nekoSLASH

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【ART】R4.1/28~2/13_Study:大阪関西国際芸術祭2022 @船場エクセルビル(3F:釜ヶ崎芸術大学、NISHINARI YOSHIO(西尾美也+kioku手芸館「たんす」)

「Study:大阪関西国際芸術祭」:船場エクセルビルの3階に来ました。

ここはガチの「大阪」が詰まった階です。何かというと、西成の東北端エリア:通称「釜ヶ崎のソウルがあります。社会問題や弱者救済ではなく、現地の生活者が持つエネルギーをエンハンスして表現に転換する場だった。すごい。

 

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1階・2階のおさらい。どちらも「自然」の「風景」を巡る展示でしたね。

 

www.hyperneko.com

 

3階では「大阪」のリアルというか、大阪という土地、行政の歴史で避けては通れない西成区釜ヶ崎の人々との関わりで生まれた作品が展開される。創作された作品という個別具体的なコンテンツというより、逆に、アート・表現という口実・舞台装置によって、地元のおっちゃんおばちゃんと、地域外にいる我々とを引っ張り出して、接点を設けて結び付けている。そんな展示だった。

 

 

1.【3F】釜ヶ崎芸術大学「10年、卒業しない」

(  ╹◡╹) 理屈や知識が通用しない。

「生きている」力そのものだ。これは受け止める以外にない。ないのだ。

 

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入口への通路が祭りの本部会場のようにめでたい。めでたい。

 

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釜ヶ崎芸術大学市民大学の位置付けで、2012年からNPO法人「こえとことばとこころの部屋(ココルーム)」の主催によって開講され、年間100近い講座を開催してきた。大学というのは自由に来て学べますよということ。

 

ココルームのHPです。「釜ヶ崎芸術大学」の各年度の講座一覧などアーカイブが見られる。ゲストハウスの宿泊予約もできる。

cocoroom.org

これまで施設として「ゲストハウスとカフェと庭 ココルーム」を構えていたが、この2022年1月9日に施設名を「ココルーム」から釜ヶ崎芸術大学」へと改名している。改名理由としては、2014年の「横浜トリエンナーレ」出展によって大学名の方が知られるようになったことや、釜ヶ崎という場所で活動していることを分かりやすくした方がいい、とのことだ。

 

ただ、あくまで「カフェやゲストハウスのふりをして」「芸術大学のふりをして」という、「ふり」の前提が常に語られている点は見逃せない。いずれも事業の目的ではなくチャネルであって、目的は、様々な形で地域の生活者らとの「出会い」を催させ、表現を通じて、互いに「生きる」ことにつなげていく、そのような意思を感じる。

 

釜ヶ崎芸術大学については、ここで私がぐだぐだ述べるよりも、NPO代表の詩人・上田假奈代氏のインタビュー記事を読むと良いです。これは2014年に「横浜トリエンナーレ」へ参加した時のインタビュー。やはり全国区に出ると注目度が違う。

www.cinra.net

釜ヶ崎という土地、西成のおっちゃん、という存在がどういう感じかも伝わったのではないだろうか。人懐っこいけど独自の流儀とか、まあ色々なあれがあって、基本的なやりとりがうまくいかないことも大いにある、そのへんの複雑さも伝わる、いいお話でした。

 

と言っても予備知識なく入って良いのが本展示だ。なぜならパワーと密度が違う。

 

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まだ入口をくぐったところ(これ扉です)なのに、このありさま。凄。一体何を見せられているのか、何を自分は見ているのか、情報量がすごい上に個々のメッセージは「美術」「アート」の作法で読めるものではない。生活の、ナマの言葉、呼吸とか心拍に乗った言葉だから、わりと素直にいい意味で混乱します。わああ。心。

 

部屋に入ると一面が段ボールの床と、白い半紙とお習字の文字で天井も壁も埋め尽くされている。「空間インスタレーション」という言葉が虚しくなるぐらい圧倒的で、前後・上下・左右に始まりも終わりもない、そしてメッセージの意味性やベクトルも完全に散乱状態で、エネルギーの臨界地だ。

 

どうぞどうぞ、自由に入って見てくださいと招き入れられ、靴を脱いで段ボールの上に上がる。

おじゃまします。

人様の家のような戸惑い、しかし表現の場として「見せる」意図で用意された場。どっちだ。「釜ヶ崎」の中間地帯に入った感じがする。釜ヶ崎そのものではない、だが「釜ヶ崎」を象徴し、釜ヶ崎の住民側から「こちら」へアプローチする、出会いの場である。

