観ている最中から興奮や感情移入や戸惑いや自問自答で目まぐるしく気持ちをかき乱された。2本の映画はどちらも香港民主化運動の生のドキュメンタリーで、戦う、戦う、どこまでも戦う香港市民・若者らの姿に、次第に共感さえできなくなり、ただただ畏怖するしかなかった。同じアジアの一角で、姿形は似ていながら、何が私と彼ら彼女らとを、ここまで違う人間にさせたのか。一国二制度、民主化、自由の危機、警察権力。背負ったものが違いすぎるのか。
【会期】2021.6/19(土)~6/25(金)@シネ・ヌーヴォ
「映画を観た」というより「香港人らの戦いを見た」もしくは「香港人の怒りを見た」というべき体験だった。映画を観たという実感が全くない。ひたすら理不尽さと危機に対して戦っていた。怒っていた。
映画祭のプログラム7本のうち、私が観たのは2本:長編1本+短編集1本(5本で1セット)だ。どちらも演技・演出なし、ガチンコのドキュメンタリー・記録映像を編集したもので、今まで日本の朝のニュース等で流されてきた「香港」や「民主化運動」の質感、角度、熱量、切迫度、全てにおいて異なるものだった。
◆「僕は屈しない」(地厚天高)【監督】ノーラ・ラム(2017)
香港本土派の政治活動家:梁天琦(エドワード・レオン)の2016年の状況を追ったドキュメンタリー。
日本で報じられてきた「香港民主化運動」は、路上での学生ら若者による集団デモ・占拠、警察隊との対立ばかりだったが、過激な集団行動だけでなく現実的な解決策として、政治から状況を変えようとする運動も平行して行われていた。その香港立法会(香港特別行政区の立法機関、国会のようなもの)選挙での活動が捉えられている。
「1年前まではただの大学生、ただの引きこもりだった」と言うエドワードは、大学生活を全力投球していたあが、2014年の民主化要求デモ「雨傘運動」の失敗に失望、軽度のうつ状態を来し、引きこもりのニート状態に陥る。しかし2016年2月の民主化運動:旺角騒乱に参加するとともに香港立法会・補欠選挙で活動するうち、外部との繋がりを得て、自分を取り戻し、いつしか英雄と呼ばれる存在となった。
2016年6月、騒乱への参加のかどで6年の禁固刑が言い渡される。逮捕されるまで2年間の猶予があり、その猶予期間を大切に使うと言い、同年9月の立法会選挙でバジオ・レオンを支援、当選させた直後、アメリカへ亡命する。
本編終了後、2018年に帰国・逮捕され、現在服役中であることが字幕で示された。
香港の活動家というと周庭と黄之鋒の2人しかイメージがなかったが、本作からはエドワードが英雄として非常に高い支持を受けていたことが分かる。彼の出自が注目や共感を呼んだためかもしれない。
選挙戦での意志と行動力、人前で「復光香港(香港を取り戻せ)!」と発する時の、その声と表情は、一般人のそれとは違う力があって、作中で写される仲間や、彼が支援したバジオ・レオン候補者と比してもそのカリスマ性は群を抜いて高い。実際痺れる。この声は聴く者を熱くさせる。
だがその身は2016年2月の旺角騒乱への参加のかどで複数の訴訟を抱え、暴動罪で最大10年の禁固刑を科される恐れに晒されている。英雄との呼び声を遠いもののように見ていて、浮かれた場面は微塵もなく、ただただ現状と戦っていた。同時に、何も楽しさを感じない、再び鬱の予兆が寄せてきているようだとも語っている。
こうしたナイーブな表情の方が、映画では多い。
エドワードは二つの顔を持っていて、オン(政治活動、闘争時)とオフ(独白、日常生活時)との硬軟の差、勇猛さと繊細さの差がとても大きい。映画の構成でも顕著で、オン状態で猛然とマイクを握り、澱みなく理念を口にする彼と、素肌を晒して煙草を吸い、ギターを爪弾きながら、徒労感のようなものを口にする彼とを交互に映し出す。
