nekoSLASH

ねこが超です。主に関西の写真・アート展示のレポート・私見を綴ります。

【写真展】R6.3/20-24 徳永隆之「現実の向こうへ」(TIPAアートプロデュース2024)@enoco(江之子島文化芸術創造センター)

enocoで開催されたTIPAアートプロデュース2024「徳永写真美術研究所に関わる作家7人の個展と研究活動の報告展」の個展のうち、主催者の一人である徳永隆之の展示を別途取り上げる。

約20年間に亘って収集された、大量の「手書きの世界地図」がすごかったのだ。

「現実の向こうへ」。

タイトルにそそられる。VRやARの話ではない。

本作の「現実」とは、個々人の知覚や思想によって異なり、バラバラで混ざり合わない世界を持っている―私達の見ている世界は知覚や思想によって他の人と異なるものとなっていることを指している。

 

ステートメント「それを越えたところが見たいと思った。」という言葉は、個人の認識や精神の壁を越えるかどうかといった個人の内面と超克についての話ではなく、「私」以外の他者を広く想定し、それぞれの人たちがバラバラに持っている認識、その枝分かれ前の共通した源流にどうアプローチしようかというものだ。認識を生じさせる諸々の知覚的要素の発信源すなわち認識の外側へとアプローチするか、もしくは我々人類が元から共通して備えている認識パターンや世界観の母型・類型へと潜っていくかという大まかな二択が思い付くが、「Laputa」シリーズステートメント(作者個人HPより)を読むと、作者は後者を選んだと思われる。

 

ただしその射程は広く、個展コーナー入ってすぐに掲げられたアラビア語版の世界地図が、ユングの集団的無意識をヴィジュアルで深掘りするといった話に留まらないことを告げている。つまり母型となるイメージ・神話的世界の内在だけでなく、教育や言語によって後天的に備えられた、まさしく世界地図的な自他の位置関係や線引きが各々の「現実」を規定していることが本作の話題となる。

 

世界の何処にいても・どの民族にあっても、見ている「世界」の原型は共通しているのではないか、という投げかけをするのが写真作品「Laputa」シリーズであろう。神秘的で象徴的なオブジェや形態が画面中央にあり、周囲は異国らしいが国籍が混乱させられる。1枚1枚の写真には異国情緒が漂う、しかしそれがどの国なのかがよく分からない。これらのシーンを連ねたところに架空の国「Laputa」(スウィフト『ガリヴァー旅行記』に登場する空飛ぶ架空の王国)を現そうというものだ。

 

固有の文化、宗教や政治性から遊離した浮遊感の中に、シンボリックな建築やオブジェが立っている。だがこれらは現実にあるどこかの国の場所である。どこかにはあるが、何処にも属さないと感じられる光景だ。束の間の幻想にも似た現実は、バックグラウンドを同じくしない人々が何か同じ憧憬を見た結果の産物だろうか。

 

「見えるもの 見えないもの」シリーズは太陽や蝋燭の炎などの光源を撮っている。それらは不明瞭で、不確かだ。光はモノではなく、写真は光が当たり反射するモノを明確に描写することに長けていても光源自体を正しく形として描画することができない。太陽のカットは中央が漆黒なのでもしかしたら日食かもしれない。いずれにせよ究極の光源である太陽を直視したり撮影することはできない。

 

「現実の向こうへ」シリーズは心象光景めいた風景写真だが、「Laputa」シリーズに通じる構成と世界観があり、無国籍な異国の中で、象徴的な建築物やオブジェが立っていて、それらが創作ではなく現実にどこかの国や地域に実在するものだということを思うと、建築や風景を作り出す際に私達人間が抱いていたインスピレーション、目の奥で見ていた原型的な憧憬は何かしら共通していたのではないかとも思える。地球が球体ではなく散逸し偶発的に飛び地となった平面体で、フィルムの重なりのような層構造であるかのように、イメージのパーツと重なりは飛躍と共鳴を伴う。

 

さてここからが本題である。本展示では、20年分の手書きの「世界地図」がファイルに綴じられて提示されている。

作者は作家として写真作品を制作するのと並行して、これまで大学や専門学校にて講師として教育者側にも立ってきた。そこで取り組んできたのが、20歳前後の学生らに「何も見ずに世界地図を描いてもらう」ことだった。

 

毎年出会う生徒らが記憶と印象から描いた「世界」の地図が約20年分、ファイル2冊分の束になって蓄積されている。

世界の国名と位置関係など自分でも怪しいもので、だいたいちゃんと思い出せるのは日本海の周辺、インド、イタリア、イギリス、アメリカ、カナダ、アルゼンチンあたりで、国境の込み入ったところはモヤモヤで自信がない。

