nekoSLASH

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【ART】R3.3/20_「OPEN STUDIO 結から始まる起承転」@SSK(Super Studio Kitakagaya)

 現代美術の作家さんが13人入居して制作している空間「Super Studio Kitakagaya(SSK)」のオープンスタジオ企画。創作の現場は、ギャラリーで完成された作品を観るのとは全く違った体験になりました。

  

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【会期】2021.3/5~3/21

 

 

 

 

◆概要など 

大阪・北加賀屋住之江公園の少し北、木津川河口)にはアートスポットが点在している。「名村造船所跡地」が最も有名だろう。「千島土地株式会社」が「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ」構想として、クリエイターのための展示・イベント場や作業スタジオを提供している。

 

昔は名村造船所跡地ぐらいしかなかったし、名村もライブが主だったので、アート目当てで北加賀谷に来たのは5~6年ぶりですかね。街は住宅街と倉庫・港の中間ぐらいの雰囲気で、どこか空虚さが漂っていて好きです。

 

本企画は作家の笹原晃平がディレクションを行い、入居作家のスタジオ見学ができる「STIDIO VISIT」、共有スペースでの週替わりの企画展「OPEN PRACTICE」、入居作家のトークをオンライン配信するTALK、キュレーターや評論家を呼んで入居作家らのプレゼンを行う「WALK」という4つの形態が企画された。

 

週替わりの展示は金~日曜日の3日間ずつで、『起の巻:淵源のテクノロジー』、『承の巻:想察のメソドロジー』、『転の巻:智覚のナラトロジーの3回が催された。私が行ったのは最後の『転の巻:智覚のナラトロジー』です。

 

近隣の別会場でも同時期に別の展示(『沈黙のカテゴリー』、『Open Storage 2020-2021 -拡張する収蔵庫-』)が開催中で、区別が難しい(泣)。Google Mapで調べてもほぼ同じ場所を示すので、現地に着いてやっと区別がつきました。

 

◆SSK会場

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はい「Super Studio Kitakagaya」(SSK)。でかい。

 SSKはクリエイターが入居して制作活動を行うスタジオ。かつて「名村造船所」の倉庫だったスペースを再利用している。こんなんあったんや。初めて来ました。

 

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会場内はこのような区分。作家名の書かれた区画が入居スペースになっていて、滞在しながら作品制作をしていて、鑑賞ができる。ラボ&ギャラリーやWorkshopスペースが週替わりの企画展示の場所です。

 

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会場はこんな感じ。鯉が立派ですね。これは広い方のオープンスペース。見えてないけど反対側(撮影者側)は部屋型の制作スぺースが並んでいる。作家は彫刻家・葭村太一氏。巨大な作品や素材に作家が囲まれている。ガテン系なシェアオフィスという感じでしょうか。

人に見せながら滞在・制作するのって、独りで家に籠ってYouTube漬けになるより遥かに良さげだなあ。絶対これはさぼれないからいいよなあ。私もblogそうやって書くべきなのか?? ( ´ q`) ヴェー。

 

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全てが展示物のように見えて(まあ見せてるのである意味展示なんですけども)、あくまで作家が借りてる制作スペースなのであって、どこまで入っていいか分からないというか、わかりません。そんなわけで、通路から何となく見るだけにしています。

 

 

◆稲垣智子『Project 'Doors'』

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会場入ってすぐの空きスペースに映像が投影されていて、黒いワンピースの女性が後ろ姿を見せながら画面奥へと歩いていく。そして扉を開けて、扉の外に出ると、次のシーンに切り替わる。

このシリーズは昨年11月に「The Third Gallery Aya」で観た作品だが、本会場・SSKの扉を開けて入っていく映像が追加されていた。制作滞在先を舞台として徐々に追加され増えていく映像である。同じ後ろ姿で扉を抜けてゆくのでギャップを感じないが、映像と映像の間は年単位の時間差があり、場所もまちまちだ。

扉の先は闇、そこへ向かって一直線に飛び込んでゆく姿は、創作という果ての無い行為に挑んでいる姿に見えて、勇気づけられます。

 

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◆稲垣智子 @レジデンス部屋

つづいて同作者の入居部屋を見てみよう。

 

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あれ? ドローイング? 別の作家さん?

