写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【写真展/トークショー】岩根愛×町口覚「KIPUKA」@大阪ニコンサロン

【写真展/トークショー】岩根愛「KIPUKA」@大阪ニコンサロン

H30.12/1(土)、写真集「KIPUKA」(キプカ)のトークショーが催され、写真家・岩根愛と、造本を担当したデザイナー・町口覚がマイクを握った。12年をかけた取材、約6万枚の写真から選び出された本展示と写真集について、世界観やセレクトの意味が語られる。

 

以下はトークの内容を踏まえながら順不同で書きつけてゆく。

タイトルの「KIPUKA」(キプカ)とは、ハワイ語で溶岩流に囲まれて島のように取り残された場所、森のことを指す。破壊的な火山活動の中で生き残り、次の世代へ継がれる生命の森となる、象徴的な場だ。地学上の言葉に留まらず、本作では人々の営みが、いかなる状況にあっても生き続けてゆくことも意味している。

2006年からハワイに通い続ける岩根氏は、撮り溜めてきた6万枚を町口氏に「はい」「これでやって」と渡し、町口氏「おいこれどうしろと」「ひどいですよ、わからんとですよ」「しょうがねえ仮説組んでやってくしかない…」と、写真を身体化すべく消化・吸収し、仮説検証も悩ましく、徐々に遅れてゆく状況の中、作家は更に現在進行形で撮り続け、作品が追加されるので、完成は更に遅れ、きわどい時期になっていたという。

10月下旬からは展示スケジュールが立て続けで、新宿と大阪のニコンサロン、東京のKANZAN GALLERY(馬喰町)、KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHY (西麻布)とほぼ会期が重なり、同時展開となっている。会場ごとに見せ方、ピックアップされているテーマが異なるらしい。
それほどに「KIPUKA」の射程は広く層が厚い。歴史的、地理的な広さと奥行に加え、技法も、被写体のセレクトにおいても、並の作家が1つの作品・成果として発表する規模のものが、いくつも集まって島のようになった集大成が「KIPUKA」だ。鑑賞者は複数の会場や写真集、トークといったメディアの広がりを通じて、作家がフィールドワークで獲てきた時空間を歩き回ることになる。

 

時間軸と空間軸を意識して構成された本作では、物凄く雑に言うと以下のような「過去―現在」と「日本―ハワイ」との二軸四象限マトリクスを成している。

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正確性はともかく、ざっくりこのようであり、それぞれのセグメントの間に往還をもたらしたのは、移民最初期からの過去においては盆唄(盆踊り)に代表される日本文化、現在においては、各地で定期的に行われている交流会や、311震災後のハワイによる福島被災者のホームステイ受入といった活動、そして岩根氏のような作家らによる写真・映像活動と言えよう。さらに言えば作家による活動は過去軸をも取り込んで現在との繋がりを再考させ、可視化する。

しかし岩根氏は文化事業をやろうと思ってこの取組を始めたわけではない。作家の心を捉えたのは、最初の訪問で触れた「ボンダンス」、第一世代の移民たちが日本から持ち込んだ「盆踊り」であった。お寺などと共に心の拠り所として親しまれたもので、長い年月の中で形式やビートは現地風にアレンジされている。日本と違って単なる町内の祭ではなく、先祖供養の儀式として毎年夏季に寺院で灯篭流しと共に行われているものだ。

 

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全国の30曲ほどの盆唄が移民により持ち込まれた。中でも福島音頭は人気が高いという。これが長年にわたって写真家の足を運ばせる引力となった。人々が踊る写真からは場の熱気、夜の闇の濃度、この世にあらぬような色の立ち込め、妖艶なエクスタシーすら感じる。遠く離れた異国の島で流れ、現地住民を踊らせ、会場を満たす福島音頭。これがハワイと日本・福島とを結びつける物語の骨子となっている。

