nekoSLASH

ねこが超です。主に関西の写真・アート展示のレポート・私見を綴ります。

【写真展】R4.7/23~31_高木佑輔「SPIN L'ARTIERE EDITION(普及版)出版記念展」@RPS京都分室パプロル

KYOTOGRAPHIE「KG+SELECT 2021」でも登場した作品《SPIN》、その「普及版」写真集の出版記念展示が「RPS京都分室パプロル」(「Reminders Photography Stronghold」拠点は東京・曳舟)にて開催された。

京町家を改修した黒く背の高い展示空間では、写真集を編む工程を1階・2階に分けて展開しており、拡張され乱反射するイメージ群が手元へ凝集し、一冊の本となってゆくような体験をした。

【会期】R4.7/23~31

 

 

本作と展示は、キュレーター後藤由美率いる「Reminders Photography Stronghold」の活動によって企画・構成された。

 

アルコール依存症の父の姿、共に過ごした暮らしの凄惨さの記憶や、当時抱えていた様々な感情といったものに向き合うとともに、作者自身がアルコール依存の形質を遺伝的に受け継いでいないか、更には自分の息子にも受け渡していないか、という深い不安の連鎖の環を扱っている。

reminders-project.org

 

黒・闇の暗いカットと、何が写っているのか分からない抽象的な、心象的なカットが多いため、初見となる「KG+SELECT 2021」では深い絶望や混乱や意識の乱れの再現を感じた。しかし上記ページのステートメント『残念ながら父の回復は極めて難しい。でも私と息子は連鎖という呪縛から解き放たれるべく、ともに歩んでいきたい。』と締め括っているとおり、本作は未来に向けて、負のスピンを抜けてゆこうとする作品となっている。

 

「KG+SELECT 2021」展示内容はこちら。

この時点では初見で、他の作家の展示と比較してもイメージ群のダークさが際立っていてた。展示室を埋める闇と影に満ちたイメージ群は、致命的なエラーを宿した脳内とそれによって焦点と光量を失った視界そのものだった。

実際には作者自身はアルコール依存症ではないが、「作者自身もアルコール依存症を継承してしまっていて、その渦中で苦しんでいる」と受け取っていた。それが幼い子供に遺伝しているのではとの不安の苦しみがある、と。そのぐらいの読解の要請というか、迫力があった。

 

 

◆1F_刷り出しの写真の壁

本展示は「KG+SELECT」のように、作品を制作意図通りにプリントやスライドショーで展開するものではない。作品展示の次の段階の試みとして、刷り出したイメージ群の束を「写真集」の形へと編んでゆく工程を空間内で強力に拡張させている。

 

そのため、本作を初見の人には作品の意図がどこまで伝わるか不明だが、後に完成された写真集をじっくり読むことで、空間に乱反射していたイメージが束になって伝わってくるだろう。

 

1Fの壁面を黒く赤く染め上げているのは「刷り出し」の紙だ。

イメージの中を彷徨う。同じカットが何度も現れ、順序もない。何の図像かを探りながら歩く。脳と心の影の奥へ入っていく。

 

印刷機を回し始めた際、機械を温めるために行うのが「刷り出し」で、色味を見るための試し刷りですらなく、紙の節約のためか一度刷られた上からまた写真が刷られている。本来はその場で廃棄されるが、作者はここに意図せぬ・自身の手を完全に離れたところでイメージの組み合わせが生成されることに着目し、捨てずに展示することにしたという。

重ね合わせが本来のカットと異なるイメージを生じさせ、更に元は同じだった(が重複によって別イメージと化した)カット群が至近距離に散乱していてまた異なるイメージの乱反射をもたらし、元イメージの派生とも複製の複製とも言い難いものとなっている。

 

私は作者の記憶と脳と心の内を巡っているのか。追体験しているのか。

いやそれはステートメントの文脈から当てはめた逆算的な心象ではないのか。

 

浅い夢が流れてゆくのを一部だけ醒めた脳が少し離れたところから見ているような距離感で像を追う。情報と文脈の輪郭が途切れ、増幅や欠落から色と形が抽象化したことで、何でも転化させられる隠喩の媒体としてこの壁面は機能している気がする。写真という捉えどころのないものが重ねられてより捉えどころなく揺れ動く。形のないところに像を見るのだから、そこには何でも投影できる。アルコールや薬物と逆方向からの/逆方向に向かう陶酔や酩酊とも言えるかも知れない。

 

しかし鑑賞者を幻影や夢幻に浸らせず、あるべき「家族」の物語へ立ち返らせるのが、作者の父親と作者自身の顔写真だ。このは鑑賞者に委ねられつつ、根の部分はとことん二人+一人の物語であり、作者の肖像写真なのだった。

見ようによってはぞわっとする、怖いイメージ、心や意識のヒビ割れを連想させるイメージかもしれない。だが全体的には何が写っているか分からない像同士の掛け合わせだったり、具体的な像が一部ないしは大部分が別の像に隠されたり混ざり合うことで、抽象化され、闇の中にある光と色が際立っている。写真集や「KG+SELECT」でのシリアスな暗さと比較すると、むしろ彩りがあり明く感じられた。

 