本作の予告編。解説文がよくまとまっている。今回の映画祭はパンフレットがないので、観終わった後に民主化運動の事実関係を振り返ろうと、色んなサイトを調べないといけないので大変だ。冊子かDVDが欲しい。
彼らは運動中に、白地に青の描画で描かれた獅子のシャツを着ている(彼が合流した若者の政治団体「本土民主前線」のもの?)が、その獅子はエドワードそのもののように見えた。純粋で、無垢で、繊細で、そして怒りを秘めた姿だ。
香港の若者ら、そしてエドワードの戦いは主張が明確なのは、中国当局の支配・弾圧が明確かつ強力なためだろう。中国は香港返還時の「一国二制度」を50年間は維持するとしていたが、たった20年で骨抜きにし、実質的に同化させようと圧力を強めている。その状況の悪化が作中でも進行形で迫ってくるのがスリリングだ。
2016年9月の立法会選挙にエドワードは出馬するが、それまで掲げてきた「香港独立」のスローガンが違反となり資格を失う恐れがあることから、苦悩のすえ主張を取り下げ、SNSからも該当発言の投稿を削除する。しかし急遽、追い打ちを掛けるように選管から「香港基本法を順守することの確認書」への署名(=香港特別行政区は中国と一体のものと認める)を求められる。結局出馬は選管によって取り消された。
こうして表舞台に立てなくなったことで、エドワードはバジオ・レオンに託し、その補佐をすることになるが、バジオ・レオンもまた当選後の議会で中国に反抗的な態度をとったため、議員資格を抹消される。香港の立法・政治が日を追うごとに、中国にとって従順で有利な構成員となるよう強力に浄化されていく過程が写っている。
終盤は、香港の街頭でデモに繰り出すバジオ・レオンと、アメリカで隠居生活を送るようにして雰囲気のすっかり変わったエドワード・レオンが対比的に映し出される。まるでその後の香港のことを象徴するかのようだ。
熱さと、どこか虚しさのようなものも差し挟まれた、不思議なドキュメンタリーだった。ただ熱く、政治を変えよう、この国を変えようと言っているだけではない、何かもっと具体的で危機的な状況に――勝ち目がなさそうであるだけでなく、具体的な身体拘束などの自由の危機が迫っている中で戦っている、その冷ややかな現実味を孕んだ熱さだった。
◆2019年 香港民主化デモ 傑作短編集(5本)
短編集は5本の映像、いずれも2019年の記録映像で、時系列の順で進行する。それぞれの撮影時期と舞台は以下の通り。『僕は屈しない』から2年後、私達が連日、ニュースと新聞で見てきた「香港」の動乱がそこにある。
・「立法会占拠」(佔領立法會) 2019年7月1日 @立法会
・「私たちのやり方」(用自己方式的時代)2019年7月7日 @繁華街
・「仲間たち」(手足) 2019年7月28日 @繁華街
・「試行錯誤」(試行錯誤) 2019年8月12日 @香港国際空港
・「誰も見捨てない」(缺一不可)2019年9月13日 @警察拘留所前
いずれもデモの内側から撮っているので迫力と切実さが違う。参加者ら同士で交わされるコミュニケーション、感情の動きがよくわかる。それは想像していたものと大きく違った。
幾つか、民主化デモとその参加者について、特徴など気付きを書き留めておく。
まず①中心人物やリーダーなど、組織的な構成がない。リーダーの逮捕や組織抗争によって壊滅しないよう意図的に(雨傘運動での失敗経験が活かされているという)。考え方の違う者同士が大きな群れとなって動いている。
当然、何か事を起こす際には意見が割れる。『立法会占拠』では、集まったデモ参加者らが立法会に突入すべきかを公園で議論するところから始まるが、興味深いのが意思決定が集団としてではなく散発的で、個々人が拡声器で端的に思いを放っていることだ。
