nekoSLASH

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【写真展/KG】KYOTOGRAPHIE 2021(9)_⑮アニエスベー「Les Drôlesses」@BAL LAB(京都BAL 4階)

あのアニエスベーです。ブランド「agnes b.」の創始者ですよ。

絵のほうはフランス人美術家クレール・タブレ(Claire Tabouret)の作品で、その肖像画で着せ替えをした写真がアニエスベーの作品である。小さいコーナーだが、2020年春の新型コロナ禍・ロックダウンの状況を物語っている。

 

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なお、本展示だけは会期が他のKGプログラムと異なり、10/17のKG終了後も展示が続けられている。

【会期】R3.9/18~11/28

 

◆【⑮】アニエスベー「Les Drōlesses」@BAL LAB(京都BAL 4F)

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京都BAL・4階には「BAL・LAB(バル・ラボ)」という一角がある。『BALとKYO-ZON(KYOTOGRAPHIEのクリテイティブチーム)で共同キュレーションする「LAB(ラボ=実験室)」プロジェクトです』という設立趣旨で、この2021年6月1日から始動している。8月27日にはagnes b.のニューショップがオープンしており、「BAL」自体が、本国と同様に文化発信も兼ねたブランドイメージを表現する場となっているようだ。

 

プロジェクトとしては、「KYOTOGRAPHIE 2018」で登場した写真家・宮崎いず美をゲストアーティストとして起用し、1年間でシーズン毎に4作品のイメージを展開するという。展示を鑑賞した時点では、KYOTOGRAPHIE期間中ゆえにアニエスベーと差し替えになっていたのか不明だが、宮崎いず美がどこにあるのか分からなかった。ともかく、クリエイティブな場が半ば常設されているのは嬉しい。

 

この展示は「KYOTOGRAPHIE」の中でも「アソシエイテッド・プログラム」に位置付けられている。毎度その位置付けや本部の関わり方もよく分からず、定義もどこにも書いていないのだが、「KG本体プログラム並みの規模で展開される、KG関連・コラボ展示」と勝手に解釈している。まあKG運営主催ではなくコラボ企画なんでしょうね。

 

 

さて展示観ましょう。一見かなり奇妙な写真ですよ。

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どことなくTikTokの静止画版のようなポップさがある。クレール・タブレの描いた肖像画2点を使い、アニエスベーが私服を着せて、自宅で人間のように撮ったものだ。

平時なら何とも思わない、お洒落な(?)試み、ぐらいのものだが、これらは新型コロナ感染が本格的に拡大し始めた頃、未曽有の事態に人間社会・世界の大都市が手も足も出せず、ロックダウンでの防戦一方の渦中を物語る一コマである。つまり時勢のドキュメンタリーとも言える。

 

あの時、欧州の人々が味わった軟禁生活の閉塞感は日本の比ではなかった。

日本はどこまでも「自粛」「配慮」の世界だったが、欧州では警官が外を見回り、外出許可書をチェックされ、正当な理由がないと家に帰される 何日も何日も家から出られない人たちが、自宅内で少しでもポジティヴに過ごそうと、自宅内でのトレーニングやオンライン交流の知恵をシェアしたり、窓・ベランダ越しに住民らが交流したり演奏したり歌う様子が報じられた。

思い出深いのは、2020年3月下旬、イタリア南部のバーリ市の市長が見回りに出、屋外で卓球している人たちに「家にいろ」「卓球をするな」と呼びかける中で「家でプレイステーションをしてろ」とまくしたてていた映像だ。あれほど当時のロックダウンの厳しさと無理強いを実感したものはなかった。

 

新型コロナ禍から1年半近くが経って、コロナの恐れ方や付き合いの仕方、社会全体の感受性の変化など、総合的な変化があった。同じ「新型コロナ」という災厄の内にいながら、生活の前提条件は当時と大きく変わっている。写真には必ず過去が写っているから、写真を観ることは必ず過去を顧みることに繋がる。そしてあの時の独特な閉塞感を思い出す。

過ぎ去った感覚を思い出すのには時間がかかる。こうした機会がなければそれらはすぐに、いつの間にか「無かった」ことになってしまう。

 

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外出、面会、会話、飲食、集会、様々な営みが封じられて、多くの事柄が息絶えそうになったが、ファッションはまさに危機に瀕していたと言えるだろう。人と会うこと交わることが、お互いの命と健康を危険に曝してしまう状況下では、ファッションの必要性は無くなってしまう。この事態はファッション関係者にとって、命を奪われたに等しかったのではないか。

モデルと、着飾った自分を見せる相手・場が失われた世界では、「ファッション」というものが、霧のように失われていく。

 

そう考えると、アニエスベーのこの撮影行為は、コロナ禍の暮らしの中で死に絶えそうになった「ファッション」の輪郭を取り戻し、脈を確保するようなものだったのではないだろうか。

 

仮想のファッション、仮想のポートレイト撮影。私のような、非クリエイティブな勤め人には優雅な手遊びのようにも見えてしまうが、本職のクリエイターにとっては、想像力と創造力の糸を切らさないための、見えざる「ファッション」なるものとの対話の時間だったのだろうと察するばかりだ。

 

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犬かわいい。(  ╹◡╹)

 

犬かしこい。(  ╹◡╹)

噛んで服をぐちゃぐちゃにしないところが超かしこいんですけど。うちの実家で飼ってたビーグル犬(10年前逝去)には無理な芸当だなあ。こんな衣服見たらめっちゃ喜んでぐっちゃぐちゃにしますよ。もう噛み噛みだ。かしこい犬やねえ。

そう、全体的にすごい上品なのが分かる。さすがとしか言いようがない。アニエス様さすがでございます。

 

 

昔、好きやった人がアニエス付けてたんですよ。それで、あの(略

 

 

◆インフォメーションカウンター

順序が逆になったるが、「京都BAL」の河原町通り側にはKYOTOGRAPHIEのインフォメーションカウンターが出ていた。大きなパネルでキービジュアルを訴求し、MAP冊子を配布。

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かっこいいですね。

気高い。アーウィン・オラフの撮ったモノクロ、マスク姿のモデルの毅然とした様は、今回一番心に残る肖像となった。新型コロナ禍で色々な苦しみと閉塞があったが、プライドを保つこととは、そういう顔でいることなのだと思った。

 

 

他にも京都BALでは、河瀨直美がエグゼグティヴ・ディレクターを務める「なら国際映画祭」とのコラボレーションとして、アニエスベー店内ギャラリースペースで河瀨直美作品の大きなポスターを展開。あーあー写真撮ってない。あーあー。

また、アニエスベーがパートナーシップ契約を結ぶ映画館「アップリンク京都」にて、河瀨直美作品や「なら国際映画祭」関連作などが特別プログラムで上映された。これも観に行けてない。あーあー。

とてもではないが全てを押さえることはかなわなかったが、様々な施設とコンテンツが、次々に連鎖反応して花開いていく、まさに祭りの様相が、たいへん有難く、嬉しいものでした。

 

( ´ - ` ) 完。