写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【ART】H30.12/7(金)森村泰昌の「映像ー都市」論 @大阪市中央公会堂(中集会室)

【ART】森村泰昌「映像ー都市」論 @大阪市中央公会堂(中集会室) 

トークが行き着いたのは「風景にいたずらすること」。これは森村表現行為の本質であろう。

大阪の都市を背景に、三島由紀夫レーニンヒトラーチャップリン)の姿を自身の身体に蘇らせてきた作家は、何を考えていたのか。

 

現代美術家森村泰昌を主役に、ゲスト登壇者は、建築家、近畿大学准教授・高岡伸一と、アーティスト集団Chim↑Pomリーダー・卯城竜太。聴き手はアートエリアB1運営委員・木ノ下智恵子。

イベントは二部構成で、前半は森村氏の映像作品を4本上映。後半は対談形式で「都市論」に絡めて、作品の感想を通じ、その制作話や、作品の舞台となった都市空間についてフリートークがなされた。

 

以下、トーク概要。

森村氏の映像作品の舞台となっているのは、中之島(中央公会堂)、万博公園(旧・国立国際美術館)、大阪城(旧陸軍司令部庁舎)、釜ヶ崎、と、大阪でもかなり重要な土地のポイントを押さえていると、高岡氏が指摘。

中でも制作に苦労したのが、森村氏がレーニンを演じた『なにものかへのレクイエム(人間はかなしいくらいにむなしい)』(2007)だったという。今から10年前の大阪・釜ヶ崎で、地元民を集め、かなり高めの演説台を組み上げて、その壇上から森村レーニンが何かをわめいているようだが、無音で、多数の聴衆役を地元民がエキストラ出演している。当時までの西成、釜ヶ崎は普通に歩ける場所ではなかった。高齢化した日雇い労働者と、手配師、売人、ヤクザ、それを見張る警察の街であった。「暴動」の実績もあり、交番が焼き討ちされたことがあるため、「人が集まる」だけでも非常にナーバスな話になる。多くは語られなかったが、様々な協力者の支援、仲介によって、作品制作は成功したらしい。

しかし現在、釜ヶ崎は様変わりしつつある。住人の高齢化、空き物件の増加、インバウンド需要の高まりによって、星野リゾート参入(フェスティバルゲート跡地)に代表される観光施設が代わりに入り込んでくる状況となり、「なし崩し的に経済原理で」釜ヶ崎も急速に変容している。今はもうあの作品は撮れない、と森村氏。「レーニンさえ居ないだろう・・・」

都市が綺麗になり、地の住民がいなくなってゆくことについて話が及ぶ。

Chim↑Pom卯城氏が東京側の現状として、五輪に向けた都市の急激な再開発ラッシュに言及する。これまでにない勢いでのスクラップ&ビルドで、森村作品に登場した「いい顔」の釜ヶ崎の親爺のような、本来の当事者が排除、退場させられ、消費者のものへとすり替えられてゆく。渋谷川もお洒落に消費の場所となったらしい。都市は「公共のフリをして、マジョリティのものになっている」。至言である。

そこでChim↑Pomとして何か公共の場を再考できないか取り組むが、「どれだけパブリックを作っても、スペースを作っても、個人が面白くないとだめだ」「パブリックに回収されてしまう」。

森村氏「で、何したん? そこが気になる」

卯城氏「台湾のプロジェクトで、公道と美術館との間に「道」を作りました」。これは道を「育てる」と言うべきもので、公道も美術館もそれぞれがパブリックスペースに属するが、それぞれに別のルールが幾つも存在する。

bijutsutecho.com

このプロジェクトでは、この「道」では何をしても良いか、何はダメかということを議論、検討し、改めて「公共」を再定義していったらしい。例えばどういう形でなら飲酒は認められるか。例えば煙草はダメだがスモークマシーンは良いとか。そこには参加したアーティスト、パフォーマーらの存在が大きく関わっている。

 

こうして「パブリック」なる場についての再考や利活用に当たっては、「個」の存在、活動が決め手になるのではという1本の重要な楔が打ち込まれた。

 

再び森村氏の作品制作の話。街や風景を見る時に何を見ているか?