 

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出会い・・・というか沼にはまったような異次元ッぷり。カメラが24㎜なので広角が足りず写っていないが天井もお習字だらけ、視界の全てに情報が飛び込んでいるので、どこを撮れば良いのか分からず混乱している。あうあう。なのでうまい俯瞰の写真が残ってなかった。あうあう。まさに「混沌」の2文字が心境を代弁している。

 

足元は全て段ボールです。

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けっこう居心地がいい。どこかの記事で「段ボールに泊まってみたら想像以上に暖かくてびっくりした」と実体験を書いていたがその通りだ。ぬくい。

あと空間にあるもの全てを「作品」「メッセージ」と見なすスイッチが入ったため、これら有象無象の段ボールの表情:デザインや書きこみや傷などに目がいくようになり、相当面白い。アパートの物件名など業務的な書き込みが「釜ヶ崎」という土地性と結び付いて、興味をかき立てられる。

 

で気になったのが「齋藤陽道」(さいとうはるみち)

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大阪大学Coデザインセンターと釜ヶ崎芸術大学が共同で行う「カマハン(Kama-Han)」という講座があり(2018~2019年度の2年間開催されていた模様)、2019年に呼ばれたのが写真家・齋藤陽道で、参加者は釜ヶ崎を歩いて写真を撮り、選び、参加者同士で言葉を添えあい、最後は展示を行うというプログラムだった。

 

企画自体はTwitterかどこかでチラッと見た気がする。「へえ齋藤さん西成で写真撮るんだ?!?」と驚いた記憶が。老化のため忘れましt

www.osaka-u.ac.jp

 

齋藤陽道の行ったワークショップの内容はこちらnoteに詳しい。毎回、1人1台の「写ルンです」で「釜ヶ崎と思うもの」を撮ってくるだけでなく、セレクト、そして写真から思い浮かぶ言葉を書き綴ることに力点が置かれている。

この取り組みの写真集というか冊子があって、閲覧できた。購入用のはなかった、あくまで大阪大学の実施プログラムの成果記録資料なのかもしれない。ちょっとほしいな。

 

お習字と段ボールだけでなく写真もけっこうあったよ。

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これらの写真と言葉はそのプログラムの関連物だろうか。目が泳ぎすぎてちゃんと1点ずつ見られていないのだが、写真があるとやはり気になる。誰が撮ったのか、誰が写っているのか。

 

コンテンツがありすぎて全く記録できていないのだが、会場では色んな冊子・本が売られていたのと、カンパを募っていた。

この活動経費をどうやって捻出しているのか少し調べてみたが、企業からの協賛金とカンパが主なようだ。方々から協力者を募って繋げ、活動を10年に亘って維持・継続しているのは本当にすごい。何より、地元の人達を「学び」の場へと巻き込むウェルカムな力を維持しているのは、没交渉のキングと呼ばれた私のごときヘボ輩には信じられない、超人的なあれだ。これも主宰者・上田假奈代氏の力と熱意が成せる技だろう。「社会」は蓋を開けてみれば超人的な個人が回していた、ということが実際よくある。むろん主役はその場に来てこれら表現をした地元の方々なのだがそこはあえて言わせてくれ。超人は実在する。

 

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上田假奈代氏。このテレビデザインもえらいことになっとる。NHK教育テレビ感があるが元ネタが分からない。

 

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入口から正面に、くつろぎの座敷とちゃぶ台があった。段ボールで色が同化している。高座になっていてなんか出演者みたいになるから座れなかった(笑)。

 

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すごいですよ。

唯一近いとすればアートやデザインを全く知らない「スピリチュアル」勢の、手製の歓喜の場だろうか、だがあの勢のような危うい崇高さや純粋さがない。とことん無意識的にリアリズムなのだ。生きている、それ以上でもそれ以下でもない、ただ「生きている」ことが延々と反復されているから「すごい」のだ。

「すごい」は語彙を細らせるから使うな、と指導されるところだが、この場を表現するのに「すごい」以外は無粋な気がする。これらは10年間の表現物を運び込んで陳列しているらしい。書道はこの場に来た人が書いたものも貼っていて、開幕時より増えているようだ。「撲滅」「野垂れ死に」「ぼんやり仕事する」いいですね、光を帯びています。