 

ではない。

映像作品を専門的に作ってはるかと思いきや、ドローイング。

お話を聴きました。

作者曰く「ドローイングは初めてだったが、やってみたくなったので」と。現在の、弱い立場の人たちが顧みられることのない状況に対する疑義として、弱さを伴った作品を試みたという。

 

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弱さとは何か。絵が全体的にぼやけて掠れて見えるのは、描いた後に紙を削ったりしているためだ。作者のコントロールできないところで「弱さ」を宿すように作られている。

現代アートは「強い」。リベラルに、マイノリティに寄り添い、多様性を認めることを重んじながらも、前提としてあるのは市場において勝つための「強さ」だ。

花の絵は荒木経惟の花の写真から着想を得たという。エロスやら死やら色々あり、芸術としての「力」を持っている。表現として求められる「強さ」と、私達の存在の「弱さ」について、作者はドローイングを通じて考えを深めているとのことだった。

 

女性の後ろ姿の絵は、どこかへ向かって駆けていく姿だけれども、真っ白な中を駆けているので、前に進んでいるのかどうか分からない。それは今の新型コロナ禍で閉ざされた閉塞感も反映しているのだろう。

 

( ´ - ` ) 現代の世相や状況について、もんく言ったりTwitterでとがった指摘をするのではなく、作品制作という形で考えを深める、この姿勢は見習いたいなあと思いました。ついTwitterでワーって呟いてそれでなんかやりきった感じになってしまうねんな。ぐふう。

 

 

◆『転の巻:知覚のナラトロジー』@ラボ&ギャラリー

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入ってすぐのギャラリー部屋で複数作家の作品が展開されている。作家名やタイトルがなく(見た限りは無かったと思う)、作品だけが宙に浮いたように並んでいて、これが展示の完成系なのか、設営の途中の場なのか分からない、原酒の試飲をしてる感じ。

 

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木彫りのニャロメやケムンパスがいる。立体になるとかなり不気味だ。皆さん知ってますかね? 私も赤塚不二夫アニメは小学生の頃に再放送(再々放送?)で見たぐらいで、ぎりぎり直撃世代に当たるかどうか。

 

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なにこれ。これも赤塚不二夫キャラ?

 

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巨大なわとびの紐だけが伸びていて、これが窓を通じて会場の外を回り込んでいる。なにこれ。

 

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こちらはメジャーが左右向き合わせになっていて、それぞれ目盛りテープを伸ばし、真ん中でくっついている。なにこれ。

 

縄跳び(紐?)の作品と呼応する形になっていて、共鳴とか連鎖とか繋がり合いといった意味を感じた。何より、デュシャン的というか、美術品じゃなくありふれた既製の日用品を少し見せ方を変えて(本来機能を停止させたりして)提示することで「作品」としているのが面白い。

 

 

◆前田耕平

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作家紹介には『人や自然、物事との関係や距離に興味を向け、自身の体験を手がかりに、映像やパフォーマンスなど様々なアプローチによる探求の旅を続けている』とあり、分かったようで謎です。

 

調べてみると「六甲ミーツアート2020」など多数のイベントに参加、作品はその都度異なっていて、タイのメコンオオナマズの住むダムでのリサーチ結果を映像などで伝えたり、六甲山から運び込んだ10トンの土を円錐形に積み上げたりと、活動・作品を一言でまとめるのが難しく、「様々なアプローチによる探求の旅」という漠然とした表現が一番合ってるなあと思ったりしました。

 

本展示では、2021年2/28~3/3の4日間で、手作りのいかだで京都から大阪・名村造船所跡地まで木津川を下ったことについて、映像、いかだと装備の現物、行程の手書きイラストを展示している。