そして意見は特にまとまらない。組織でもないので即決しない。警察に包囲されることや特殊部隊が中で待ち構えていることなど懸念が尽きない。しかし一部の行動派が押し切って突入を決めて、行動に出てしまう。誰にも止められない流れが出来ていくのが分かる。暴徒へと変貌してしまう過程が写っている。
ここから突入までは延々と膠着状態が続く。建物の強化ガラスを破るしかなく、その向こうでは警官隊が待ち構えている。
行動に出れば警察に動く口実を与えてしまう、今後の活動に支障を来す、無事では済まなくなると、参加者の内側からだけでなく議員らも必死で説得する。だが火のついた行動派は収まりが付かず罵りながら揉み合う。リーダー不在ゆえに、やりとりと意思決定は民主的だが、ここでは「行動を起こさなければ何も変わらない、変えられない」という焦りの方が先行していて、それが流れを決めてしまう。組織のまとまりを持たないがゆえに、暴走もまた止められず、大多数は見守るだけになっている。
一方で、ビルに囲まれた市街戦を写した『仲間たち』では、アノニマスな集団が実に見事な連携を見せる。7月28日、既に状況は大分悪くなっており、大規模な武力衝突の様相を呈している。
デモ参加者らは警官隊がどこに集まっているか、最前線がどこかを連絡しつつ、一般人や観光客など参加者以外に逃げるように促し、催涙弾を撃ち込まれれば即座に水をかけて消し止め、負傷者が出れば救護隊のところへ迅速に運ぶ。防護マスクで身を固めた者が前衛に立ち、装備の薄い者に後ろへ下がるよう指示する。毎週のようにデモを行っているうちに、自然と組織化されたのだろうか。声を上げて意思疎通を図りながら、自発的に動いている。実戦力の高さを見せつけられた。
特徴②は、犠牲を回避し、あくまで平和にデモを遂行しようとする意志だ。全編に共通しているのが参加者同士の気遣いで、危険を冒すことのないよう注意を呼びかけ合っている。
『立法会占拠』ではそれが顕著だ。
先述の公園での話し合いから、一部の行動派が突入決行に踏み切り、制止を振り切って業務用の大きな段ボールストッカーを引いては突進させ、ガラス壁に打ち付け始める。強化ガラスは全く割れない。カートを走らせては弾かれることを実に4時間弱も繰り返し、突入は一旦不発に終わる。
その後、突撃箇所を変更してガラスを破り、内部へと雪崩れ込むことに成功した。警官隊は中にはおらず、むしろ誘い込まれたようにも見える。歓喜の声を上げたのも束の間、今度は逆に警官隊の増援により街全体を包囲され、強制突入のカウントダウンを受ける側に回ってしまう。
ここからの展開は危機的状況により、暴力的な勢いから仲間への気遣いへと傾いていく。
窮地に立たされたデモ隊は、そのまま残るか、突入通告の夜12時までに退去するか、また切迫した議論を交わす。だが理想に殉じたり徹底抗戦を望むのではなく、できるだけ多くの参加者が無事に出られることを優先したいという思いが飛び交っていた。「既に3人も死んでいる、俺はここに残る」と一部の者が叫ぶが、本当に取り返しの付かないことになる、私はあなたたちの身を案じている、君達が中に残っても自分は外で守りを固めるから、と、安全最優先を望む声が飛び交う。
意外だった。日本での報道では、道路や大学を占拠して暴れている姿しか見えていなかった。俯瞰のアングルと記事のタイトルからは、この運動の内側で交わされている思いやり、気遣い、そして「平和的」であることへの志向性はまったく棄却されていたのだ。内側から撮られ、内側の言葉に字幕が付いて初めて判ることだった。
日本での報道だとこうなる。「暴徒」という言葉で括られ、彼らの間で交わされた言葉が叫び声と騒音に帰されたとき、その姿は秩序を破壊する害悪としてしか映らないだろう。「こういう行動は迷惑だし、許されるべきではないものですよ」と一方的に非難しているように見える。
実態はもっと複雑で切ないものがあった。