 

釜ヶ崎は、ドヤ街、ホームレス、暴動、外国人バックパッカー・安宿、という単語の印象が強いが、実際どういう土地なのか、記事でおさらいしましょう。

www.theheadline.jp

地元民でもないので私もあまり(全く)知らない。ゼロ年代初頭は、商店街歩いてたら「ここお前らがくるとこちゃうど!」て言われて「ひいっ」てなったもんだが、今はかなり空気が変わった。おっちゃんらの高齢化が進んだことや、釜芸のこうした取り組みのような「外部」との接点が浸透してきて、少しずつ融和しているのかも知れない。

それでも3年前に立ち寄った時は昼間っからパトカーがぐるぐる巡回していて、おっちゃんがパトに怒鳴ってたが。まあそれは気ぃ悪いわな。なんもしてへんのにな。

 

現場の労働者の歴史と仕事、賃金については『ニッポン複雑紀行』のインタビューが詳細かつ骨太でためになる。「あべのハルカス」もおっちゃんらが作ったんやで。

www.refugee.or.jp

 

1960~70年代・前回の大阪万博の時代に労働力として西成にやって来た人々が高齢化を迎え、一方で街は次々に浄化され、街から宿のないおっちゃんらは姿を消していく。2025年・大阪万博は、半世紀前にやって来た人達にとって、ひいては私達にとって、どういう催しとなるのだろうか。高度成長期、近代化から一回りして、私達がどういう地点に立っているのか、繋げて顧みることになりそうだ。ぷう。

 

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 ( ´ ε`○ )  ぷう。

 

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会場では「横浜トリエンナーレ2014」で観たときのおぼろげな記憶、衝撃を思い出した。これらの作品を美術界のエリートら:正規の美術教育を受けて勝ち進んでいったアーティストらと対置したとき、対極にいわゆる「クシノテラス」に象徴される「アウトサイダーアート」を思い浮かべつつ、しかし、そのどちらにもこれは属さない、別の位相としての捉え方が必要だと思い直した。

 

ここには個人の表現はあるが、個人は群となっている。本当の意味での「個人」、つまり主権国家のような形での、例えば芸術大学の卒展で言うような「個」は、ここにはいない。しかし集団や集合体として結合しているわけでもなく、バラバラに「衆」として声を放っている。めいめいが独自で、それぞれが好きにやっているから、優劣、上下、左右の区別が無いのだ。

なぜこんなことが起きるかというと、やはり個々人の表現が作品というより、人が集まり活性化する「場」、関係性の舞台それ自体が「作品」なのだ。そう捉え直すべきだと気付いた。

 

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「撲滅」という、一見不穏な言葉も、ここでは個人の殺意や破壊衝動ではなく、めいめいの日常会話の響き合いの中に、ただ「在る」。作品は、こうした様々な感情や背景を孕んだ地の「声」たちを発させ、それらを湛えつつ、我々を迎え入れて出逢わせている、このおそるべき「場」の方だ。

 

気付きを得たところで特に何かが変わるわけではない。「すごい」を繰り返してうろうろとする。言語野がしびれますな。はっはっは。笑ってまう。

 

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きみはポットを青紫に塗ったことはあるか!? 私はない。

 

こういう「場」って案外、企業勤めの人とか高齢者施設内でも有効なんではないか。もう既に色々と取り組みはあると思うが、しかし当人らの持っている感覚やエネルギーを好きに(うまく)表出させる場を継続的に設け、しかも外部に繋ぐというのは、マネジメント含めて色々難しいのかも知れない。やっぱりここまでの熱量を引き出しつつ継続するのは稀有な例だと思う。

 

 

私が強く感銘を受けたのがこれ。

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『釜のからくり博士の アルミ缶の通天閣

「人生のほとんどをお酒についやしているおじさんが、つくるときはのまないでいるからと、図書館にかよい、独自の方法であみだしました」

 

(´・_・`) やばいぞ。解説文だけで惚れる。

だめだ。重みが違う。3桁ぐらい違う。

「人生のほとんどをお酒についやしているおじさん」、、この日本語の強さと深みはどうだ。誰にもどうすることもできない。しかし諧謔みがある。どうしたらいいんだ。

 

