【ART】「CONTACT」つなぐ・むすぶ 日本と世界のアート @清水寺
ゲルハルト・リヒターの映像 × ライブが清水寺に来ていると聞き、盆が正月に来るような話だと思って観に行ってきた。わあい。
【会期】2019.9/1(日)~9/8(日)
1.概要、入場
小説家・原田マハが総合ディレクターを務めた本展示は、ICOM(国際博物館会議)・京都大会を記念して催された。
アーティスト名を見ると結構なビッグネームが揃っていることに驚かされる。その割に会期がたった8日間しかない。観に行けたのは幸運だった。別のアート展示(二条城での「時を超える:美の基準」展)を観ていた時に「そういえばリヒターが京都でどうのと美術手帖がTwitterで言ってた気がする」「二条城にリヒターが無いなら、あれどこでやってんの」と思い出し、あわてて駆け付けた次第です。焦る。
<参考>同時期に開催された「時を超える:美の基準」展
それで9/2(月)の夕方に会場入りしたのだが、清水寺の階段の前で行列ができている。京都観光のツアー客がうぞうぞしているのかと思ったら、本展示の当日券の購入待ちだった。
列は4~50名ほどだったと思う。入場制限をかけて調整しながら客入れをしているらしく、足止めされている。展示会場は清水寺内の「成就院」(じょうじゅいん)と「経堂」(きょうどう)だが、前者には茶室があり一度に入れないことに加え、後者はゲルハルト・リヒターの映像ライブ時には客の総入れ替えを行う。そんな構成上、一度に来場者を入れると混乱するため配慮しているものと思われた。
しかし、咄嗟に列に並んだものの 展示内容を記した冊子はチケット購入時の手渡しになるから渡せないと言われ、展示の全容・ボリュームが分からないまま、取り合えず待機させられるのは非常にストレスだった。これは間に合うのか? 別の曜日に前売り券を押さえて出直そうか、悩まされた。私が列に並んだのは15時45分頃で、リヒターのライブが40分、18時には寺の閉門である。鑑賞が間に合うのかよく分からない。
結局、慎重な運営スタッフのおかげもあって、後に会場内では快適に観ることが出来たのだが、正直、平日の客捌きでそこそこ列を滞留させてしまうようでは、土日は大変なことになると予想された。一人一人への対応も、説明が長く、全体的にもっさりしている。週末の駆け込みで混雑しそうな気配がする。がんばってください。
2.展示の感想
さて展示です。
全て撮影禁止なのが残念です。なんでや。
清水寺の内部での撮影が基本的にダメなのか、出品者の撮影許可を得るのが困難だったのか、撮影を許可すると客の流れが悪くなってコントロールできなくなるためか、とにかくダメです。清水寺は以前から撮影に厳しいことをちょいちょい聞く。残念でう。
しかしこれだけのビッグネームが並びながら、実際の率直な感想としては「古都の名刹とアートがコラボ」、もっと言えば「京都のブランドでアートを包みなおした」だけのように感じた。むしろ「京都というブランド」が種々の表現をまるっと呑み込んでいて、「京都」なるものの底知れなさがよく分かった。
感じ入るものが無かったのだ。
一方で、非常に安心して観ていられた。不思議な感想である。だから本展は、アートや表現の鑑賞ではなく、「京都」の鑑賞である、と言っても良いかもしれない。
安定。確かに調和は優れていた。展示品は、棟方志功の鯉の襖絵も、荒木悠の映像3連作も、猪熊弦一郎のマティス風の絵画も、手塚治虫と竹宮惠子の漫画の原画も、ジャコメッティの胸像も、ヨーゼフ・ボイスの黒板も、それらは皆、等しく安定していた。何故なら、それらが産み出された経緯や美術界で評価されてきた文脈などが消えていたためだ。普段、美術館などで何らかのコンセプト、論考を以て展示されるのとは全く異なり、展示品は内側からの声を発していない。代わりに「京都」という大きく深淵な風呂敷が、表現の声を観客もろとも呑み込んでいる。
