1960年まで西表島には「西表炭鉱」という石炭採掘があった。これは総称で、様々な企業が合併や創業で入れ替わり立ち代わり炭鉱経営を行っていた。島の石炭層はとても薄いため、採掘場所を移動したり、また戦局の変化によって需要が高まって活気づいたり逆に立ち行かなくなり停業したり、炭鉱業は激動そのものだった。橋間おばあの人生はその激動と共にあった。

 

明治期の炭鉱労働の担い手は囚人だったが、大正時代には沖縄本島から、炭鉱会社が労働者を千人ぐらい連れて本格的な採掘に乗り出してくる。西表島の男たちだけでは人手が足りず、沖縄本島宮古島、そして台湾や朝鮮半島からも労働者が動員されるようになった。

 

今では「ウタラ炭鉱跡」が近代産業遺産として遺されており、観光スポットの一つとして、遊歩道と解説パネル、慰霊碑が設置されている。そこは町からは離れた山の中、遊覧船乗り場から遊歩道を1㎞ほど歩いたところにある。浦内川を遡上しマリュドゥの滝へ向かう遊覧船からは、マングローブのジャングルにしか見えない。

 

人里離れた、緑と川に囲まれた僻地。 

炭鉱労働者は非常に厳しい生活を強いられたという。納屋制度という管理システムの下では強制労働が強いられ、給料は逃亡防止のために、炭鉱集落内でしか通用しない通貨(金券)で支払われた。完全にカイジの帝愛・地下労働施設だ。

更に、作中の橋間おばあとその養父の言によると、モルヒネが流通していた。国の許可の下で炭鉱企業が売っていたもので、炭鉱夫はモルヒネに依存し、薬を断てば禁断症状を起こすから手放せなくなり、労働し続けるしかない。また快楽もあってか、台湾に帰っても手に入らないのでまた西表炭鉱に戻ってくる労働者が多くいたという。

 

戦後はエネルギー革命の流れもあって、炭鉱は廃れた。そして終戦末期の1945年には多くの台湾人が疎開先からも台湾へ引き上げた。戦争によって労働から解放されたとは皮肉な話である。橋間おばあ一家も台湾に戻る。が、1947年に密航によって再度、西表島へ戻り、開拓地を設けて農業で生計を立てた。

 

炭鉱の史実を追ってゆくドキュメンタリーとしての展開は、あるようでほとんどなかった。橋間おばあの語りが淡々と写され、その語りに基づいて映像が肉付けされていく。そのため、現在の日常生活と、自身の人生の思い出話、家族血縁の思い出話が全てだった。なので思っていたドキュメンタリー映像とはかなり違うものだった。

 

 


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↑こういう感じのドキュメンタリーかなと思っていた。これを見ると、本作で受けた「西表炭鉱」の印象と全然違う。逆に言うと本作を見ても、このような坑夫の苦しみはあまり分からないところだった。

 

本作の構成で最も特徴的なのが、炭鉱についての話は、おばあの回想と、過去に記録された他の台湾人らによるインタビュー音声とともに、演劇的再現によって顧みられる点だ。オーラルヒストリーを全面的に支持し、史実と物語の間を行き来するような構造である。地霊を呼び覚ますような再現映像は、ドキュメンタリーと言うよりは大河ドラマが挿入されたような感があった。今の人の声と記憶、過去の人=土地の記憶=地霊、という連鎖は、テイストは全く異なるものの、山城知佳子の映像作品も連想した。

 

 

◆「緑の牢獄」1:西表島の自然環境

タイトルの印象が強烈で、この「緑」と「牢獄」という語感に惹かれて観に来たところもあり、何が「牢獄」だったのかを振り返りたい。

 

まず第1には「緑」の語の通り、西表島の自然が織り成す深い森、ジャングルとしての「緑」である。炭鉱労働者を囲い込み、逃げ場を失わせた自然環境だ。沖縄本島より更に南西に位置し、台湾のほうが近いこともあって、気候区分はほぼ熱帯にある。

作中では島から海を眺めるカットが度々挿入されるが、海を一望するシーンは少ない。対岸の緑が主として映し出される。南西諸島と言えば海が主役というのが共通認識だと思うが、ここでは緑、島を覆うジャングルが本質なのだ。私は西表島縦断路を1日かけて歩いたことがあるが、高低差があまり無いのに密林は本気で苦しかったし危なかった。西表島という熱帯性怪物の体内に閉じ込められたようだった。