この通天閣ロボは動いていて、うねうねしながら、なんと酒を注いでは、手にした酒を口に持っていき、口が開いて飲む動作をする。それを延々繰り返す。アル中通天閣なのだ。発想がすばらしい。いや現実か。無限飲酒、過酷な現実とファンタジーが古典的「大阪」アイコンを依り代として高度に一体化していて、もうだめだ。わたしは感動をする。

 

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永遠に飲んどる。しかも体も酒(缶)で出来ている。酒から生まれたのなら飲むしかないな。これ作ったおっちゃんも酒から生まれたのかも知れないな。仕方ないな。人類の体の進化が酒に追い付かなかっただけなんだ。おっちゃんはわるくない。

 

 

ちなみに私が「釜ヶ崎芸術大学」を知ったのは、映画『ダンシングホームレス』だった。映画ではダンスカンパニー「新人Hソケリッサ!」の活動を追うのだが、釜芸の講座に関連して活動しているシーンがあった。三角公園の夏祭りかなんかで観客が戸惑ってブー垂れられるシーンがリアルだった。

thedancinghomeless.com

 

チャリティサイトでの「新人Hソケリッサ!」インタビュー記事も載せときます。よくわかる。

jammin.co.jp

 

作品の話というより、釜ヶ崎という土地と、釜ヶ崎芸術大学とそれ関連の話になった。大学や大阪府市との連携プログラムも多いので、Web上で発信されている情報もべらぼうに多く、関連情報を読んでは解釈することに追われ、芸術祭の会期が終わってしまった。予想はしてた。会場で多数の冊子があるのを確認した時点で「これは展示物以上の情報量があるぞ」と観念したですよ。

それだけ「釜ヶ崎」や「西成」がなまなかな地域ではないこと、とは言いつつ社会に開かれ、踏み込んだ接点が増えてきた、ということなのだと思う。

 

惜しむらくは、私が出不精インナーモードを極めてしまったため、まさに西成の「釜ヶ崎芸術大学」現地の展示に行くことなく会期終了を迎えてしまったことだ。泣く。反省。これは会期と無関係にいつか訪れねばなるまい。

 

 

2.【3F】NISHINARI YOSHIO(西尾美也+kioku手芸館「たんす」)

釜芸展示の隣の部屋は、一転してがらんと何もなく、シンプル。床が広がる中に写真だけが壁に張り出されている。ファッション写真のようだ。そしてフロア奥の真ん中にモニター。動画と写真の作品である。

 

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殺風景なようで、写真の力が強いのと、先ほどの「釜芸」の情報過多の余韻のためか、このシンプルさでちょうどいい塩梅。やはり写真がかっこよくて、トーンの雄弁さがあり、このサイズと余白の取り方は正解だと感じた。

 

写っているのは西成の住民の方々で、他のプロジェクトでも関わっている人たち。顔が写っていないカットは事情があって隠しているのではなく、ポージングやセレクトの結果だという。皆さんその気になってモデルを務めたとのこと。

 

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動画映像は、西成区山王(釜ヶ崎の東隣あたり)kioku手芸館「たんす」に地元の女性らが集まり、縫い物作業をする様子を伝えている。写真と同様にかなりスタイリッシュで、撮影者は  ・・・名前を…控えておらず失念した、すんません、名前は知ってるねんけど、あー。誰だっけ。。

 

手作業の様子は、生み出されるテイストの独自性溢れるデザイン、映像の質感と相まって、時の流れを忘れさせてくれる。

「たんす」2階がショップになっていて、作られた品を実際に買うことができるという。ただ点数が限られるので、けっこうなお値段がしますよと西尾氏がトークで言うてはった。あの口調はけっこうな額だな・・・

 

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そうだろうなあと思った。映像越しに見ても明らかに手の凝った、けっこういい感じの品を扱っている。

 

tansu.brk-collective.net

 

「たんす」現地から西尾氏が展示について紹介している動画。アトリエで賑やかにおばちゃんらが作業している様子が分かる。


 

ここで名前を整理しよう。

 

「NISHINARI YOSHIO」はファッションブランド名で、立ち上げ主の美術家・西尾美也(にしお・よしなり)の名をもじっている。地元の女性らと共に2016年から今の形で始動したものだ。

 

「kioku手芸館「たんす」」というのは、元々あった「鈴木タンス店」から来ている。そして「たんす」プロジェクト自体は「NISHINARI YOSHIO」よりも古い。

