写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生・TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【写真展】小谷泰子「青い闇」(12/6(金)トークショー)@The Third Gallery Aya

【写真展】小谷泰子「青い闇」@The Third Gallery Aya

90年代に活躍した青と闇の世界を描く写真作家。デジカメを手に、写真集を携えて、ここに復活。

【会期】2019.12/3(火)~12/25(水)

 

1990年代前半から作家活動を開始した作者は、数々の個展、グループ展に参加し、精力的にキャリアを積んでいた。1995年の阪神・淡路大震災で作者は心に大きな影を負うが、それ以降、活動の密度は一層増している。しかし2000年台からは活動が止まり、長いブランク期を迎える。

今年2019年は、約20年ぶりの作家活動の再開となった。6月30日、西宮市大谷記念美術館で、山沢栄子「私の現代」展に合わせて開催されたセルフポートレイトのワークショップ時に、1日限定ではあったが本作『青い闇』が展開された。そしてこのたび、同名の写真集(赤々舎)の発売とともに、個展の開催と相成った。

 

なお先日のワークショップは私も体験してみた。キャッキャしました。 

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写真集については、装丁に少し不具合が見られ、表紙のやり直し作業に入っているため、会場では見本の閲覧と予約の受付のみが行われた。

 

1.トーク(作家経歴)

12/6(金)は、作者と赤々舎代表・姫野希美とのトークショーが行われ、これまでの作家キャリアの振り返りと、本作『青い闇』の制作話となった。

これまでの展示の振り返りでは、写真と動画とで展示会場の記録が示され、理解が進んだ。特に動画は、空間の雰囲気がよく出ていた。キリンプラザ大阪。わああ。なんでつぶしたんや(高松伸 建築。2007年取り壊し)。わああ。

 

作者は元々、絵画や彫刻の方に関心があり、高校時代にも芸術部で油絵、静物画を描いていたという。カメラの知識もないんです、写真家についても全然知らなかった、と語る作者にとって、写真という手段・写真機は「絵筆のようなもの」で、自己の持つヴィジョンを具現化するためのツールの一つであった。

そのため、写真に関しては独学である。絵日記を書く感覚が、そのまま写真に移行し、そして作品制作に繋がっていると語る。

だが、本作の構想を思い付いた20代前半の時点から、作品のフォーマットは一貫している。裸の自分をセルフ撮りの多重露光で重ね、スクラッチや皺、襞を加え、青を基調として仕上げるというものだ。暗い青と闇の中に、白い体が浮かぶ、あるいは封じられている。その世界がこれまで作り続けられてきた。

多くの写真家が経験するような写真活動――主要テーマが数年おきに移行したり、作家活動以外の撮影仕事を請け負ったり、別テーマの素材を撮り集めたり、もっと意味のないスナップ等を雑多に撮り溜めたり、溜まればそれらも発表する、そうしたスタイルを小谷はとらない。写真家というよりも、写真を扱う芸術家と呼ぶべきなのだろうか。

 

小谷作品では、何人もの「自分」が亡霊のように折り重なる作風が特徴的だが、この重なりは撮影するその場での多重露光によって為される。あくまでその瞬間の心身を撮ること、気持ちを写し取ることが必要なためだ。過去の作品は4×5のフィルムで、近年はデジタルで撮られているが、事後の合成作業はセルフと背景の画像とを1枚に合わせる時にのみ用いられる。

作者がカメラの前に立ち、シャッターを切る動機となるのが、タイトルの「闇」だ。気持ちの落ち込み、疲弊、死への傾斜などが、作者を制作に向かわせる。ただ、トークでも作品自体にも、私的なメンタルの吐露や、日々の生活で悪感情の表出などといった要素は見られなかった。もっと別の次元での「闇」が扱われている。ピカソの「青青の時代」が好きだった、という話は、作品に込められた青や闇が、ある普遍的な世界観へと繋がることを示唆しているようだ。

 

2.トーク(写真集「青い闇」)

実際の写真を生で姫野代表に見てもらったところ、早々に写真集を出す話がついたという。高さ2mに及ぶ作品はそれだけの迫力とクオリティ、そして世界観を有している。写真集にする際に悩ましかったのは、作品がかなり細長いことで、そのまま全体を載せると縮小されて細部が見えなくなる、かといって本を縦に伸ばすのもどうなのかという点だった。そこで、日本画の画集を参考にし、作品全体を掲載するページと、作品の一部を切り出して拡大するページを設けるというアイデアを取り込むこととなった。

結果として、作品の一部を拡大するという試みは、作家に新しい発見と制作動機をもたらした。周囲から切り離された「部分」は、解像度が高まることでこれまでとは異なる造形を見せた。撮影済みの作品であるにも関わらず、「また新しい作品を作っているような感覚だった」という。

写真の両脇を支える下地は、濃い鈍色(にびいろ)である。深い闇に潜り込むような世界観に応えるには、白の背景では合わず、かといって黒にすると強すぎたという。青も鈍色も、どちらも印刷で出すのが難しい色だった。印刷会社でのチェックの様子などが語られた。

 

写真集には、直近に制作された『青い闇』を主とし、過去の『青の断片』『Pendulation in blue』からも採用された。

 

 

3.『青い闇』作品について

ここからはトーク内容やステートメントを踏まえた私見です。

 