 

生徒らも事情は同じだが、それでも差異が色々とある。

では面白かった地図の作例を見ていこう。

 

 

<正解派、情報派>

おっかなり理想的な配置が。簡略化されつつ適正な大陸の配分。アフリカ大陸が無いのは、ヨーロッパを描き込んでいる間にタイムオーバーを迎えたためではないだろうか? ブラジル、カナダの描き方があやしいが、バルト三国リヒテンシュタインを描き込んでいるあたり、在欧歴がある気がする。

 

これは「わかってる人」の作例。だが「大きさが違い過ぎる」と苦渋のコメントがある通り、イメージをうまく表せず苦心したようだ。

思うに、情報を描き(書き)込もうとすると、それなりの構成力というか、平面上にイメージを表現する画力が必要になる。画力が追い付かない場合、文字情報で埋め合わせることになる。しかし「プエルトリコ」「ジャマイカ」「ガラパゴス諸島」を書いてることから、やり手だと分かる。

 

こちらも正確派。位置と国名の情報がちゃんと整理されている。インドネシアの諸島群を処理してるのはすごい。さてはモルディヴとかパプワニューギニア好きだな? 北欧三国をちゃんと描き分けてるのもこだわりがある。

 

正確派・情報派の中には「図自体は簡略化してしまえばいい」と割り切ってデザイン的に処理する人もいて、これは非常に正しいというか、最短の手間と時間で最大限の情報を伝えられるので、すごい。

 

国名が全然書いてないので、だめな例に見えそうだが、国の形と配置関係は良い感じに描かれていて、「世界」の全体像はしっかり把握していることが分かる。書かれている情報も「ニューカレドニア」「元フジモリ大統領」「メガロポリス」「綿花」などと、各地の地理的な情報を押さえていて、確信犯である。

 

こちらも国名がないが、世界地図の全体像が明瞭かつ的確なのと、環太平洋造山帯によって世界を把握していることから、「分かっている」タイプである。さらにはシベリア鉄道を描き込む余裕を見せている。国名に拠らずとも世界の語り口はあるということです。

 

 

<なんか惜しい・よく見るとやばい派>

一見それっぽいが、よく見るとだいぶなんかおかしいタイプ。正確に覚えてないとか、ちゃんと描くことを諦めたり投げ出してウニャったりした地図だ。最初は面白がって見ていたが、めちゃくちゃ量が多いので相当飛ばし読みした。中でも特に「惜しい」というか「よく見るとやばい」ものをピックアップした。

 

「一見それっぽいけどよく見たらやばい世界地図」の典型例。ブラジルとスペインが隣接してるの、大航海時代の名残なのか? カナダが南アメリカに食い込んでいるという珍事。そして北朝鮮が超デカい。サイズが北朝鮮 ≒ 韓国>中国 ≒ 台湾という、この人は中国のことが好きではないか、逆に韓国が好きすぎるか、北朝鮮の脅威を過剰に見積もっているか。

 

 

北朝鮮と韓国が逆>

上記の「それっぽい、けどやばい」の中に一定数含まれているのが、「韓国と北朝鮮の上下をひっくり返す」事例である。「朝鮮半島の北側にあるから北朝鮮ていうやん」というのは、そういう理解をしている側の「世界」にすぎず、そうでない人には、そうでない「世界」が広がっていたのだった(闇)。

 

なんとなくで全体的にはそうかなと思う地図だが、中国・韓国・北朝鮮の位置が南北逆転していて非常にカオス。その3国って位置関係そんな迷うかな?? 韓・朝が半島になってることを失念しちゃうと起きがちなミスだが、「韓国と北朝鮮の上下をひっくり返す」事例が散見されるのには驚かされた。なぜ… 北の国は北にあるから北なんやで・・・。

 

国名はすごい覚えてる人。しかし「地図」という形にアウトプットして表現するのが苦手なのが伝わる。頭にある情報を手に伝えて表出させるのもまたハードルなわけです。

そして「韓国と北朝鮮の上下をひっくり返す」大罪を犯している。なぜ…。諸外国の中でも中・韓・朝は別格に高い割合で報道され話題になるのだが、意外に正しい位置関係が知られていないようだ。岐阜県と長野県、福井・石川・富山・新潟あたりがてれこになるのと似ているかもしれない。

 