緊張感と悲壮感が張り詰めた現場だった。突入時には溢れていたデモ隊の波はいつの間にか引いていて、議会内はスカスカになっている。「報道関係者の方が多いぐらいなのに、どうやって交戦するんだ!?」という声が上がる。絶望しかない占拠だった。去りたい人の気持ちを優先した結果、戦う力はもう残されていなかった。街では物凄い数の警官隊が合流し、軍隊のように膨れ上がっていく。最後は数名が命を賭して議場に残ることを決意したが、身の危険を案じて他の参加者らが引き返し、夜12時の突入まで残り10分を切る中、机にしがみつく彼らを力づくで引き剥がし、退避させた。
こんな暴徒がいるだろうか。「平和的」という言葉でしか表現できないのでそうしているが、あまりに悲壮で切迫した平和的活動だった。
立法会からの退去後は、深夜の大通りが舞台となった。黒い波のように大量の警官隊がじりじりと距離を詰めてくる、下がりながらデモ隊は声を上げるが、逆に警官隊の方が興奮し、警棒を突き出し、催涙弾を撃ち、盾を打ち鳴らして迫ってくる。女性が警官隊の前に立ち、なだめながら抗議する。報道関係者だろうか。警官隊は止まらない。警棒を振りかざして前進する。絶対に勝てない力に向かって、香港の若者らは挑んでいた。絶望しかなかった。
『私たちのやり方』ではもっとコミカルな形で「平和的」なデモを行う様子が映されている。
繁華街を舞台に、主に中国大陸からの観光客に対してチラシを撒き、スローガンを唱え、宿泊先のホテルの前の道で声を上げる。当の観光客らは皆あまりピンと来ていない表情で大きなカバンを持ち運んでいたりするのが対照的で面白かった。体制の内側に順応していれば、何を大騒ぎしているのか全く分からないのだろう。
ここでは、警察がデモ隊の行進と車の往来がぶつからないよう調整していて、非常に協力的な面が目立つ。少なくとも7月上旬までは「平和的」なデモ活動の形があったということが分かる。これも状況の悪化とともに、殺伐とした暴力的な関係になってゆくのだが…
特徴③は、「香港」アイデンティティーへの愛着が半端ではないことだ。自分たちを「香港人」(Hongkonger:ホンコンガー)と呼び、スローガンのコールを繰り返す。政治的には中国の一行政区だが、自分たちは中国人ではない、「香港人」だと叫び続けている。
その連呼は、同化・支配がより進行した暁には、「香港人」という言葉さえ禁じられるか消滅してしまうか蔑称として投げ付けられるような、そんなディストピアすら予感させる。習政権は「愛国者」で国家を埋め尽くすことに躍起になっているため、この先何が起きるかは未知数だ。民衆が民主的な自治独立を守ろうと戦う背景には、香港には普通選挙制度すらなく、 民衆の声はデモという抗議行動によってしか表明できない事情がある。その訴えの、怒りの、行動の根本にあるものが「香港人」というアイデンティティーであるようだった。
自分の出自、居場所、何者かという故郷を奪われることは、顔と名前を奪われるのに等しいだろう。その感覚は、恐ろしいことに、日本人であり、かつ年齢のいった私には、想像するのにやや時間と手間がかかりそうだ。
本作を観て、最も深く発見してしまったものとは、自発的な危機意識と切迫感から戦いに出る参加者らの姿と対極にある自分自身の姿だったかもしれない。
こんな戦いがなぜ出来るのかが分からなかった。最後の『誰も見捨てない』では、中秋節の日に拘留所の外から若者らが捕まった仲間らに向けて、応援の歌を贈る。センチメンタルで、良いシーンだった。
拘置所内では何が起きているか、誰にも分からない。とてつもなく危険な場所だ。
具体的なことを知れば知るほどうんざりしてくる。情報というのはある段階まで、表面的な出来事として触れているうちは快感すら伴うのだが、実情の重さや酷さが見えてくると無力感に襲われるようになる。この9月13日の時点で逮捕されたデモ参加者は1,453人に上っていた。2021年4月9日の朝日新聞記事によれば逮捕者は1万242人に上っている。
