nekoSLASH

ねこが超です。主に関西の写真・アート展示のレポート・私見を綴ります。

【ART】2025.12/13-2026.3/8「拡大するシュルレアリスム」@大阪中之島美術館

「シュルレアリスム」の波が、時代とジャンルを越境して及んでいたことを、広く分かりやすく提示する。

逆にシュルレアリスムは「なんでもアリ」に見えて混乱してきたので、いったん整理します。

しかしその中でも、オブジェ、絵画、そして写真は、よかった。

代表作の集中しているオブジェ、絵画の章は撮影可の作品が少なく、本記事で紹介する会場写真はごく断片的なものであることを断っておく。

「シュルレアリスムとは何なのか」を具体例を示して網羅する展示。「オブジェ」「絵画」「装丁(文学)」「写真」「広告」「ファッション」「インテリア」の7分野にわたることを示してくれる親切設計、説明も豊富で、とても分かりやすい。歴史上代表的な人物の作品も多数あり、デュシャン、ダリ、マグリット、マン・レイ、マックス・エルンスト、ジョゼフ・コーネル、アンドレ・ブルトン・・・。

 

それはよかったですね。はいよかったです。

で終われるかというと、どうも気持ちが悪い。なぜなのか。

 

領域を広く眺め渡し、それぞれに特徴的・代表的な作品が示され、分かりやすく全体像が示されたことで、却って分からないことが増えた。「これがシュルレアリスム」という基本イメージみたいなものがぼやけて、「なんでもアリ」に見えたのだ。

これを満たせばシュルレアリスムだ、この様式に則ったからシュルレアリスムだ、という共通項、軸のようなものが、あると思っていたのに見失ってしまった。これは展示が悪いのではなくむしろ思いもよらぬ展示の効能である。

 

結局シュルレアリスムとは何だったのか? 

 

この奇妙な直感に応える一節が展示図録にあった。石井祐子「シュルレアリスムの絵画、その<脱走>と拡張」から引用する。

こうしてあらわれた「シュルレアリスムの絵画」が、美術史の言説の中で固有の位置や価値を認められるまでにはさらなる時間を要した。その理由はいくつかある。シュルレアリスムの外部からみれば、それが様式的なまとまりをもたず、文学的すぎるということ。一方、運動内部からみれば、それはそもそも従来的な「絵画」というジャンルの超克をめざすところからはじまっているということ。

(中略)だからこそシュルレアリスムの造形論は、スタイルではなく効果について語る。(中略)こうしてシュルレアリスムの絵画は、従来的な主題や技法、様式といった枠組みだけでなく、その素材や媒体の固有性から全力で出奔するかのように、「絵画」というカテゴリーを内側から食い破り、拡張してゆく。

中略箇所ではピカソの超域的な活動と精神を讃えており、この次の段落からはマックス・エルンストの超域的な活動としてコラージュ、フロッタージュ、デカルコマニー、オシレーションなどの造形技法の多様化と拡張について述べてゆく。シュルレアリスムという特定の様式があるのではない、様式からの超克、脱出こそがシュルレアリスムなのだという。

私が無意識のうちに念頭に置いていたのはダリやエルンスト、マグリット等の、無意識と夢からインスパイアされたデペイズマンの絵画だった。それらは確かに代表例であり、核をなす世界観だったのは間違いないが、必ずしも彼らの作風がシュルレアリスムの様式として参照・踏襲されていたわけではなかった。特に第1コーナーが「オブジェ」でデュシャン、マン・レイが来たことが大きな揺さぶりになった。

自由度が高いというか、「これ」がシュルレアリスムだという決定的な要件が分からなくなったのだ。

 

改めて見ると、理屈では理解していたはずのアジェの写真が、シュルレアリスムの文脈で評価されていることの説明がよく分からなくなり、デュシャンのオブジェ群も分かるようで意味不明になった。実際、第1コーナーでデュシャン《瓶乾燥器》《折れた腕の前に》《罠》《帽子かけ》といったレディメイド作品に直面すると、なるほど「超現実」とは人間の認識や観念を超えたところのオブジェクト操作、実在論への一手なのだなと実感する反面、やっていることは《泉》と同じ路線の戦術、すなわちモノの役割・文脈の切断と再配置によるオブジェ化と、伝統的な価値評価へ投げ掛ける挑発と破壊であって、それがシュールなら現代美術は何でもシュールということにならないか、などと大いに戸惑わされた。