会場の構成においては、ハワイの自然と墓、現地人とボンダンス、移民の歴史へと辿り、当時の移民一世の集合写真(縦横比1:9の360度・モノクロパノラマ写真)を経て、最奥の壁では破壊された風景:溶岩流に覆われたハワイの移民の墓と、震災の後も帰宅困難区域として放置されている福島県双葉町とを、同じ比率の360度パノラマで展開する。そして折り返しの壁面は日本の福島へと接続され、双葉町の住民らが避難先で復活させた盆踊りの光景、ひょっとこ踊りとお面が闇に浮かび上がり、最後の1枚だけは再びハワイに戻り、海を化石にしたように固まった溶岩流の中で咲く緑、キプカの一枚で、再生の意を込めて締め括られる。

ハワイのボンダンスから福島の盆踊りへとバトンを受け渡す重大な役目を、ひょっとこ踊りの写真が担っている。町口氏によれば、膨大なストックの中でも福島の撮影は比較的新しい取り組みのため、福島を「想起」させる写真がなかった。説明文を用いなくても、観客が没入でき、ワッと沸き上がるようにして作者や被写体、テーマの言わんとするイメージと混ざり合えること、それが想起である。ハワイの歴史から日本の福島へとイメージを繋げられるものとは。町口氏が「これだ!」と発見したのが、踊り続ける中で自我を失い、トランス状態の中でいつしか先祖と繋がってゆく、ひょっとこ踊りの写真であったという。

 

このように「KIPUKA」の全ての写真とその構成には意味があり、流れを持っている。

非常に特徴的な縦横比1:9のモノクロパノラマ写真が目を引くが、これは移民たちが、葬儀やお寺の会合、相撲や野球、厄年パーティーなどのイベントのたびに撮影しては、日本に送っていた写真に基づいているという。コダックの「サーカットカメラ」という非常に特徴的な機材で、蛇腹の大判カメラを支える三脚の台座が360度回転し、装填するフィルムも特殊で1本につき1枚のみ、20㎝×200㎝に及ぶ。岩根氏の尋常でない熱意は、現地人から借り受けた故障のサーカットカメラを2年越しで復活させたり、日本に送られてきたパノラマ写真がどこかにあるはずだと捜索し、その所在を突き止めて複写するところにまで至っている。結局それを見つけたのは山口県周防大島の沖家室島(おきかむろじま)にある薬師堂に飾られていたものだった。

 

繋がりに次ぐ繋がりが「KIPUKA」を作り上げている。今年2018年の5月よりキラウエア火山が爆発的噴火を起こし、民家にも被害が及ぶ事態となったことが、写真集制作の真っ最中にも作家を再びハワイへ走らせた。その恐るべき地球の脈動の様子が、写真集の冒頭にて紙面を思い切りよく割かれている。2006年、2014年、そして今年の島、噴火、溶岩の動きがダイナミックに生命として捉えられている。

町口氏は一度、自身の仮説でマケット(模型、ダミー)を組んで岩根氏に見せたが、リアクションの薄さを受けて再考したという。その時は岩根氏が写真集の始まりにと推す「移民の墓」の写真を基にして、移民一世から連なるストーリーを仮説した。ハワイ島にはかつての移民の墓が人知れずあちこちに埋もれており、岩根氏は2006年の初回来島時には始まりの一歩として、高速道路の脇の藪の中に埋もれた墓を撮り、その後全島を駆け巡っている。しかしストーリー再考に迫られた町口氏は「人間ではどうにもできないものがあるじゃないか」と、自然、すなわち火山・溶岩の写真を盛り込んだ。なんと、当初の再考案では現在収められている倍ぐらい火山・溶岩のカットが続いたらしい。水の中に飛び込んで被写体、作品世界と混ざり合うぐらいの体感を、本でやろうとしていたのだ。

 

被写体やそのルーツについてディテールを語り続ける岩根氏を、途中で、町口氏が遮った。「これは学術書じゃないんだから、そんな説明は要らないんだよ、想起させなきゃだめなんだ!」

このトークではまさに写真家とデザイナーの立場、種族の違いが明かになった。写真家という人種は、ストッパーの外れた地質学者かハンターのように無限にこだわり、映像を狩猟する。作品世界の裏側、中の中、地理や移民の歴史、関係者一人一人について、半ば無限に語ることができる。一方で町口氏は、同時並行しているon of themの仕事の中でバランスを取りながら、作品を観客・読者の手元・目に届け、伝えるミッションがある。「俺がまず最初のお客さんでもあるんだ」「言いたいことを全部言えば良いというもんじゃない、それをやりたければ映画をとれという話になる」と、「想起」させることへの思いが語られた。語ることと、語らずに想起させることとの対峙。面白く、スリリングだった。

