nekoSLASH

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【写真展】R4.8/27~11/6 太田順一「ものがたり ものの語りに目をそばだてる」@入江泰吉記念奈良市写真美術館

関西を拠点に息の長い活躍を続けてきた、写真家・太田順一の特集展である。本展示では5つのシリーズから構成され、それは人の生活の残響を肖像写真のように表し、そしてある種の無常観へと繋げていた。

【会期】R4.8/27~11/6

 

(会場写真は美術館から提供いただきました。)

 

 

◆作者の概要

1950年、奈良県生まれ。早稲田大学 政治経済学部中退。大阪写真専門学校(現、ビジュアルアーツ専門学校・大阪)卒業。1980年代から多数の写真集を発表してきた、息の長い写真家である。

最初期の活動に遡れば、1980年から東京を中心とした写真界に対抗しての写真同人誌『オン・ザ・シーン』の発刊に加わり、1987年『女たちの猪飼野、1988年『日記・藍』を発表、そして現在まで続いてゆく。

これまでの発刊物については、「ブレーンセンター」社のサイトと「ブクログ」に分かりやすくまとまっている。

www.wantedly.com

booklog.jp

 

また、私が在籍していた「大阪国際メディア図書館 写真表現大学」で講師を務められており、2年間ぐらいお世話になりまして、恩師でもあられます。急に敬語。

こちらは2019年、「第35回 写真の町東川賞 飛彈野数右衛門賞」を受賞された際の、大阪国際メディア図書館による祝賀会のようす。

www.hyperneko.com

 

 

◆展示の構成と世界観

今回の展示では2000年代以降、比較的最近の作品から5シリーズで章立てしている。展示順にテーマ名は以下の通り(カッコ内は掲載写真集)。

①菅原通 聖遺物(「無常の菅原商店街」2015.7)

②化外の花(同名、2003.11)

③父の日記(同名、2010.3)

④遺された家(「遺された家―家族の記憶」2016.12)

⑤ひがた記(同名、2018.10)

 

これら5つの章は別個の作品シリーズであるにも関わらず、通して見たときには一貫した世界観のものとして、同じ場としての広がりと奥行きを以って繋がって見えた。本展示で一番に実感したことである。

①②④はいずれも直接に人物を撮ったものではなく、人物は不在であるにも関わらず、「人」の生活の実感をポートレイトのように立像として浮かび上がらせている。意図的にではなく、空気が撓んで自然と人間じみた存在感、肖像が浮かび上がっている。

③は「人」の理性や我、人間味が消えてゆく過程が捉えられている。

 

それらは⑤に集約される。②や③で示されていた地点である、誰もいない、「人」が尽きたところへ。そこで繰り返される動植物の、この地上の営みへと接続され、開かれる。

 

各章をざっと見てみよう。

 

①「菅原通 聖遺物」

1995年2月に発生した阪神・淡路大震災で壊滅した、神戸市長田区の菅原通商店街あたりで、瓦礫の中から見出された品物を一つずつ撮った作品である。倒壊と焼失に満ちた滅びの光景であるから、本来は悲惨さや悲しみが伴うところだが、本作は予想に反し、焼けた品物が持ち主の手を離れたところで生命力を発揮している。

オブジェとしてではなく生活者としての存在感があるのだ。そこは伊勢湾台風で生活を荒らされた痕を撮った東松照明と全く異なる。

焼け焦げた瓦礫の一部となりつつも、持ち主の生死は分からないながら、破壊された生活空間や家財道具の中に、生活の気配は残響となってなおも生きているのである。誰かが暮らしを営んで染みつき宿った活力の気配は、「生・死」という物理的かつ医療・行政的な区分とは、また別の次元の時間軸で存在しているようだ。

 

②「化外の花」

大阪の湾岸エリアのコンクリートで塗り固められた工業地帯に咲いた草花を撮ったシリーズだ。作品は大きく二分でき、一つは生命を寄せ付けないコンクリートの中に活き場を見い出した植物自体を捉えたもの、もう一つは住宅地から離れたところに暮らす生活者(人間)とともにある植物を捉えたものだ。

前者に注目すると⑤「ひがた記」と同じ世界観、人の気配の尽きた・人の手の及ばないところで動植物が生滅流転を繰り返している様を目撃したシリーズということになる。コンクリートや石に占められた土地、雑草しかない広大な空き地に植物が花を咲かす、そして種をつけて繁茂し続けてゆく。どこか人智の及ばぬ仏教的な領域である。

