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大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【写真展/KG】KYOTOGRAPHIE 2021(8)_⑭榮榮&映里(ロンロン&インリ)「即非京都」@琵琶湖疎水記念館

「KYOTOGRAPHIE」本体プログラム⑭・榮榮&映里(ロンロン&インリ)は、蹴上、南禅寺のあたりに位置する「琵琶湖疎水記念館」で催された。KG本体プログラムの中で一つだけ離れた会場だったが、記念館の屋内外のスペースを大胆に用い、他の展示と別格のスケールで展開していた。

それは水との関わりを巡る作品だった。大胆な大仕掛けを用いながら、身体を「京都」へ投じて仕掛けてゆく展示から、この二人は写真を用いた舞台芸術家であると思った。

 

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会場が特殊なのと、本展示が場所の属性(水)と形状に密着しているので、場所について簡単に触れておきます。レトロ建築や産業遺産を辿るのが好きな人なら訪れたことがあるかもしれない。

 

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ここでは展示館として疎水の歴史にまつわるパネルや映像、ジオラマ等を提示するだけでなく、かつて使われていたインクラインの設備が敷地内にあり、そして何よりテラスのすぐ傍を疎水が流れ、その先の動物園も含めて多量の水と密着した場所となっている。

 

疎水の歴史は明治時代にまで遡る。明治維新による東京への遷都から、京都は人口が1/3にまで減って衰退の危機に見舞われた。復興を賭けた一大プロジェクトが、大津(琵琶湖)と京都を結び、物流、発電を盛んにするための運河・琵琶湖疎水の開通であった。そのため発電所インクライン跡など多数の施設が遺っているだけでなく、今も水路を流れてくる豊富な水に触れることができる。

 

biwakososui-museum.city.kyoto.lg.jp

 

( ´ - ` ) 南禅寺あたりは水の都です。

 

この「水」を巡って、作品世界のヴィジュアルが絡み合うだけでなく、作家の創作活動自体が深く「水」に関わりながら進められてきた。

 

◆【⑭】榮榮&映里(ロンロン&インリ)「即非京都」@琵琶湖疎水記念館

この豊かな水は、ただ琵琶湖から水路伝いに流れて込んできているだけではない。京都という土地がその地下(地層)に、琵琶湖に匹敵する200億トン以上の水を湛えているという。関西大学・元学長の楠見晴重は論文でそれを「京都水盆」と呼んだ。

 

www.kansai-u.ac.jp

 

ステートメントによれば、榮榮・映里の写真家夫妻が、長らく見失っていた創作の意義と見通しを取り戻すことができたのは、まさに「京都水盆」の存在を知ったためであったという。

2015年に京都に住んでから、二人は精力的に撮影を続けてきたが、『写真が美しく見えれば見えるほどそれは空虚になり、写っているものが確かであればあるほど表現とは遠く感じられ、次第に自分たちが何を求めて撮っているのかわからなくなっていきました。』という。そうして何年も納得のいく作品が撮れず、「撮れない世界」や「必要ない写真」を撮り続けてきたが、「京都水盆」―京都の地理と歴史には常に「水」の流れと循環があったという事実が、作品を断片から大きな流れへと結び付け、大きな世界観へと思い至らせることになった。

 

本展示は、京都の水の循環がもたらす自然の豊かさや生命力を現わすだけでなく、作家と作品とが改めて京都という土地と「水」によって関係性を取り結ぶことができた、そのパワフルな現場ともなっている。

 

 

◆【⑭】榮榮&映里_屋外テラス

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榮榮&映里は2000年から共同制作を北京で開始し、2007年に中国初となる民間の写真専門アートセンター「三影堂撮影芸術中心」を設立した。2010年代からは日本で活発に作品が発表されるようになり、「越後妻有アートトリエンナーレ 2012」、2013年「LOVE展:アートにみる愛のかたち」(森美術館)、「KYOTOGRAPHIE 2015」など多数の展示で目にする機会があった。

 

「KYOTOGRAPHIE 2015」で展示された《妻有物語》は、2012年の「越後妻有アートトリエンナーレ」への参加をきっかけに制作された作品で、新潟県十日町に約2年間(2012-2014年)滞在する中で、夫婦、親子の関係、生命の環にまつわる情景を物語的に撮っている。