ガラス越しに見る庭園と縁側、その縁に並ぶ、三嶋りつ惠《光の目》(2017) の金属生命体の幼生めいたガラスの群れ、和室の暗がりで掛け軸のように配されたマティス《ばら色のドレスを着た婦人》(1942)、欄間に並ぶマティスへのオマージュ・猪熊弦一郎の3枚の《無題》(1948-49) など、それらのいずれの作品も、本来内在している制作意図や美術史上の照応関係は消えていて、ただ作品だけがあった。
それらの作品をそこいら中に抱えてなお余裕たっぷりの「京都」があった。とにかく京都の歴史的な和室に完璧に調和していた。そこに驚かされた。京都は呑み込むのだ。小津安二郎はあるのか無いのか分からないほどだった。
それが良い悪いの問題ではなく、そういう居心地を求めたコンセプトでもあるのだろう。高度にセレブな空間、おもてなし空間だと思えばいい。時代的には真逆だがZOZOTOWN社内(社長邸宅)もそういう感じなのかも知れないと連想した。表現の上澄み、成果物が安全に並んでいる。不穏さや葛藤、問いかけを奪われた「表現」は究極のスノビズムだ。勿論良い意味で。
もっと言えば、原田マハのアート短編小説集「20 CONTACTS 消えない星々との短い接触」が本展示と連動しており、会場で売られているわけだから、本来は小説で描かれる情景と、読後感から湧き上がる鑑賞者自身の思い出や思慕と、そして展示とを、3点支持でリンクさせながら観たとき、良い感じに膨らみが出るのかもしれない。みなさん活字を読みましょう。
ヨーゼフ・ボイスの黒板《アクション「コヨーテⅢ」で使用された黒板》(1984)も、来日時の期待や謎や熱狂から切り離され、まるで清水寺の配下のように、「京都」のいちコンテンツとして収まっていた。ボイスの叫んだ「社会」というタームは京都の陰影と陽光の中に溶かされ、可愛い黒板だけが残る。恐るべし京都。やはり王朝の影(=歴史)は手に負えない。黒板は、かわいい。
3.ゲルハルト・リヒター《Moving Picture》
そんな中で完全に別物、異彩を放ったのがゲルハルト・リヒター《Moving Picture (946-3),Kyoto Version》だ。約40分間にわたる映像は、マルコ・ブラウのトランペット演奏と共に流された。経堂は、京都でも現代アートでもないまた別の空間と化した。
最初こそリヒター節だったのだが、金属の光の帯のような画面が徐々にさざ波を立てて割れてゆくうちに、段々と割れた時空から人の世ならぬものたちの像が現れだした。始まりは鳥居の朱の色だった。光の波打つ絵画から、色は緑、青が混ざりゆき、像も万華鏡のように、砕かれては繋がり合うものになっていった。像の素になったのは恐らく京都で撮られた様々な写真と思われる。冒頭でトランペット奏者のマルコより簡単な説明があったが、英語のみだったので正確に解することが出来なかったのが悔やまれる。(こうした点でも、なぜ作品解説の日本語でのフォローが無いのか、来場者の扱い方について理解に苦しむ。)
京都で得られた像を基にした色や形状が砕かれ、溶かされ、抽象化されているとすれば、本作のカオスな万華鏡は、京都を構成する遺伝子を抽出し、改めて培養し直して、本来的に内在していた力、仏教界の獰猛なまでの本性を呼び覚ます試みとして考えられる。
その力は凄まじい。考えるも何も、そういう問題ではない。現れるのだから。ビジョンとして。
