nekoSLASH

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【写真展】R2.12/18_松原豊「Local public bath ”Sento”」@gallery 176

作者の居住地である三重県の銭湯を撮影した作品群。店の外観、入り口や脱衣場、浴場などを淡々と、力強く記録している。現役の施設の活きの良い姿を押さえているため、建物や内装は古いのに、不思議とノスタルジー感がなく、現在性が強い写真なのが驚きだ。 

 

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【会期】2020.12/4(金)~12/20(日)

 

国内旅に出ていた頃は、自動車移動&低コスト行程で組むことが多かったので、スーパー銭湯はたまに使っていた。スーパー銭湯は和風ホテルから宿泊機能を取り除いたような大規模施設で、しかも深夜営業もあり仮眠もとれるので重宝した。また旅に出たいですね。

「銭湯」はこれらとはまた別物だ。地域住民の日常生活において保健衛生上必要な施設として、公衆浴場法という法律で「一般公衆浴場」に区分されている。銭湯は、風呂を持たない住民の衛生的な生活を守るために、各地の条例で利用料金の上限や立地条件(300m以内に隣接して営業してはいけないなど)が定められている。スーパー銭湯や他の施設に付随する浴場は「その他の公衆浴場」という扱いである。

 

珍スポットや廃墟を好む私は「銭湯」の方も好きで、鄙びた地方への旅や登山の帰りなどに、たまに立ち寄る機会があり、古き良き昭和日本の世界を凝縮した世界観に惚れ惚れとするのが常だった。ノスタルジックな内装や設備に感銘を受けつつ、当然、風呂場にカメラを持ち込むことは出来ないし、無人であっても湯気でレンズが内側まで曇るので、まともな撮影ができたためしはなく、手元には何も残っておらず、おぼろげな印象に留まる。日常的に利用している地元住民にとっても、体の記憶しか持たないだろう。本作は高解像度でその空間を内側から俯瞰する。 

 

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自宅に風呂・シャワーがない住まいの方が珍しい昨今、言うまでもなく銭湯は減少の一途にある。厚生労働省の報告では平成27年3月時点で、一般公衆浴場の件数は4,293件だったが、このコロナ禍で状況は更に厳しくなっていることだろう。とはいえ、本作は銭湯の保護や保全を訴えるものではない。写真に主張がないために、銭湯の内部、特に浴場に溢れる独特なデザインが高い密度で迫ってくる。

 

改めて気付かされたのが、浴場の無秩序な美学である。

和洋のテイスト(だけか?)がわけの分からない入り乱れ方をしている、どう見ても和の建築ではない。装飾は過剰で、なぜ洗体・入浴するのにこんなに多彩な色や模様が必要なのか謎である。ビジネスホテルやネットカフェのシャワー室のように、白や黒のタイルだけで清潔にシンプルに仕上げた方が理に適っていると思うが、逆方向に進化し、色とりどりのタイルで空間は装飾され、湯舟自体も不思議な形状をしている。

建築様式の変遷や類型などの話は銭湯史の専門家に譲ることにするが、浴場に懸けられた謎の美学と情熱は、はるばる遠方より輸入してきた西洋文化を村の風土に合わせて勝手に変換し、自分たちなりに居心地の良いようカスタマイズされた「宮殿」に見えてならない。

 

しかし銭湯の浴場が異国の宮殿と重なる一方で、異国情緒にはゆかず、国内の地元の「みんなの場」であり続けるのは、建築に盛り付けられた数々の情報によるところが大きい。写真からは地元業者・店舗の広告、浴場の使い方の注意書き、湯の効能といった文字情報が無数に見出される。それは都市の光景が看板や標識の文字から構成されているのと似ている。もし具体的な文字情報が何も貼り出されていなかったら、浴場の印象はもっと建築様式に寄っただろうが、文字の力によってその特異な空間は「地元」へと、店主の個人的なセンスへと還元される。

 

きっとどの銭湯も、長年かけて店主と地元住民、常連客との関係によって、その特異な空間が育まれていったのだろう。浴場によって、壁に気合の入った絵が描かれていたり、逆にスカスカなのを見ると、店主の性分なども何となく想像されて面白いところだ。こうした「銭湯」の表情全体とディテールとをまじまじと観察し、どこを見ても面白がれるのが、本作の高い描画力による記録写真の味わいである。

 

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銭湯の累計や幅を知らないので憶測だが、たぶん作品になっている銭湯は、作者にとっても撮りがい、見せがいのある店舗だったかもしれない。どれも綺麗で生き生きしている。来客に備えて準備が整い、湯舟が水で満たされているところに生命力を感じるのかもしれない。

 

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銭湯業界にアイドルやイメージソングが存在するらしい。まじすか。支持層がどこにあるんでしょうね。誰かに会いたくて、何か新しい体験をしたくて銭湯に行く、という逆転現象がないと、衛生上の必要性だけで言えば新しい層は参入しないと思う。大竹伸朗の『I LOVE 湯』ぐらい空間ごと逆転させればそれはもう行きたいですね。

 

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( ´ - ` ) 完。