◆2本を観終わって、こちらは。
2本目の途中から体がおかしくなって、何度も画面から視線を下した。デモ集団と行動を共にし、最前線で逃げたり走ったりしながら撮っているのでカメラワークの揺れで酔ったのかも知れない。
不穏な音がひたすら鳴り響いている。ビル街に叫び声や何かを打ち鳴らす音が響く。横断歩道が赤に切り替わる時の警告音も、発砲前のカウントダウンのようで実に不穏だ。体のコンディションが良くなかった。五感が刺激される。「映画」とは言うものの、これは実際についこの間、現実に起きたことの記録なのだ。しかも日本のすぐ近くで。
異様な無力感に苛まれた。
中国当局がなぜここまで弾圧を行うのか、人権や自由に対してなぜここまで敵視し、圧力を加えるのか、ますます意味が分からなかった。意味が分かろうが分かるまいが、現状は悪化する一方で、直接的にどんどん身体拘束できるよう、ルールが高速で書き換えられている。
2020年6月30日には全人代で「香港国家安全維持法」が全会一致で可決、施行された。
説明がしんどいのでリンクはります。もうだめだ。
しんどいな。
映画は2016~2019年の状況だが、その後の2年間で香港はもっと大変なことになった。誰も声を上げられないように法的整備をかけ、抗議すれば犯罪者扱いとなり、外国の報道も規制されるようになった。
もっとも、映像の中で駆け回っていたデモ参加者らにとっては「見えていた未来」に他ならないことだったのだろう。「こうなるのが分かってたから命をはってた」と言われそうだ。
それも含めて色々と無力感に苛まれた。なんだろうな、
自分は何も戦えないし、例えどんな目に遭っても、文句の一つも言えずに、より無事に生きられる方へ順応することだけを選択することが確実だから、そのことへの絶望感がすごい。香港のあるべき姿より、日本の未来より、自分の在り様のどうしようもなさが、無力感を呼ぶ。
観ながら「どうしてあなたたちは、そこまで出来るんだ、そんなに怒ることが出来るんだ」と何度も繰り返した。路上で上がる叫び声、スピーカー、雑踏の、騒乱の音が街の中で反響している、それを捉える画面は時折激しく揺れて乱れる、白煙が上がる、あくまで平和的なデモであることを訴え、仲間を気遣い、無理だけはしないように声を掛け合う、そこへ次々に催涙弾が撃ち込まれる。屈強な、全身を高性能な装備で覆った警官隊が詰め寄ってくる。「平和的な」デモを前提とする参加者らは、絶対に勝てない。
そしてこれらの行動の結果――2020年、2021年の香港は、今現在見ている通りだ。6月24日、「リンゴ日報」が最後の朝刊を発行して活動停止となった。
異様な疲れ方をした。若さに関係なく自分には出来ないと思い知った。
日本を振り返ると、2015年頃に「SEALDs」を中心とした抗議デモ活動が沸き起こっていたが、何をどう変えようとしていたのかよくわからないうちに、国会前などで太鼓が打ち鳴らされ、大勢の人が集まり、著名な文化人も現れ、イベントが催され、いつの間にか活動は終わっていた。
当時、私は既に社会人として、組織の歯車として完成された老人だったが、それを差っ引いても、共感も反感も薄く、記憶自体が薄い。ファッショナブルな戦略で、「アベ政治」という分かりやすい表象に向けて抗議をしていたが、よく分からなかった。今も分からない。
分からない。知らん。
とりあえず作品集のDVDが欲しい。でも家で観る元気があるだろうか。
キツい。なんだろうな、このキツさは。
加油としか言えないが、それほど無責任な言葉もなく、名だたる西欧先進国のトップがことあるごとに声明を出すも、何も止められずに現在進行形で物事が進んでいく、この無力感は、知れば知るほどきつい。なんなんだろうな、きつい。
( ´ - ` )完。