この《妻有物語》は、それまでの主題:中国における社会的現実や生活を写すもの、からの大きな転機となっているようにも見えるが、KYOTOGRAPHIEアーティストトークを聴いていると、2000年にタッグを組んで以来、早い段階から「二人で自然の中に身を投じ、写真に写る」という制作スタイルをとっており、本展示の作品に見られる「自然×人間」の取り合わせの基本形は初期から貫徹されている。

 


www.youtube.com

 

2015年当時、私はKGを回ったが《妻有物語》を観ていない。夫婦・家族の私的な生活景、近しいものへの思慕や温度感といったものが苦手すぎて、飛ばしたのだ。完全に偏見だが、そういうわけで榮榮&映里の作風や、何がどう評価を受けているか知らないまま本展示を観にきた。

 

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屋外テラスでは、2階から垂れ下がった巨大な枯山水の砂の写真1枚と、円形に組まれた展示台の内側には人と水とを掛け合わせたカラー写真群、外側には荒れた山の表情を写した大伸ばしのモノクロ写真群、計3種類がバランスよく配置されていた。

 

本作は不思議な作品で、現実とフィクションとのどちらとも呼べる。水や光や山が見せるシーンの数々は当然ながら非演出のものだ。しかし人物・身体の一部はそれらに合わせてカメラに写るよう意図して投じられていて、どう写るかが撮影者と被写体とがお互いに了解した上でのポーズとフレーミングがあり、シャッターは人為的な完成度が高い。

だが人物は特定の属性や感情を持たない。顔が写っているカットがあっても、それが誰かは特定されずに、一個の生命体として自然へ還元される。まるで動画映像のワンカットを切り出したように動きがあり、光を帯びている。そして水・自然景と呼応する。

 

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人物が明確で主役のように写っているので、本作に物語を読みたくなるところだが、像の明確さに比して言葉や感情は伏せられているため、光と色のシークエンスの方が立ちあがり、それらの響き合いへ眼が向くようになる。

見ての通り、カラー作品では「水」への探求が強い。どのイメージもシンプルに強くて美しい。だからその意味や根拠を求めて長い間悩んできたというのも納得だ。単純明快に美しい写真は、そこで自己完結して意味を止めてしまう。まさにステートメントの通り、「京都」という土地自体に「水」の根拠を得ることができたがゆえに、これら作品世界と被写体、土地とが循環しあうものになった。

 

光と人物の輝き、生命性という点では齋藤陽道と比較してみたくなるが、全く異なる。榮榮&映里は場所性が非常に強い。齋藤陽道はどこまでも自分自身の生存根拠としての喜びや情動を現わす、一人称視座からの響きの振幅を無限大に広げるものだと思う。対して榮榮&映里の場合、人・身体(=自分たち)を、風景・自然へと投げ込み、そこに生じる波紋や明暗を私達は写真という形で観ている。物語のない舞台演劇というか、舞わない舞踏がそこで繰り広げられているのだと思う。

 

 

円環の外側にある大きなモノクロ写真のほうは、陽光と影が美しいものの、木々がやたらと倒れている。恐らくこれは、2018年9月に発生した台風21号による倒木被害を写したものだ。以前のインタビュー記事で、作者らは「京都は歴史・伝統の街であるだけではなく、破壊・廃墟と再生の土地でもある」と述べている。興味深い観点だ。

 

総じて、瑞々しく輝く水と光の「生」なるイメージだけでなく、それらと表裏一体となっている自然の「破壊」「滅び」のイメージが組み合わさって、自然全体の大きなライフサイクルを表現している。また、人間だけでなく人工林である杉林が被写体として組み込まれているためで、人間とその人為もサイクルの一部であることが伝わる。

 

榮榮&映里の作品の射程は想像していたよりも広い。《妻有物語》のような、家族愛の作家だと思い込んでいただけに尚更そう思う。

 

 

◆【⑭】榮榮&映里_屋外(広場からドラム工場への通路 外壁)

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オープンテラスから少し離れたドラム工場室へ続く通路の壁に、大きな「書」が下げられている。他サイトのKYOTOGRAPHIE記事では「山是山水是水」(山は山であり、水は水である)と紹介していたが、2字足りない。

 

正しくは『見山是山見水是水』(山を見れば山であり、水を見れば水であった)と書かれている。

禅の一節だろう。受け売りの情報をまとめると、これは認識の初期段階を表していて、見る対象は意味と絵合わせのように単純な等号で結ばれている。その後に分別が付くようになると「山を見れば山ではなく、水を見れば水ではない」と分節化されたものが見える。更にその先に進むと総体が見え、「山を見ればやはり山が見え、水を見ればやはり水が見える」という段階に至る。らしい。

