写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【写真展】越沼玲子「古くからある山道」@大阪ニコンサロン

【写真展】越沼玲子「古くからある山道」@大阪ニコンサロン

奈良県春日大社の東の奥には春日山原始林が広がる。1100年以上昔の平安時代から、聖域として狩猟・伐採が禁じられてきた。山は、深く豊かな自然を湛えるとともに、人々の仏教信仰の場でもあった。

 

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【会期】2019.3/14(木)~27(火)

【時間】10:30~18:30(日曜休館 / 最終日15:00)
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私は作品を何でも言葉に置き換えていく性質の人間だが、それでも言葉にしたくないタイプの作品がある。その土地の空気や土を、そのままに差し出す展示については、余計な言葉を加えたくない。越沼氏の展示はまさにそれで、現地の山道の息吹に居合わせているような感触がある。

作者自身も、言葉や情報で本作の舞台となった「山」が持つものを、言葉によって同定したくなかったのかもしれない。作品に関わるキャプションなどには、この土地がどこなのかは言及していなかった。

が、非常に身に覚えのある風景だった。妙に体にしっくりくる湿度だ。奈良県和歌山県のどちらかだろうと感じた。大峰や熊野古道に通じる、温かみのある山道である。起伏はあまりないが、等身大の目線で平たくどこまでも続く山、という世界。あとで話を聞いてみたら、やはり奈良だった。非常に納得した。

 

同じ山でも、北・中央アルプスなどは、自然が人を圧倒するのだが、滋賀、奈良、和歌山あたりの山は、大らかで懐がひたすら広い。まさに春日山は、地図を見る限り、人と距離が程良く近く、東大寺あたりから歩いていけば立ち入ることができる。こんなに身近なところに異世界があったとは知らなかった。古来より人々は、好んで人里から山中へと分け入り、山の中の形なき木々や岩の模様などから仏の姿を見出しては、石に彫り付け、祈りを捧げてきたのだろう。今では信仰者の往来は絶え、作品のとおり、人の代わりに神獣であるシカがひっきりなしに往来している。

作者は何度も泊まりで通ってこの地を撮影した。偶然出会って、何か直感的に気に入り、撮影することにしたらしい。津田直も《エリナスの森》の舞台・リトアニアとの出会いについて、全く同じことを言っていたので、作者とテーマの関係とはそういうものなのだと実感する。

作品を見ていると、作者は呼吸をしたり、歩いたりするのと同じような感覚で「撮って」いる感じがする。像の描画が比較的甘めだったりブレているのは、この山中の古道を往来する者の眼であるからだろう。

山道が続く。誰がいつこんなに長い道を作ったのか、こうして石畳を敷いたのか、つくづく謎である。熊野古道を歩いた時にも疑問だったが、本作でもやはり謎である。人は山なしには生きていけず、そこに立ち入っては少なからぬ時間を過ごすことが不可欠なのだろうと思った。

程良く湿った土、濡れた岩肌、薄っすらとかかる靄などを見ていると、日本の山の豊かさに気付かせてくれる。フォトジェニックな風景写真が切り捨ててしまう、滋養である。

 

本作では、鹿、木々、石仏など山中の世界と、麓の田畑や農家の倉庫、茶屋など、人々の暮らしとがシームレスに語られている点が素敵だ。作者の眼は、自然の豊かさをしっかり見つめつつ、それらを決して美化しない眼なので、こちらも山を作品を通じて二次的に山を歩くことができる。

 

( ´ - ` ) この山行きたい。。。

 

( ´ - ` ) 完。