そこに人の生活領域が関わってくるのが本シリーズの特徴だろう。近未来的なマンション、ホームレスの簡易ハウス、植木だらけの民家などは、画一化された生活区画で型に嵌まった暮らしを営むものとは一線を画する存在として映るし、植物はヒトの手により持ち込まれ、その足元や傍で増えてゆくのだと知れる。

 

「化外」とは「王・国家の統治の及ばないところ」という意味がある。まさに管理の届かないところでこれらの草花は繁茂するが、それだけではない。その草花を政治的管理・支配の届かないところへ持ち運んだ人間の存在がある。積極的に反抗するのではないが、画一的ならざる形で、染みだすように生きている人間。その気配も往来する。

 

③「父の日記」

同名の写真集が「第34回 伊奈信男賞」を受賞しており、よく知られた作品であろう。

そのままタイトルの通り、作者の実父が書き残した日記を撮影した作品シリーズである。妻に先立たれて独り暮らしを余儀なくされた68歳の時点から、約20年間にわたって毎日書き続けられた日記だ。亡くなる2年前頃から認知症を発症して施設に入ったものの、そこから意識と記憶が乱れ、症状が進行してゆく。

壮絶である。文章が乱れ、言葉が出なくなり、文字が乱れて書けなくなり、書いた上から、こうじゃない、こんなはずはないとぐしゃぐしゃと塗り潰し線を書き殴っている。認知症による記憶と理性の乱れに、当たり前のことすらままならぬ自身への憤りや悲しさや絶望が強烈に刻み付けられている。そうしてノートは空白だらけになってゆく。単なる複写などではない。生の証だ。

 

今まで本作のことは、『日記・藍』に続く私的な領域の表現、私写真の形を変えたものと考えてきたが、①「菅原通 聖遺物」②「化外の花」と続けて観たことで考えが変わった。

理路整然とした生活や理性の調律が乱れ、壊れ、滅してゆく過程が撮られている、だがそれだけではない。人智が失われた先に広がる、何もない領域。文字通り「空」白のページが訪れる。形あるものが「無常」へと還ってゆくところを撮ったものとして映った。

 

 

④「遺された家」

住人のいなくなった空き家だが、まだ「廃墟・廃屋」ではなく、管理する家族らがいる家の中を撮ったシリーズである。生活者がいた当時の様子、持ち物がほぼ遺されている。とはいえ生活中ではないからある程度片付けられていて、静的である。

ある個人の生活の雑多さ(生のエネルギー)と、片付けられて整った静的さ(秩序のエネルギー)と、そして徐々に風化し家屋もろとも土に還ってゆくような傾斜(死のエネルギー)とが同居していて、それらの絶妙な力の平衡状態にある。

 

十数人の家を取材・撮影したシリーズにも関わらず、あたかも1軒の大きな家をくまなく撮ったかのようにひと続きのトーンで写し出されているのは、作者が捉えようとしている主題が一貫していることと、どの「家」も同じような平衡状態にあったためでもあるだろう。部屋や調度品にそれぞれの個性はあるのだが、個別具体的な元・住人の気配が抜けて、匿名に近いような形で「生活感」の透明な肖像が浮かび上がっている。

 

ここに、本展示のタイトル「ものの語りに目をそばだてる」が効いてくるところだろう。本来は個々の写真から、生活者の生前のありようや人生、遺された人たちの想いなどをしみじみと読み取ってゆくのが正しかろう。しかし私は遺された「もの」から立ち上がる、思い出以前、亡霊未満の何かに目を見張った。残留する生活感である。

①「菅原通 聖遺物」と状況は違えど、ある個人の「生・死」の判定後にも「生活」は存在感を残す。暮らしが刻んだ歴史の長さと、持ち主から切り離されるまでに要した時間で残影の濃さが決まるのかも知れない。個々人の色や人為が薄れて透明に還ってゆく中、個体とも集合体ともつかない、「誰か」の生きていた痕跡としての「気配の肖像」が、これらの写真に現れている。

 

 

⑤「ひがた記」

岸和田市に設けられた、環境整備事業のための人工干潟が舞台である。浅い海と砂と泥の混ざった浜の表情、光景が続く。このシリーズだけは人の持ち物や暮らしは写っておらず、人間の生活感から遠い世界が繰り広げられている。

 