町口氏は政権批判を軽妙に織り交ぜつつも、溶岩と灯篭流しのシーンを大量に入れて岩根氏に「多すぎ」とカットされたエピソードを語り、会場の笑いを誘った。そうしてトークは終止和やかに運ばれた。しかし二人の語った世界観は、物理的な目標地点としては合致しているが、町口氏が「多分この人は命を懸けて写真を撮る人でしょう。共感は出来ません。けれど全身全霊を懸けて作りました。」と締め括ったように、生き方、命のあり方の違いそのものであった。

トークを聴いた後は、体が引き裂かれたようになり、帰路でメモをまとめることもできず、帰宅後も全く書き出せずにいた。二つの重力源を体に入れてしまった。

驚異的、偏執狂とも呼べる集中力と取材力を以て語り続ける写真家・岩根氏と、あくまで「手に取るお客さん」の視点を以てデザイン・編集を行う造本家・町口氏との、全く異なる相の視座が、私の中で両方立ってしまい、動けなかった。

岩根氏は無限に作品の細部とルーツを語る。古いパノラマ写真に写された日系移民の個々人の顔と名前を把握していて、まるで全員が自分の親族か同僚のようにその系譜を紹介する。現地での滞在は単なる取材の域を超えている。本人のバイタリティーもさることながら、人との繋がり、縁というべきか、半ば運命に近い力が作家を動かしているのだろう。そうとしか言えないものがあった。2011年の震災・原発事故後に、ハワイ側が一千万円近い負担をして、日本の避難者をホームステイに受け入れるという取り組みが催された。招待された若い子らは祭りの会場でも隅の方で大人しくしていたらしい。それが、福島音頭が流れるや否や、体が反応し、スイッチが入って、躍り出た。岩根氏は、その瞬間の光景に深い衝撃や感銘を受け、忘れられず、本作の活動を本格的に取り組むこととなった。

 

ここまで全力で生きられるか?と問われているようでもある。ここまで生きたことはあるか?と問われているのかもしれない。移民たちに、双葉町の住民らに、岩根氏に。 

ワイ島民そして福島の住民が踊りに興じている写真は、色濃く深い陶酔感に満ちていて、ずっと見とれてしまった。町口氏が「凄いね、もうこれレイヴだよね」と称した通り、そこには常軌を逸した瞬間があり、レイヴの原初の力が見えた。民が、日々の制約から解放され、身体を自分のものとして取り戻す。更には、体からさえも自由になる。レイヴとはパンクを超えて刹那的に自由な瞬間だ。実感を込めて申し上げるならばこれほどのエクスタシーは生きていてもまず滅多にない。ないのだ。知っている。私たちの暮らしにどれだけの快楽の光があったか思い出すことは出来るだろうか? だが優れた祭り、ビートはそれを可能にする。だからこそドレイ同然の扱いを受けてきた移民たちはそれを日本から受け継ぎ、命を繋ぎ、そして現代まで受け継がれてきたのだろう。快楽は血や肉そして共同体にすら刻まれる。

移民、歴史、国際交流、福島、自然災害、人災など、多くの困難な今日的なテーマと密に絡みあった作品だが、その困難の中で、民がこれまでいかにして自由の瞬間を掴み、生きてきたかを語っているように感じた。その意味で、この作品については多くの社会性を以て語ることが可能だけれど、社会性を超えて人間の本能に訴えかける作品だと思った。それは生命力、希望だ。

 

 

一点注意しておくと、写真集は、本展示の構成と全く異なる。別世界と言ってよい。私個人の体験では、写真集の方が遥かに深く、体を入れることが出来た。

町口氏の言うように「想起」、水の中に浸かっていくように作られている。それはこの地球の胎動、息吹から始まり、存分に感じさせてくれる。風の流れ、炎の熱さ、夜の闇の深さ、祭の狂喜を体感させられ、改めて町口覚ファンになってしまった。

 

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 ( ´ - ` ) 完。