写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生・TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【写真展】小山幸佑「私たちが正しい場所に、花は咲かない」@大阪ニコンサロン

印象に残るタイトルは、ユダヤ人の詩人、イェフダ・アミハイ『エルサレムの詩』の一節からの引用である。本作は「正しさ」が生じる未満の場で、イスラエルパレスチナ自治区それぞれの「凪」の姿を捉えている。一方で、写真には確実に「壁」が写り込む。

 

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【会期】2020.8/27(木)~9/2(水)

 

 

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本作はイスラエルパレスチナ自治区の両方で撮られている。この2国の関係、歴史については省略する。重要なのは、長い年月をかけて国際的に紛糾し続け、絶えず揺れ動いてきたこの地を、作者はニュートラルに行き来し、透明な眼差しを向けていることだ。

 

日本人である作者は、政治的にも宗教的にも透明な存在として現地を歩いていて、また双方の現地人からもフラットに、どこか安心感を持って受け入れられている。登場する被写体は了解の上でカメラに視線を向けてポーズをとっていて、対象は老若男女を問わず幅広い。また、個人宅の室内で撮られたカットが多いのも特徴的で、親しげな距離感で人々が写し取られている。地元住民の写真だけだったら、どこの国で撮られたかは判別できなかっただろう。

中東の事情に全く縁遠い私にとっては、展示の配列として2つの国の写真が入り混ぜられていたことから、どの写真がイスラエル側か、どれがパレスチナ自治区側なのかも見分けることが出来なかった。作者の詳細な体験談を聴いたわけでもないので、政治的な意味合いは遠ざけられ、必然的に「ニュートラル」な受け止め方となった。

 

写真は平穏な、無風状態のビジョンを湛えている。これまで報道などの形で伝えられてきた「イスラエル」「パレスチナ」という、政治的意味合いの強いコンテンツではなく、透明な凪の状態である。それが地域や時期によって左右されるものなのか、摩擦や衝突が生まれるのはいつ・どこからなのかは、写真からは分からない。少なくとも、利害関係――政治性のない者同士の(日本人写真家とイスラエル人、もしくは日本人写真家とパレスチナ人という)組み合わせにおいては、この凪は保たれるということなのかもしれない。

それが、タイトルにもある「正しさ」、正義の話に結びつく。寝ること、食べること、祈ること、遊ぶこと、何もせず佇み、過ごすこと、それらの穏やかな時間における人々の姿は、静かに咲き乱れる黄色い花々と、どこかイコールで結ばれるような気がした。

  

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他方で、鑑賞者側がどうしても写真の内に見ようとしてしまうものが、「壁」の存在である。

一つは歴史的・宗教上にも重要な「嘆きの壁」であり、もう一つはパレスチナ自治区を取り囲み、イスラエルとの境界を作り出す人工的な「壁」である。紛争や報復の連鎖、大国の都合による複雑な歴史的経緯・・・その困難さの物理的な現れとしての「壁」。家屋や路地を舞台にしているので、何かしら様々な壁面が写り込んでおり、現地事情を知らない私にはどれが正しい「パレスチナ分離壁」かは分からない。壁は何を遠ざけ、何から遠ざけられているのか? 壁に対応する主格を探してしまう。

 

工事現場の防音壁のような、縦長のシルバーの板がずっと並んだ「壁」があった。これが恐らく分離壁だろう。無機質に聳えている。タッチはコミカルながら不穏な絵が描かれている。軍人2人が目隠しした人物を両脇から連行し、その後ろで男性が重火器を構えている様子を描いた絵と「WE CAN'T LIVE」の文字に、どうしようもない燻りを感じた。

別のカット、真っ黒に塗られた壁には「WHEN OUR CHILDREN ARE KILLED」「Children killed during Israeli massacre in Palestine, July 2014」とあり、その横に現地の文字で単語がずらずらと並んでいる。恐らく死亡したパレスチナ側の子供の名前なのだろう。ナンバリングは231まで振られている。その下にはマンガ絵があり、ずらずらと続く戦車が街を砲撃し、ビルが破壊されている。

また他のカットでは、向こう側の見えない丘を見やり、車道脇の看板が撮られている。現地語(ヘブライ語アラビア語だろうか)と英語の3か国語で、「This Road Leads To Palestinian Village」「The Entrance For Israeli Citizens Is Dangerous」と書かれている。「この道はパレスチナ自治区に通じているからイスラエル人にとって危険、注意せよ」という標識だ。それがどう危険なのか、丘の向こう、道路の先は見ることができない。

 

この地では当事者間の「正しさ」について、協議や法的手続きで主張し合うという段階をとっくに通り過ぎていて、それは恐怖や危険、侵略と制圧とともに、街のインフラに刻み込まれている。人々を写した写真に流れる空気は「凪」なのに、街自体に備わり、刻みつけられているものは、深い現在進行形の燻りだ。

花のカットは、それらを癒すように現れる。

私(たち)の「日本人」という、どこか中途半端な立ち位置には、この凪のようなニュートラルな場をもたらすことができる可能性を、じわりと感じた。だがそれだけでは、花は咲き続けられない。大きな問いを投げ掛けられたような思いがした。 

 

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( ´ - ` )完。