これも「韓国と北朝鮮の上下をひっくり返す」事例。スリランカまで描いてるのに。「北朝鮮」が「何に対して北か」を理解していないのだろう。あるいは「北」が方角的位置を現す接頭辞であることを失念して漢字3文字で一塊と見なしてしまっているか。オーストラリアが猫の顔っぽいので「いいね」×100回。

 

 

<変形・改変派、足りない派>

惜しいどころか、「世界」の情報が全然足りない一派。ここまでくると教育上の深刻な欠落を見せられた気分になり、面白いのだがどこか笑えないところがある。とはいえ想像の斜め上を攻めてくるので面白い。おもろいんやんけ。はい。

 

いきなり困った。何を描いたのだろうかこれは。もしかして日本と太平洋の位置関係をを南北ひっくり返して豪を中心に据えた? いやそれだと海が湖みたいに陸地のごく一部ということになる。では陸地なのか? さすがに米・豪・中韓朝・南極が陸続きというのも考えにくい。わからん。私は取り乱した。わからん。

 

ざっくりの概念図、イメージ的には一瞬正しいかなと思ったが、北朝鮮と韓国の存在感が強すぎる。社会主義革命が進んだ未来なのだ… しかしその分ロシアが随分小さくなってしまった。

南アメリカ大陸、アフリカ大陸が皆無なのは、思い出して描く時間が無かったためか、それとも本当に失念していたのか…

 

 

 

<虚無派>

情報の不足どころか、世界がない派。日本だけがおぼろげにある、日本が世界の真ん中にあるらしい、という以外のことはほとんど不明であり、時事問題とかどう処理してるんだろうかと不安になる。頼むからこの状態で愛国精神とか世界の真実とかに目覚めないでほしい。

 

虚無。日本とオーストラリア以外は無に還りました。すごくでかい鯨がいて全部呑んでしまったんですよ。アフリカは完全になくなりました。資源が無え! これだと毎日のニュースとか聞いてて全く何も分からないんじゃないだろうか。あるいはメガネ忘れてきて書けなかったか。何が何でもメガネ説を推したい。

 

魔道士みたいなローブ姿の人が片手を上げて指をうにゃらせている絵、ではない(ルビンの壺的に海をボディ、日本列島を目と口と見てみよう)。世界地図なのである。全体的に不穏。日本列島が小さすぎて、周囲に飲み込まれそうになっているのが不気味さの要因である。何かトラブル抱えてないかとか過去に何かあったか心配になる。

 

これも左右の両脇に広がる「世界」が不穏。何だろうな輪郭線が複数回なぞられて、陰の気が出てるのが原因か。地名も国境線もないために、先史時代の人類の闇に満ちた世界観がよく表れてると思う。啓蒙思想につながるやつ。そら啓蒙する側もしたくなるわな。線が怖いねん。

 

不気味。なぜ線と国名以外の質感を描き込んでいるのだろうか。しかもこれ何すかね??? 国じゃないな。右のはアミガサダケとかそっち系だろう。個人的には地図わかんねえから早々に諦めて、手持ちの石ころとかをデッサンし始めた説を推したい。これが亜大陸だったら怖すぎる。

 

「それっぽい」が無茶苦茶で、何もわかっていないの巻。オーストラリアに「南極」があり、あとはインドとカナダと北極という世界。もしかしたら分かってて手を抜いたのかも知れないが、にしては南極の位置がね… とにかく虚無が広がっている。

 

これも解釈に苦しむ。画力というか情報の出力が苦手すぎて「世界地図」を描けなくて詰んだのか、国名も地図の形も覚えてなくてアウトプットできるものがないために詰んだのか、まあ後者っぽいが、日本とオーストラリア以外は形としてすら存在しないという恐ろしい世界である。成仏しきれてない生き霊に描かせたみたいな地図だな。

 

 

<虚無とデザインの狭間で>

だいぶあやしいが、「虚無」を描き手の力量・センスでデザインぽく処理して逃げ切った類の作例である。前項の「虚無」シリーズよりもだいぶ人間ぽいというか可愛げがあり、もしかしたら分かってて簡略化したのかも、との期待も少しは残る。手が器用だと逃げ口上が一つ増やせるので得だなあと思う反面、無理なもんは無理という気持ちにもさせられる。

 

さすがにこれは白い。白地図。面白いけど恐ろしいな。G7とか東京五輪、何処から人が来てることになってるんだろう。実体験が伴わないとだめなタイプかな。概念理解が苦手という。海外旅行に行ったらマップが少しずつ増えていくかも?