2012年、美術家・呉夏枝(お・はぢ)によるワークショップ(地域の人達と家庭のタンスに眠った編み物をほどいたり編んだりして、記憶の共有を図る)から始まり、次に2014-2016年度で美術家・薮内美佐子による各種ワークショップ(手芸だけでなく、映像や歌など幅広いものだったよう)を経て、現在に至る。

これらは大阪市の文化事業「Breaker Project(ブレーカープロジェクト)」として行われてきたが、2018年4月より行政の文化予算に左右されない体制をとるため、一般社団法人を立ち上げている。

 

いやもう、大阪府・市の文化芸術支援事業が、「大阪府市文化振興会議・大阪アーツカウンシル」とか「オオサカ・クリエイティブ・アーキペラゴ」とか「芸術文化魅力育成プロジェクト」とか、何が何で今生きてるのはどれなのかパッと見ても全く分からない。確かに行政の施策ありきで動こうとすると、長期的にはきつそうだ。

 

この「たんす」も会期中は展示会場となっていたが、私が引きこもりモード発動中だったため行けていない。また今度行きます。はい、はい。

 

写真観ましょう写真。

 

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かっこいいですね。服は相当凝ってる。アーティストの感性だけでなく、地元の方々のそれぞれの思い・意見が加わってこのデザインに至ったというのがすごい。そこはうまいこと形になるよう作家側でまとめたのだと思うが、「大阪のおばちゃんはヒョウ柄」みたいな、ケバい・キツい・チープ、みたいなものには全くなっていないのが驚きだ。ぜひ現物を見てみたい。

 

そしてこういう、ストレートに一義的な「良さ」を伝えるには、写真はシンプルに得意なんだなと感じた。ファッション分野ではまだまだ役割がありそうだ。

 

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チャチャッとレポ書いてさくさくまとめるつもりでいたが、西成、釜ヶ崎となると、そうもいかなかった。そこに生きる方々の歴史もさることながら、その人々を支援し、共に「創造」や「表現」を通じて、コミュニケーションを試みてきた方々がいる。年数の経過によって、後者の歴史の方もだんだんと大きくなっていることを、調べていて改めて実感した。

 

これまで「フェスティバルゲートがコケて撤去された」「新世界が串カツ屋だらけになった」「あいりん労働福祉センターが閉鎖された」「違法露店が警察に取り締まられた」などと、どちらかと言うと行政により「浄化」されていく、大文字の「西成」の動きを漠然と見聞きする(そして冷笑する)ばかりだった。これも複雑な心境だったが、まあ時代の流れとして仕方がないのかなとも思っていた。

 

だが大阪はこの20年ほど、西成に限らず全体的に、大規模再開発によって大きく浄化されてきている。特にキタは、リトル東京移植版みたいなものになっているし、ただ管理された私企業と行政の空間と化していくのが、どうも気持ちが良いものではない。ただ生きづらくなるというか。

何か妙なもの、とてつもなく面白くない土地へと変質しようとしている。戦後あるいは高度成長期以来、近代化の影として抱えていた「負」の反動ゆえなのか。

それらに触らず直視もせず腫れもの扱いしてきたのが従前の態度なら、今は行政と民間の協働によって押し流して観光的に塗り替えて浄化している。つまり「市場主義を導入する」というここ10年ほどの姿勢と選択こそが、過去と今の「大阪」を分かつ分水嶺となっている。これは都市空間に限らずあらゆる「現場」で起きているかもしれない。

 

だが、それだけではない生き方・寄り添い方があって、公助とも共助とも自助ともつかぬ、謎の集いや、謎の個人的な情熱が、良い感じの「場」を形成し、その「いい感じ」が穏やかに、熱を受け継ぎながら、今に至っているということを知った。ローカリズムとでも言うのか。

 

大阪万博がただのパビリオンとカジノと大阪維新瞬間芸的な「祭」で終わらないために、アートという手法/場は、どういう形で何ができるのか。大がかりな彫刻や映像、インスタレーションVR/ARの没入とも、また異なる展開――熱を持った「いい感じ」のローカリズムが生きてくることを、漠然とだが願いたいと思うようになった。

東京と同じことをしてもいいけど、全部東京と同じでなくていい。センチメンタルではない。ただ単に生き辛い。大阪だからこそやってきたことがあり、それは市場主義で消し飛ばさず、てきとうに見守っておいてほしい。その緩さとぬくさは、たぶん外国の人にも伝わるんではないか。わからんけども。

 

 

( ´ ¬`) つづくよ。