 

橋間おばあの住まいも例外ではない。

おばあの家は平屋の戸建てだが、周囲を草木に覆われている。開けた集落にある家と違い、少し離れているのか、入口から庭から雑草が満ちている。そして島の自然は老朽化した家を飲み込もうとしている。まるで島の一部として消化しようとしているかのように。それは終盤に向けて顕著になる。おばあの生命の尽きてゆくのと共に。

 

◆牢獄2:炭鉱労働者を捕らえていたもの

第2の意味は先述の通り、過去の炭鉱労働者を捕らえて逃がさなかったものだ。タコ部屋労働的な納屋制度による囲い込み、モルヒネによる絡め取りなど、西表島から出ることを許さない搾取の牢獄が、史実として存在した。ウタラ炭鉱跡に設置された解説文も先のドキュメンタリー動画の通り、いかに当時過酷な労働が強いられたかを語り続けている。

 

しかし、西表島を出た後も労働者が舞い戻ってきてしまうというのは、単にモルヒネ依存というだけでは納得しがたいものがある。稼ぎが良かったということもあるのだろうか。作中では、日本人より台湾人の方がよく働き、給料も多くあげていたと語られる。

島の外で生きる場所が見出せなくなったのだろうか。斡旋者にうまく言いくるめられ、騙されて西表炭鉱へ送り込まれた人が多かったようだ。貧困、事故やマラリアによる死、監督者の暴力と圧政、怒りや絶望が渦巻き、非人間的な「牢獄」である。好き好んでそこに生きる人間などいなさそうに思う。しかし、それだけなら本作は生まれていないし、あの再現映像の、どこか幻想的でさえある炭鉱夫らのビジョンと結び付かない。 

労働者らを捕らえていたものの力の正体、圧政的制度だけではない力が気になる。 

 

◆牢獄3:橋間おばあを島に留まらせたもの

最も印象的だったのが、橋間おばあのことだ。

台湾から来たおばあは、本当の性を「楊」といい、墓に刻まれたその性を大事にしている。だが、台湾には戻らない。

 

帰るところが何処にもないのだ。

幼い頃に親に連れられて西表島にやってきたおばあにとっては、台湾に生活の拠点がない。しかも、おばあは血縁関係も断たれている。生まれた3日後に「楊」家の将来の嫁として、生みの親から手放されて養女になったのだ。そして14歳で自動的に結婚。その年に子供を産んでいる。その息子も4~5歳で死亡。近隣の台湾人家族から養子をもらうが、終戦後すぐ風邪の治療で打たれた注射がもとでポリオになる。集団就職後に死去。次男も消息不明に。

 

家も故郷も家族も、人生の選択肢も、家が決めたもので、全てが後付けだったり、失っていったものばかりだ。

そのためか橋間おばあは、どこか、常に苛立っている。柔和な・優しいおばあさんという人物像ではない。離れの空いた家屋を、流浪のアメリカ人の若者・ルイスに貸し出しているが、何かしら気に入らないのかブツブツ文句を言い、鶏や犬に「うるさい」と当たっている。素朴だがイラついているのだ。地元の地域住民らとの関わりはあるが、ヘルパーの助けを得たりしながらも、地域に溶け込んでいる感じがない。一体感がなく、ほぼ一人で道を掃除したり、部屋でTVをつけっぱなしにしている。

 

おばあの語りは、多くは昔の辛かったことや、ひどかったこと、家・家族、養父のことだ。話し出すと少しばかりの日本語と多くの台湾語が続く。家族のことを語っている時が最も生き生きしていたかもしれない。だがもう皆いない。あの世にいる。何か決定的に多くのものを失ってきたのだと思った。本作の始まりと最終版は墓参りだ。橋間おばあの居場所は、炭鉱の記憶と、墓の向こうにいる家族なのだろう。

 

西表島の異邦人であり、だが歴史に深く食い込んだネイティヴ的な存在でもある橋間おばあは、この緑の島から抜け出ることが出来ない。最後まで、出来なかった。それが悲しいことなのかどうかは分からなかった。国をも飲み込む、世の中の大きな流れの中で、必然的にそうなった。そう言えば無責任すぎるだろうか。それが、ある個人を通じて観たときの「歴史」というものだった、ということなのだろうか。

 

 

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( ´ - ` ) 完。