形のない形、名前のない形、しかし明らかに何らかの姿を伴う形。万華鏡のように切り刻まれては新たに繋がり合う凹凸の繰り返し、超連鎖の中においては、人間の目や脳はそれをそのままで受け取ることが出来ないらしい。複雑怪奇な形状のパターンの中に、人のようなフォルム、像のようなものを見出しては、連想によって映像との関係を続けようとする。それらは宮殿の柱や彫刻のようだ。それらは仏像、武装した神将のようだ。それらは無数の呪術師のようだ。それらは幻獣のようだ。それらは ――。ハッと気付く度に像は姿を変えている。追いつくことが難しい。克明な夢を見ては目覚め、忘れ、再び眠りに襲われ続きが始まる、二度と思い出せないもう一つの世界へ、何度も出入りする。見るたびに、あてはめられる言葉のない何者かが、カオスの光と陰影の中に浮かび上がる。あなたがたは誰なのですか。遠い時空の果てからやってきたあなたがたは、SFでもサブカルでもなく、私の身勝手な妄想でもない、それでは一体何者なんですか。
魔界の宮殿の中に立ち並ぶ魔神、幻獣、機兵・・・これらは古来、千数百年前の人達が仏教界として思い描いた、或いは実際に脳裏に浮かんだビジョンだったのではないか。通常では出会えないビジョンだ。深く長い修行を積み、儀式により種々の手続きを踏まえた僧は、理性の堰を解き放ち、夥しい脳内麻薬の分泌によって超常的な映像を観ることが叶ったかも知れない。この世にあらぬ世界の存在が光の中に立ち並び、見るたびに次々に変容していく様は、壮観だ。悲願でもあっただろう。「生」を押し進めた極地で出会う、超常の輝きと存在である。神仏の世界へのコンタクトは、来世で成仏を達成するために、当時の社会では一大事であった。いかに向こう側の世界を描くのか。一部の極めて優れた、脳内麻薬の分泌のよい者は、複雑怪奇な、数式の魔術が自動生成するフラクタルめいたディテールが「見えて」いたのだろう。その細部を逃すまいと、建築や絵という手段で具現化し、幻視の心得のない者たちへ伝えていった。そうして「京都」に千数百年封じられてきた遺伝子を、リヒターは解凍し復元したのだ。時代を超えて現在、私たちは映像技術、画像処理と、優れた芸術家の力を以って、信仰の都市に込められた超存在に出逢った。
個人的に非常に懐かしい体験だった。それゆえに感想がえらく偏っていることをご容赦いただきたい。南無。
映像とは、どこまで時代が進歩しても、見ようとしているもののコア自体は、人類の原初の頃とあまり変わっていないのかも知れない。人間が追い求めるビジョンは、全く異なる手法を経たとしても、帰結するところは同じなのだろうか。勿論、平安時代の僧らと全く同じものを見たわけではない。そもそも思考・感性の構成は全く異なるから、見えるものも別物だ。それでもなお、過去と今とが、時空を超えて繋がった思いがした。
さて注意点ですが。
このリヒターの映像ライブは1回につき50人しか観ることが出来ない。基本的に13時半と16時半の1日2回公演だが、これを観ないと来た意味がないぐらい、他の作品とは桁違いのものとなっているため、見逃さないようにしたい。頑張ってください。
茶室は時間切れで見られなかったが、4作品のうち2作は森村泰昌だし、宮沢賢治のメモも別に良いかなという感じ。全体的にアート即売会みたいな配置だった。観終わると18時前で、警備員が早く客を門の外に出そうとしていた。門の前の階段で記念写真を撮りたがるので、それを速やかに排除して施錠したいらしかった。
あれだけ店が連なって賑わっていた参道もまた、いそいそと閉店の準備をしていて、いきなり寂しさが漂っていた。何という変わり身の早さだろう。総ウェルカムなようで、ドライだ。
10年ぶりぐらいに清水寺に来たが、リヒターでトリップできて良かった。清水寺と参道は、学生と海外旅行者の聖地といった趣で、特に何もなかった。
( ´ - ` ) 完。