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出港前に電話で入念に確認を取っている様子が面白い。「もしなんかあったら水上警察になるんすか?」 地理的な移動距離で言うなら、車や電車で考えると日常的なものだが、陸地から水上へと「越境」するだけで、適用される法律が変わり、行政の管轄も変わることが面白い。それも船舶免許など不要な、子供の遊び心のような手法であっても「制度」が付きまとうところが。

一方で挑戦者は己の身体と装備品で、物理的に「川」というものと格闘しなければならない。陸路と比べてそれはなんと身体的なものであることか。

 

 

◆下寺孝典 

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離れの倉庫のような部屋を展示室にしている。

オブジェと映像で小部屋が埋められている。オブジェは屋台の台車、映像は東南アジアの屋台ストリート。

「屋台研究家・デザイナー」である作者は、東南アジアの路上を旅する中で撮り溜めてきた写真・約3千枚を利用。写真から人や店先、商品、屋台などを切り抜き、それらを机上に立てて、レールにカメラを走らせてアップで撮影、まるで屋台街を歩いているようなハンドメイドのバーチャル映像を作り出していた。暗い部屋の中では細部が分からず、説明を聞くまでは写真を切って立てたものとは気付かなかった。

 

制作手法も、1枚1枚の写真を重要視する写真家側では思いつかないもので、これはやられたなあと思いましたわ。

 

◆下寺孝典 @レジデンス部屋

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スタジオの方では、模型や蔵書が展示。さすがデザイナー、仕事が細かい。仕事としても屋台を作っているとのことで、「屋台」というものが、現地リサーチ資料→表現としての映像作品→実生活に供されるインフラ、という三様態ぐらい移ろうのが面白い。「屋台」自体のヌルッとした可変性というか、個人の所有する簡易移動器具でありつつ、都市のインフラであることとを柔軟に行き来しているのが分かる。 

 

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写真がリサーチ資料に留まらず、コラージュ的に散りばめられて展示されている。なるほどなあ~。そういうのもありか。建築のことは分からないので写真ばっか見てます。写真自体を主役とするのではなく、研究・言及したい対象の具体像を浮かび上がらせるためにデータとして用いられるとき、効果をよく発揮するということか。

 

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バンコクの屋台のことなど。

 

◆スースーキッチン

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キッチン自体は閉じられている。手前のスペースは歓談の場。この屋台的な台車はさっきの作者さんの作品では…。

もっと暖かくなったらいい交流スポットになりそうですね。コロナめ~。はやくほろびろや~~。(※執筆の4/9時点、絶賛拡大中です)

 

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ごみの種類が偏ってて好きです。 

  

 

林勇気 @レジデンス部屋

 

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床に並ぶモニタ。暗い背景に光の柱が降ってくる。ダークな雰囲気がいいですね。ここで制作作業してはるのかな。もう出来上がってるように見えたりして制作途中かどうか区別もつかない。

これまで見てきた林作品の制作手法からすると、大量のデジカメ写真データを材料にして束にしたり流したりプログラムに落とし込むので、荷物が少なめなのもPC作業が多いためだろうと思った。でも机とかないけどどうやって作業してるんでしょう。

 

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光の帯のかたまり。きれいですね。情報の流星だ。

これは恐らく、元となる粒のひとつひとつが写真の画像データで、それが上から下に向かって流れ落ちてきている。と思う。展示の本番では、大画面での表示とか壁面への照射がなされて、この映像の本当の力が判明するのではないか。何なら一粒一粒の画像データの中身も見えるかも知れない。

林作品の面白さはそうした、デジタル映像としての挙動を強く持ちながら、その中身はあくまで一枚絵としての「写真」から構成されていることだ。

 

 

という感じで鑑賞しました。

全員のスタジオはゆっくり見ていないので、この程度で切り上げです。

楽しかったですね。アート集落、永遠の部室みたいな場所に憧れます。大学時代、「おい、だれか富豪になって、部室を作って、おれたちを食わせてくれ」とよく言っていましたね。それとは真剣度の次元が違うけど、大きなベクトルとしては同じような気が。うそです。

 

 

( ´ - ` ) 完。