場所は恐らく、大阪府都市整備センターが管理する「ちきりアイランド」と思われる。潮間帯の広さは約1.6ha。「小学校の運動場ぐらい」と形容されるように、広いようで実に限られた敷地だ。関係者以外の立ち入りができず、生態系について継続的に調査が行われている。

www.toshiseibi.org

 

人間の代わりに写されているのは、干潟に棲む小動物の生活痕だ。名前も分からない小さな貝類や甲殻類、鳥などが砂泥に残した食事、営巣、移動といった痕がバリエーション豊かに写される。

本シリーズだけを観たなら、自然環境と都市、工業地帯との関わり方、自然との共生について考える契機として読んだだろう。大阪湾は一部の海水浴場を除けば、人工岸と埋め立て地ばかりで固められている。あるいは行政が自然と関わる取り組みの良例として挙げられよう。そのまま生物の多様性を語る内容でもある。踏み込んで読めば、東松照明プラスチックス」「インターフェイス」が表そうとした造形美との差異について考えさせられるかもしれない。

 

だが本展示ではそのような意味づけすら吹っ飛んでしまう。気が遠くなるほどの未来、人間がいなくなり、海岸を埋め尽くす企業や重機が止まって滅んでゆく時代には、これらの風と波と小動物の営みだけが、果てしなく繰り返されているのだろうと想像させられた。機械を超えて自律した、理性の埒外にある、狂おしい世界である。

 

諦念。これは仏教だと思った。人智や人為、生活が全て尽きた後に広がる、遠い時空に向けて開かれた世界を見ているのだ。

 

最後の写真の隣に作者の言葉が置かれていた。写真集の文章である。

 

太古の昔から繰り返されるこのリズムに身をゆだねていると、おだやかな諦念に満たされる。大丈夫、私が逝っても、いのちは連なっているのだと。

 

趣旨はその通りだったようだ。奇しくも会場で取っていたメモと最後のキャプションで「諦念」というキーワードが合致した。

ただの海岸ではそのような開眼はしなかったかもしれない。ごく限られた土地に多数の生命がひしめいているからこそ、ミクロなダイナミックさを目の当たりにし、対比的に強く実感を得たのかも知れない。

 

ただ作者は、このキャプションに強く込められているように、自身の行く(逝く)先にその光景を重ねている。実際に干潟に2年間通って、物理的に向き合いながら撮影してきた上に、年齢も1950年生まれで既に70歳を過ぎている。私が他人事めいた、悠久の風に吹かれた気分に浴している(私はどうせ死なないもんね的な傲慢さ)のとは立ち位置、事情がまるで異なる点は留意すべきだろう。後年、作品に面した際には、全く違うことを述べる可能性が高い。

まさに本作は、大きな無常観であるとともに、個々人の死生観そのものを表すのかもしれない。

 

 

◆あとがき

面白かったですね。なにがやねんというと、各シリーズを個別の写真集で見ていたときと全く広がりの異なる体験をしたことです。

 

今まで個々の作品をバラバラに読んで意味づけをしていました。例えば「化外の花」は「生活感のないコンクリート要塞にも自然が~」、「ひがた記」も「コンクリート要塞と化した死せる大阪湾にも自然が~」、「父の日記」は前述のとおり私写真の別形態で・・・といった具合に。

 

ところがここに「諦念」という、人間の営為が終わった後に来る世界へと全てが繋がる感覚を得ました。仏道修行をしたわけでもないのにこの体感はすごいです。そういうテーマ性、世界観がどの作品にも共通して内在していた、ということに尽きるかと思います。それでもこんなこと起きますかね。。私、神社で手を合わせたことしかないですけど。。すご(語彙、 山を登ってたからでしょうか。

 

私は自分自身の生と死、人生を度外視することによって、そこに個人の輪郭が消えかかった人間たちの生活感を肖像として見、それらすら消えた先の時間に現れる世界を見たわけだが、前述のとおり、本展示は鑑賞者の置かれた人生のステージによって意味が大きく変わるだろう。老いや死、別離といった避け難い事象とどれだけ距離があるかによって意味が変化する。

 


www.youtube.com

美術館で催された、作者と百々俊二のトーク動画が公開されている。写真をやり始めた頃のことから振り返っての話もあり、参考になります。

 

作者は写真家としてのキャリアが長くて作品も多く、いつかまとまった形で観たいと思っていたが、早々にその機会に恵まれたのでありがたかった。ただ、本展示は比較的最近のシリーズの特集であり、全体像が示される回顧展はまだこの先を待たねばならない。この先も楽しみでございます。

 

( ´ - ` ) 完。