森村氏は「どういう”幻”を立ち上がらせることができるか」を考えているという。そして「それは人によって違うだろう、同じ建物を見ても、ある人は”これはいいカフェになる”と思い、ある人は”これを潰せばいい投資になる”と思う」「それもまた想像力だ」と、一般的な視座を踏まえた上で、「自分は街を良くしようなんていう大層なことは考えていない」と断り、冒頭のように「芸術家は、風景にいたずらをすることができる」と語った。

例示として、Chim↑Pomが2011年に渋谷駅構内の岡本太郎作品『明日の神話』に、無許可で作品の延長部分を作って付け足したことを挙げた。「太郎の壁画にチャチャ入れとったやん」「やったあ」「やれやれ!て思うたね」。つまりそういう「いたずら」を試みようとすること、それを試みた個人を許す社会、そういった多様性に関する度量が、本来、都市には求められているのではないか。

立派な建築や歴史(=昨今言われている”パブリック”)に対して、感心をしない、「いたずら」をするということが、芸術には出来るのだと指摘。

木ノ下氏「グラフィティのようにダイレクトに都市を書き替えてしまうのではなく、その風景の軸をずらすというか」

卯城氏「Chim↑Pomのエリィはあの時テレビの取材に『あれ(明日の神話)、あたしのだから』って答えてたんですよ」

パブリックな建築、芸術、空間は誰のものか? という問いである。「パブリック」と名乗りながら、皆が個人の自由解釈によって触れることは許されない。可能な人種がいるとすればアーティスト、作家などという種族ぐらいか。個による感性、その手に都市の「公共」を引き寄せることが話し合われる。

 

一方で、高岡氏は建築学の観点から、森村氏がヒトラー(独裁者)に扮した映像作品の制作舞台をを中央公会堂・特別室に選んだことには、空間に何らかの「芽」のようなものがあり、あてずっぽうに作家の自由に遊んだわけではないだろう、と鋭い指摘がなされた。

中央公会堂は一般的には、実業家個人(岩本栄之助)の寄付によって建設された歴史が称えられている。が、方や戦中には大政翼賛会の集会が催されるなど、単に大阪商人・民の手による歴史だけでは語れない面もあるという。そして、特別室の独特な和洋折衷の空間は、天井や壁面に描かれた日本の神話世界の絵を、静謐で緊張感のあるものへと押し上げているが、明治から大正にかけての日本の非常に複雑な感性、状況をも表わしている(西欧への憧れか、日本伝統への回帰か)。

作家をヒトラー(独裁者)たらしめ、地球儀をもてあそぶシーンを撮らさせた、何か異様な「芽」のようなものがあるのだろう。

その「芽」の気配、妙な存在感や地場の揺らぎが聴こえる人種は、限られている。まさに、魔女だ。優れたアーティストの資質としか言いようがない。優れた写真家は皆、そのような活動をしている。

 

「歴史的とかで手垢の付いた公共の空間を、個人の手に戻すこと」トークの決着としてはそのような話となった。

ただしその実現には、木ノ下氏の言うように「アーティストの職能」が不可欠だ。それがなければ単に人が集まって、場を「消費」して終わる。もしくは使い道がないとなると、行政などはすぐ解体工事にかけてしまう。「使い道が無いならとりあえず置いておいたらいい。必要になったら使えばいい」「”とりあえず”というカジュアルさが推進力になる」、そのしなやかな態度を可能とするプロが、アーティストという職能集団なのだろう。

真逆にいるのが行政、政治家やゼネコンなどだ。法令に従って動く、または法令を作るため、都市を動かし生み出す立場にあるが、「とりあえず」な感性は許されない。ただ何となく物件を置いておく、ということを許さない。強迫観念のように「有効」「活用」「効果」「改革」などの呪文に強烈に呪われながら仕事をしている。彼らは呪いから自由になれる日が来るだろうか? その日が来なければ「公共」もまた呪われたままだろう。

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前半で流された映像は以下の通り。 

①『喜怒哀楽をふところに』(1998)

②『烈火の季節 / なにものかへのレクイエム(MISHIMA)』(2006)

③『なにものかへのレクイエム(人間は悲しいくらいにむなしい 1920.5.5-2007.3.2)』(2007)

④『なにものかへのレクイエム(独裁者を笑え)』(2007)

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時間がないのでとにかくメモだけup。

現代の都市論とは、人称代名詞の議論であることが分かった。

ハードウェアや都市計画の観点というより、個々の場所に設定された属性や役割について、誰が何のためにその場を設置したのか。誰のための場所なのか。所有格と目的格を巡る議論である。多様化された社会とは、人称代名詞が限りなく細分化されるとともに「個」の1つ1つの点が強度を増すことでもある。「公共」とは誰のためのものか、マジョリティか、想定された理想的に安全で従順な市民のためか。都市は誰のものなのか。

( ´ - ` ) 完。