イメージの重複・混成が生み出すオリジナル像からの欠落や隠蔽は、作者自身にとっても予期せぬ比喩からの問い掛けとなっていたようで、自身のFacebookで何を連想したか、何を想起したかを書き留めていた。幼少期の記憶、心の闇、怒りが主だった。アルコール依存症をはじめとする各種の依存症の悲劇的な面を見た思いがする。依存に苦しむ本人はさておき、何ら無関係のはずの周囲の人間が直接的な被害を被る点が、一般的な疾患と大きく異なる。よく「周りの者は放置して”底つき”を待ちなさい」と言われるが、平然と突き放せるわけがなく、ましてや自分を守ってくれるべき「親」が、理解不能で危険な存在に変貌したり同じ家族を傷つける姿は、一生残る傷しかもたらさない。

 

「刷り出し」のイメージ重複作品群は、元の写真自体が像の指示対象―起源を持たず、探し求めて揺らいでいるがゆえに、重ね合わせたり羅列して不確かな状態に置いても齟齬がないのだと思った。作者が写真によって可視化しよう、辿ろうとしたのは、アルコール依存症によって破壊されていない・される前の「父親」の存在や内面、そして「家族」の姿や関係性であったと仮定すると、それは永遠に実体へ辿り着かない・起源を持てない写真ということになる。

ならばその写真を元に言葉を編んでも、言葉は暗い穴の形をした過去の縁を回り続けるだろう。

 

 

◆2F_製本前の写真

町家の2Fでは、1Fの混成するイメージ「刷り出し」と打って変わって、写真集へと編まれる前のページが並べられている。

まさに写真集の生まれる過程を見ているようだ。1Fで溢れて漂っていたイメージ群が、紙に宿り、1つ1つのカットとして身体を獲得する。

赤黒い飛沫のようなものは、脳の検査画像(CT画像と思われる)の一部を切り出し、赤ワインの色に染めたものだ。本作が説得力を持つのは顔写真に加えて「脳」という物理的な器官を繰り返しモチーフとしているためだ。写真集の中では透明な塩ビシートに印刷され、下のページに脳のシルエットが重なる構図となる。個人・「私」は、依存に侵された脳の歪みからは逃げられない。

 

そうすると、「過去」という暗く深い欠落の穴から救うもの・その向こうへと連れ出す存在は、新しい世代である作者の子供ということになるが、大きなねじれがあってハッピーエンドにはならない。「息子にも依存症が遺伝しているのではないか」という病のスピンの恐れが込められている点で、本作=作者はより大きな暗い円環を描いてもいる。

 

自分の代が作った家族・子供が直接的には「救い」とはならず、過去へのねじれを同時に生じている点が、同じ「Reminders Photography Stronghold」出身の上田順平作品との大きな違いだった。

 

写真集を編むのは大変な手間が掛かっており、ギャラリー据え付けのインクジェットプリンターで、モノクロの裏と表、カラーの裏と表、計4回のプリント作業が必要となるため、ミスも頻発するという。上の写真は印刷手順をまとめた資料。

 

◆2F_写真集の手作り

2階には机と椅子が置かれ、写真集を手編みしている作業中の様子が展示されていた。実際にここで作業しているらしい。「Reminders Photography Stronghold」出身のプロジェクトに共通することだが、本作・本展示も「写真集」が核であり芯であることが分かる。

ここでは手作りのアーティストブック版を閲覧することができた。「KG+SELECT 2021」で閲覧できたものと同じだ。手にずっしりと馴染む感じがあった。紙質と黒とサイズのためだろうか。

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古民家なので、2階の空洞部分から1階をすっかり見下ろすことができる。「刷り出し」に囲まれた一角は暗くそして鮮やかだ。

 

 

◆1F_写真集『SPIN』(普及版)、『陽炎(KAGEROU)』

あらかた観終わって1階に下りると、写真集『SPIN』普及版と、2018年に「AKINA BOOKS」より発刊された過去作『陽炎(KAGEROU)』を読んで〆。

廉価版『SPIN』は、アーティストブック版と内容、ページ数は基本的に同じだが、サイズ感と質感がコンパクトになった印象。個人的にはやはりアーティストブック版が、生の「作品」としての重みと手触りがあって圧倒的に良かった。

 

なお、写真集『陽炎(KAGEROU)』の方は、全編モノクロ、3.11後の原発事故から2年後に息子を授かった作者が、見えざる放射能に汚染された世界に怒りや不安を抱えながら向き合っていくものとなっている。

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出入口、カウンターの方は大きくガラス窓が開けているが、窓にはワイン色の脳の画像が貼られている。斜めに伸びた脳画像は、祓われて散る怨霊の影のようだった。それが床にも赤い影を落としていた。綺麗だ。でも脳なんだよな。脳いいですね。

 

色々説明してもらって、写真集を3冊じっくり読んだら1時間ほどが経っていた。やはり写真集が多いと楽しい。

 

「RPS京都分室パプロル」は2022年4月にオープンし、本展示が2回目の企画展となる。今後も独自性の強い作品と展示が繰り出されるだろうと思う。少しアクセスがつらいが、非常に楽しみだ。

 

( ´ - ` ) 完。