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ねこが超です。主に関西の写真・アート展示のレポート・私見を綴ります。

【写真展】R4.10/11~16_加藤ゆか「四畳半に花一輪」@enoco(江之子島文化芸術創造センター) 

東京とYouTubeをベースに活動している写真家・加藤ゆか自身のチャンネル「東京カメラ」の更新頻度が目覚ましく、YouTuber写真家と呼ぶにふさわしい。だが本質はガチな写真家であり、展示はなんと今年5回目を数える。

作品は、コロナ禍中に夫婦2人で敢行した「日本一周の旅」の写真である。ただの物見遊山の旅ではなかった。ゆっくりと、二人で足元を確かめながら、再生へと歩むような旅である。

 

【会期】R4.10/11~16

 

展示内容は9月の東京:アイデムフォトギャラリー・シリウスでの展示と同じ、「日本一周の旅」である。旅は、2020年7月から2021年12月まで1年半をかけて行われた。今では考えられないぐらい自粛や世間の目が厳しかった、コロナ禍の真っ只中である。そのため新潟県だけは、東京からのお客様はちょっと、と宿に断られ、一周の行程に組み込めなかったらしい。

 

わざわざそんな時期に他府県へ旅をしたのにはそれなりの理由があった。新型コロナ禍によって仕事内容が一変してしまい、仕事を継続するのか、すっぱり辞めてしまうかを夫婦で悩みに悩んだ。そこで作者が夫に提案したのが、「仕事辞めよう」と言う代わりに「日本一周旅行に行こう」だったという。

 

その約一ヵ月後、青森県から旅はスタートする。

 

作品は額装なしの直貼りで、プリントの余白を大きくとって、一枚一枚に言葉を入れており、写真と言葉が一対一のセットになっているのが本作の特徴である。

言葉は詩というより随筆で、情景をそのまま映したものもあれば、心中から深く込み上げてきたような一文が多い。

特に、これまでの人生とこれからの人生についての想いが何度も綴られていて、「自分にとっては写真は大切」といった写真との関係性と、「この二人でいたからこれまでやってこれた」「この先も二人で生きていきたい」という夫婦関係の想いが繰り返されている。

 

作者は写真と夫婦、二つの軸において、旅という濃密かつ解放的な時間の中で、何らかの「再生」への歩みをゆっくりと進めているように見受けられた。

 

作者は写真家としての王道とも言えそうな進路を歩んできた。日本写真芸術専門学校を卒業後、博報堂フォトクリエイティブに勤務、その後は写真家・中村正也に師事する。しかし2001年6月に中村氏が逝去して以降、深い心境の変化に見舞われ、写真から遠退いてしまう。再開には約10年を要したという。

プロフィールでは、2013年の「第2回キヤノン・フォトグラファーズセッション キヤノン賞受賞」(平間至推薦)と受賞作品展から展示経歴が始まっている。以降、キヤノンギャラリーを中心にコンスタントに展示を行っている。

 

一度途絶えた写真(家)の命を取り戻す、再生の道を歩んできたのが、この10年間の作家活動だったと言えるかも知れない。テキストからは、「写真」から自分を肯定されるために、撮影行為を積み重ねて自ら写真を肯定する、その長い道のりを歩いているように感じられた。

 

もう一方の夫婦の絆については、新型コロナ禍という先の見えない異常事態の中で職を辞するという思い切った決断をしたことと密接だろう。

日本一周を楽しむ、作者(妻)が中心となって二人三脚で作品制作をする、そう決めたとて、公務員に再就職したわけでもなく、ましてや定年退職で悠々自適の旅に出ているわけでもないのだから、毎日ずっと平穏で安定した気持ちでいられるわけでもないだろう。日々、自分たちの足元と、その先にあるものを確かめながらの旅であったことが、写真のテキストから重々伝わってきた。

 

モノクロームで陰影をはっきりと出し、影・闇を深めに掘ったタッチのため、迷いや不安とともにありながらも人生をやっていこうとする、内面がよく表れていた。これは、日頃SNSで発信されているYouTubeサムネイル画像が象徴する、明るいカラーの軽快なキャラクターを良い意味で裏切っていた。

 

 

惜しむらくはやはり、写真と文章をどう見せるべきかの展示形態だった。

どうしても文字は写真よりも強くなる傾向にあるが、本展示でも文字情報が多くの注意を奪ってしまった。あえて意識しないと写真の中を見ることができない。

 

写真の中身を見て実感したが、1枚1枚の構図や物語性はしっかり作り込まれている。これらは額装して、写真として勝負しても十分に説得力がある。作者のキャリアを見て納得した次第だが、培った技術は裏切らないものである。

 

だが本作から言葉を切り落とすわけにはいくまい。作者の真摯な随筆あって初めて伝わることは多く、写真だけを見てこれまで書いてきたような心情や状況について実感できたかは自信がない。本作は写・語 随想録であって、言葉は不可欠である。だがもし手持ちの紙などで別に書かれていても言葉の重みは薄れる。

写真と言葉を壁面で離して提示する、サイズの大小をもっとつけて、写真の方に優位性をもっと持たせるといった工夫によって、格段にメッセージ力が増す予感がある。しかし夫婦二人だけで作業するには搬入・設営の手間や、会場の展示ルールの兼ね合いもあり、掛けられる手間は限られているから、悩ましい話だ。

 

ちなみにenoco、壁に穴を開ける画鋲や釘打ちは不可、上から額を吊るすか「ひっつき虫」で貼り付けるしかないとのこと。えぇ・・・。。令和4年度に経営者(指定管理者)が吉本興業に代わった影響だろうか? 設営も大変である。

 

 

 

本展示タイトル「四畳半に花一輪」とは、展示を観る前は随分と昭和の香りのする印象だったので、何故だか分からなかった。しかし展示内容と末尾のキャプションを目にして納得した。

旅の道中、とある宿の女将が自分の経験をもとに話してくれた言葉:「家や高価なものが無くても、四畳半に花一輪飾って、『きれいだね』って話ができる相手がいることが一番の幸せよ」から引用されている。作者は大いに感動し、抱えていた不安は消えたという。

 

作者はまだ壮年期だと思われるが、本作が全体として死生観に近く、「この先どうなるか分からないけれど、今を前向きにやっていきたい」という念に強く溢れているのは、作者の感受性によるものだけでなく、いかに現役世代がシリアスかつセンシティブに社会状況や人生設計に向き合わざるを得ないか、を物語っているようにも感じられた。

 

 

作者のYouTubeチャンネル「SunnydayCats」はこちら。

www.youtube.com

 

 

おつかれさまでした。

 

( ´ - ` ) 完。