 

この言葉は本作タイトル即非京都』に通じる。「即非」という言葉は簡単で奥が深い。これ単体だと「~でない」しか意味を持たないが、鈴木大拙の『即非の理論』を引用すると「京都が京都であるのは、京都は京都でない。ゆえに京都は京都である。」という論理体系を内包している。

逆の文法がゼロ距離で展開されるため非常に難解だが、前述の山と水と認識段階の話、そして「京都水盆」の存在とを合わせて考えてみると、「京都というものは、記号的な名勝や歴史的名所などには存在していない」と、一旦認識を全解除するところに至り、一度無になった中から立ち上がってくる直観や気配――まさに「水」の存在感を元にして、「京都はあらゆる場所に存在している」と認識するに至る、その変遷の過程をタイトルは指していると言えるだろう。

 

それは冒頭で書いた通り、作者らが京都での作品制作に行き詰りながらも、何年もかけてようやく「京都」との繋がりを見出した、経験の実感が込められているのだろう。

 

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◆【⑭】榮榮&映里_屋内(蹴上インクライン ドラム工場)

最後のフロアはインクラインのドラム工場で、真っ暗な部屋の中では巨大なプロジェクター映像が強烈な色と光を放っている。屋外との明暗差が激しく、目が慣れていないため足元が見えず、ただただ目の前で乱反射する「色」に圧倒された。

 

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暗闇に包まれた時には何が何だか分からなかったが、目が慣れてきてやっと、この強烈な色と光は、これまで見てきた写真作品を投影しているのだと気付いた。仕組みは正確には分からないが、部屋の正面に大きな木枠を立てて、そこに巨大なサランラップのようなフィルムを横に張り、更にその内側に四角形のフィルムを幾つも貼り出している。投射された1枚の写真の像は、フィルムの襞と複数の四角形とで分裂して複数枚となり、「正しい一枚」のオリジナル性から離れて、絶えず姿を変える。

それは湧水や渓流の、「水」の形状が常に定まらない――定まらない動きこそ「形」であるのと似ていた。

 

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フィルムの襞の凹凸と部屋の側面の石垣に、強烈な光量で照らされるそれらは、もはや「写真」は像であることをやめて、光と影になっていた。

そんな中で、部屋中央に置かれたインクラインのドラム側面に投射される「写真」は、かなり「1枚」のフォーマットを残している。が、曲面によって引き伸ばされたモデルの顔は歪み、水の中で見る像のように、本来のものとは違った形で揺らめいている。時に不気味だが、時に追憶の中の光景のようにも映る。水の中は記憶の中でもあるのか。

ドラムはかつて距離582m・高低差36mのインクラインを渡る船を引き上げる役目を担っていた。ここでは写真の素となる光と色、記憶の源泉を闇より引き出し、外部・テラスの方へと流し出しているようにも見える。

 

 

奥に小部屋があり、そこは窓から太陽の光が注いでいて、闇から現実へ戻る心地がする。

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形のない生の映像が汲み出されるドラム工場の中で、ここでは「写真」をプリントの固体へと定着させていた。レトロなコンクリート壁と木の枠組みの矩形は蚕に糸を紡がせている様子を連想させた。

 

写真はモノクロで、陽に透かすと淡い記憶の中のような、蚕が吐き出した糸で出来た繭の中を覗くような、温もりがある。写っているのは、京都の自然や歴史的遺物に身を投じて写っているモデル=作者らの姿だ。テラスで見た水と人との掛け合わせの写真よりも更に舞踏的で、モデルらは場の一部に同化するのではなく、自らが主役になるでもなく、場に「仕掛けて」いる。演技なのか? 物語なのか? 自然なのか? そのいずれでもあるし、いずれでもないようでもある。榮榮&映里の作品が独特だとすれば、それはこの「仕掛け」方ゆえだと思う。

 

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「京都」という土地が一体どういう場所なのか、私は関西人でありながらその答えを容易には出せないでいる。榮榮と映里をかくも誘い続け、迷わし、そして作品を作らせ続けた「京都」という場について、何やら底知れ無さを改めて感じたのだった。

 

( ´ - ` ) 完。