 

デザイン派に入れたくなるが、中国とブラジルがやんちゃしすぎており、デザインの一言で片付けるとデザイナーさんにMacでどつかれそうだ。中国がカザフスタンぐらい内陸にあるのだが、まあこの世界では領土が奪われて小さくなったんでしょうね。どの世界地図も「いくつか隣の並行世界ではこういう地球もあるんだなあ」という気持ちになってくる。ベースにしている「現実」は同じなのだが・・・

 

 

<超簡略派・デザイン派>

相当に簡略化し、個別の国境線をベースにした地図ではなく全体像からの大まかな位置把握という観点で描かれたもの。「分かってる」度は高い。ように思う。が、分かっていない(別の並行世界に生きている)例も多々ある。また簡略化ゆえに、やらかすと目立つのでごまかしがきかない。

 

あーいいねー日本列島めっちゃデザイン的に描けてるねーー と思ったら配置がむちゃくちゃ。まず韓国の位置がすごい。イギリスの出張ぶりもすごい。アメリカ・カナダの処理がすごい。そしてタイがアルゼンチンを乗っ取っててすごい。

 

わあー。これ確信犯か否か? わからん。

アメリカがオタマジャクシみたいになったる。かわいいね。

地図があまりにシンプルな場合、無知によるものか、デザイン性を優先して情報をそぎ落としたためなのかの判別がつきにくい。でも世界地図を本当に知ってるなら「ユーラシア」「アジア」て書く気がするが。

 

 

<遊んじゃう派、画欲ほとばしり派>

地図、国境や国名の正確性は置いといて、何かやらずにいられない一派である。要は描く楽しさ、遊びへ向かっていくタイプ。

通常の文系学部生の発想だと、与えられたお題に対しては解答欄を適正に埋める、という反射神経が備わっていて、自由に絵を付け足すという発想がない。そもそも絵が描けない。が、ここでは隙あらば技をねじ込んでくる。そういう遊び心、自由な世界観というのはピュアになんか羨ましかった。ねこ描いてる私が言うこっちゃないけどや。

 

オーストラリアがコアラなのは分かるが、アフリカ大陸は橋みたいなので便宜上繋がれ、ロシアと中国しか国がない。いや、バチカン市国中央アジアに遠征だ。なぜ・・・。そして「ロシア~ン」。ゆるい。ゆるいぞ。

 

画欲が脱線。どうもイタリアは半島なので他の欧州諸国と別枠で記憶されるっぽい。つまり私達日本人は国境線という概念が薄く、島や半島に反応しているのではないか。「血管タイツ」とは何なのか? 下肢動脈瘤には気を付けてください。

 

「地球人みな兄弟」的な、各地の人種・民族がウェルカムな地図。特徴を描き分けてるのほんとすごいな。地図の位置関係も大体いいセンいってるし。カナダはくまのプーさんなんですね。絵を描き慣れていることがわかる。

 

似たパターンで、国別の兵士・戦士が描かれているようだ。発想がすごい。「世界地図を描きましょう」と言われて、こういうアウトプットが出来るだろうか。明らかに場数を踏んでいる。

しかし「インド」を「indo」、「アメリカ」を「Amerika」、「中東」を「chuto」と表記しているあたり、ニンジャスレイヤー並みに狙い澄ましたジョークなのか、本当に語彙がないのか、デザインで乗り切れない何かが垣間見えている。

 

絵心がほとばしってしまったパターン。これはすごくいいな、アメリカはハンバーガー。インドは・・・なんだこのテントは。ロシオの宝石みたいなのは雪の結晶? 南極と北極の形状はメルカトル図法の弊害というかこれこそ私達の見ている「世界」の共通した限局的な歪みを端的に表している。

 

楽しく描きたいタイプ。キャラがほとばしる。ロシアはマトリョーシカ。気球が飛んでいる。アメリカにはジョニー(だれ?)。しかし地図・世界の把握は苦手なようで、アメリカと南アメリカ大陸、ヨーロッパ・中東とアフリカ大陸は分離し、それぞれ「ここはなに?」と、何があるのか認識していなくて、空白地帯となっている。大陸はあるけど何かは知らんという状態。うへえ。

 

地図がデッサン調で、位置決めをしている感が出ているが、「分かっててやってる」好例。ウミガメやゴリラはともかく、中国にいるのがラーメンマンタイプの人民帽 × 辮髪男。こんな中国人って現存してるのか? 日本に来た欧米人が「ニンジャはどこだ」と言うようなもんすかね。