本作は、「この体は誰のものなのか」という問いを私に強く残した。「この」体とは、作家・小谷泰子を指すと同時に、私自身の、今ここにある体のことだ。

 

話を聞くにつれ、作者は作品を構成する諸要素に対して、徹底して客観的であることが分かる。作者の特筆すべき点はプロデュース力である。プロデューサーの立場に立って、各種の手順、要素を取り仕切り、自身の裸体に対してもそれらと同等に一定の距離感を以て制作を進めていく。作者はカメラの前で全身を使って被写体となる。が、ありのままの自画像を差し出すのではなく、作品の構成要素の一部として体を投じている。企画立案をするのは作者。体で演じるのは作者。カメラを操作するのは作者。テクスチャーを加え青を深めるのも作者。つらみを感じる心としての作者。それでも生きようとする体としての作者。多数の「作者」が存在する。

 

そうして作られた『青い闇』では、裸体は青い闇の底にゆらめき、漂う人間たちとなる。ここでの人間の像は人称を持たない。輪郭の比較的はっきりとした人体、その数は複数形であるが、元は同じ人間であり、同じ体である。それに部分的には亡霊のように重なり合っていて、別個の存在とも単一の存在とも断じ難い。なおかつ、匿名の誰かなのかもしれないが、本来的に全ては作者自身、一人称である。しかし顔の作りや身体的特徴は揺らめきの中に消えていて、それが誰かという判定は行うことができない。

あとは鑑賞者のご想像に、ということになり、我々はそこに死の世界を見い出すなり、神話を見るなり、日本画との相違点を観察するなり...と委ねられるわけだが、私には作品内で置き去りになった「体」たちが、跳ね返ってこちらの、私自身の「体」を問うてくるような感触を覚えた。

  

トークにおいて、個人的な感情の沈み、落ち込み、疲弊が制作動機であり、世界観の基調となっていることを、改めてはっきりと聞いたからかもしれない。だが作者は、「体」を自己の元へと引き戻すためにではなく、逆に、肉体を客観的に、自分ではない、大いなる何ものかへと、明け渡そうとしているように見える。

自己セラピー、フォトセラピーの観点からこの行為を語ることも可能なのかも知れない。だが、そんな簡単な構図に押し込めると「闇」の指し示すものや、作品に込められた「体」の意味は帳消しになってしまう。治癒されることが目的であれば、作品自体が無意味と化す(むしろ無意味とならなければ治療は失敗している)。すると、制作のためには作家は永久に自己を危機に追いやらねばならないという矛盾の循環に陥る。このようなデモーニッシュな状況で小谷作品は生み出されているのだろうか? だとすればステートメントの趣旨に反する。

 

なのでセラピーではなく、逆の可能性を考えたい。

プロデューサーとしての作者は、心身のアンマッチから生じたずれ、隙間、その辛さを確実に客観的に見ている。そして何らかの合理的な判断のもと、そのずれを埋め合わせて自己を復元することが叶わなくなった時――そのような努力が困難であると、個人の努力が及ばないほどの疲弊や喪失感を認めたり、自己を存続させることに根拠を見出せないといった不可避の状況を認めた時に、真逆の決断を下しているのではないか。それが、徹底的に体を、心を、「私」ではなく、現実の界隈でもない、もっと根源的なところへと引き渡すための行為――写真によって体を、「私」から徹底的に引き剥がし、「闇」へと渡す作業だ。

 

作者のいう「闇」という言葉は、心の疲弊、気分の落ち込みという状態のネガティヴさ自体を指すものではなく、「体」を差し出す先の、こことはまた別の世界のことを指すのではないかと考える。その時、作者の「体」は作者個人のものではなく、ヒトの概念の集合体とも、個性を喪失した亡霊のようなものともつかぬ、喪の状態になる。この時のうつろな「体」は誰のものでもない。生きた人間としてあり続けながら、体を返却するかのような行為だ。作品の中に生きているのは、小谷泰子という個人の手から、「闇」という大きな、向こう側の世界に返却された後の、人間たちの共通した姿なのかもしれない。

 

なぜ作者は「闇」に「体」を返すのか。その理由は推測、想像の域を出ない。そのままこちら側の世界に、不合理を生じたまま心身を留めておくよりも、確かで本質的な、最も根源的な解答を、作者は知っているからなのかもしれない。この世が、かりそめであるということ、私達が来た場所、そして還る場所は、此処ではないということなのか。

 

今・ここ、生の世界の側こそが、大いなる仮設の場所だったのではないか。作品を見ているとそんな予感が起きてきた。私自身の、この「体」は、誰のものなのか。これは私の言うことなど全く聞いてくれない。「私」はここにいるのに、この体は時にとても遠い。「心」も、そうだ。判断を下し行動を促す「私」と、大いに離反する。寝食を常に共にしながら、ままならず、バラバラになりながら、それでもここに生きている。この心と体は、本当に私のものなのか。

 

問いに答えはない。執着の強い私には、答えは出せない。個々人でそれぞれに作るしかないのかもしれない。だがいつか、長く、儚い時間をかけて、その闇にこの体を返しにいくときが来るのだろうか。そのようなことを思った。

 

 

( ´ - ` ) 完(未完)。