ロシアは国旗のマーク、南極には日本の昭和基地を意識して国旗が置かれ、「わかってやってる」感。

 

あってるんだかどうかがどうでもよくなる、独自の世界観に基づくもの。日本列島よりも「沖縄」の主張が強いのがポイント。ソマリアはそんなに南端にないです。世界の果て=南極の向こう側を意識し、更に書きようがないところを「よく分かってない」と詩人のようなことをいう。実際分からないのだろうが・・・

世界(地図)のことを「分からない」ことを逆手にとってるのがいい。気分は大航海時代ですね。星が落ちてきているような、宙吊りになって漂っているような、世界の果て感が面白い。

 

地形で世界を捉える派。スフィンクスナイル川はケツから出る)、エベレスト、万里の長城、そしてアリアハンを完備。誰かはやると思っていた。なおキューバだけ「愛と常夏の街、キューBa」とわざわざ書いていて思い入れが伺える。

 

いそうでいなかった、メルカトル図法 × 球体性→「地球の外側に宇宙がある」派。世界地図の中身を埋めるのではなく、世界地図がどこに配置されているかを描いている。メタ世界地図だ。頼もしいですね。

そして平和主張派でもある。どうも紛争や国境問題に関心があるようで、イラクとイラン、朝鮮半島北緯38度線が特出しされ、日本に「PEACE長崎」。ほうほう。

2004年の作例だが、既にロシアをプーチン国」とし、北方領土とロシアの間に「VS」と対立を書き込んでいるなど、2024年現在とあまり日本との関係性が変わっていないことをうかがわせる。

 

北の話でいうと、たまに北方領土を明記する人がいて、緊張感があるんよな。

領土は主張せなあかんからな。( ´ - ` )

 

平和主張派はメッセージ性が強い。「国境なんていらない!」「世界は1つでOK」これ本当に言う人っているんやな、、。活動家さんの素朴な心情として本当にシンプルにそうなのかもしれない。

しかし世界=国境や国家間の諍いで線引きされた政治と闘争の場であると認識しているからこそのメッセージなわけで、つまり「世界地図」を図面以上に理解しているということでもある。

なおイラストの個性はトップクラスで遊んでいて勢いがある。意外とみんな真面目に描こうとしては世界の形や国名が出てこなくてグズグズになる、虚無になるのが多くて、遊べる境地にまで至れる人って少ないんすよ。まあ学生だしな。

 

ゴジラ、くじーら、つばめ、こーのとり。独特なセンスがあるな。ゴジラはくじーらと戦おうとしているのか。

 

なおここでも「韓国・北朝鮮の南北が逆転する大罪」に地味に触れてしまっており、「北朝鮮はどこにいる?」というドキュメンタリー映画が作れそうな気がしてきた。

 

はい。

 

無限にあるのでこれで最後の1枚にしよう。こちらもイラストのパワーが強く、個性がみなぎり、発想力が豊かで、ストリートファイターⅡ」の世界地図と絡めているあたり、非常に正しい。2008年に20歳=1988年生まれ=幼少期に2D格ゲーその他「ゲーム」を現実の一つとして成長してきたわけで、「ロシア=ザンギエフ」「ブラジル=ブランカ」という認識は、物理的な現実ではないけれどソフト的現実として非常に正しい。

なぜカナダのメープルシロップをめちゃくちゃ推しているのか・・・留学してたんかな。。

 

そしてアフリカ大陸の戦士よ。存在がでかい。スト系でアフリカ出身てエレナ(初出は1997、ストⅢ)ぐらいで、ここだけオリジナルというか描いた人の世界観が一番出ているかも知れない。こんな出で立ちをする部族って観光用の衣装だったりするので、やはりベースにはゲーム的な「映え」があると思うが、しかしチベット自治区」をわざわざ明記しているあたり、現実志向でもある。ゲームと現実の政治が入り交ざる世界認識、これはリアルなものがあります。

 

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はい。面白かったですね。色んな「世界」があるということが分かりました。そら、同じ報道を見聞きしても、全然違う方へ解釈が枝分かれし、言うことが分断されたりもするわけですね。ワクチンとかポリティカル・コレクトネスといった話題で人々が分断と小規模再結束するのも当然か。

 

結論は全然ないけど、認知・認識の素朴かつマジなズレを見ていくのは非常に面白いですね。一歩間違うとこれまでの家庭環境やメンタル状況等色んな話に及び、暴力性に繋がるんでやめときます(さんざんやっといて予防線をはる卑劣漢) 長い旅をした気分です。ふう。

 

( ´ - ` )完。