 

さらに悩ましいのが、デュシャンにせよダリにせよ、シュルレアリスムの代表者として語られる反面、本人らはシュルレアリスム運動から身を引いていたりするのだから、ますます何を以てのシュルレアリスムなのかが分からなくなった。

デュシャンなんかスタートアップ時からブルトンの誘いをかわしててシュルレアリスムに組み込まれまいとしている。オブジェ作品が異色というかシュール以上のものであるのも納得だ。結果、シュルレアリスムの一員という枠組みを遥かに超えて「現代美術」の転換点そのもの、定義そのものの存在へ昇華したのだから戦略眼がやばすぎる。

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そしてもっとややこしいのが、こういうシュルレアリスムの旗手はだいたいそれ以前のダダイズムでも有名人で、そしてダダイズムとシュルレアリスムで作品における決定的な違いがどこにあるのかがよくわからない。

ダダイズムはWW1中に起きた(1918年「ダダ宣言」)、それまでの「理性」と芸術への絶望と反発から、様式の徹底的な破壊、無意味さへの加速を試み、文脈や意図、意味の切断と再配置・再構築を行った。コラージュ、無意味な羅列、予期せぬイメージの発生。そして地域特異性と短命さ。

シュルレアリスムはダダの成果の後に来る。1924年、アンドレ・ブルトン「シュルレアリスム宣言」でそれは謳われる。フロイトの成果をも取り込み、無意識、夢、人間の精神へのアプローチを積極的に進めた。

・・・というのが教科書的な特徴ではあるが、ダリやエルンストぐらい象徴的な作家は分かるが、デュシャンやマン・レイは活動が両者に跨っていて明らかな差異が掴めない。本展示の構成としても、ダダイズムとの差異についてはあえて触れておらず、むしろダダイズム期の作品といえるものも同列に並んでいた。

 

つまりシュルレアリスムもダダイズムも、端的には「運動です」ということになる。

アート、美術の「作品」「作家」が好きになればなるほど、ピントの絞り込み先が狭くなって、解像度は上がるけれども、その時々の全体像としての雰囲気やムーブメントを見失っていた、「運動」という視点を度外視していたと知る。

 

図録のテキストから興味深い一文として、松岡佳世「オブジェにご用心」の一節を引用する。

だが、オブジェはただ表現媒体の間で曖昧に漂っているだけの存在ではなかった。その制作が最も盛んに行われたのは、1930年代、シュルレアリスムが政治的色合いを濃くしていた時期であったことも忘れてはならない。ブルトンやアラゴン、エリュアールらは、1927年に共産党に入党を果たしている。彼らは、人類のごく少数が他のすべての人間を陥れ虐げている世界の不正に対峙し、提示された数々の指針の中でも、当時最も有効性を持つと思われたマルクス主義的計画に、「世界を変革する」ための拠りどころを見たのだった。

既存の・過去のスタイルと権威に対する反逆や逸脱は既にダダイズムで実践されたとしてもなお、「芸術作品に与えられた伝統的な地位や、作品を投機の対象としてしか見ない芸術の資本化への反抗、作品や芸術家を偶像視することへの懐疑の態度を示し続けていく」として、シュルレアリスムの作家らは「特別な材料を用いずとも、誰でもいつでも手に入る日用品を使って制作できるオブジェ」を用い、反抗を行ったのだ。

 

だが展示の広範囲を見渡す視座によって明らかになったのは、シュルレアリスム勃興期から時間が経てば経つほどにそれは反抗や変革から遠退き、シュルレアリスムというスタイル自体が逆説的に繰り返されてゆく様子だった。後半の「広告」「ファッション」「インテリア」の章でその傾向は如実で、WW2後は大人しくなっていく印象を受けた。嫌味な言い方をすれば、シュールの典型例が既知のものとして学習され、消費者向けデザインの有力ないち形態となり、様々な分野に適用されるようになったといえる。「運動」の熱が冷えた分、何とでも、何にでも引用でき転写できるようになったのだ。1920~30年代の主力選手も高齢者になるとさすがに・・・だ。

しかし「ファッション」の章で、シュルレアリストにマネキンやトルソーがモチーフとして好まれたことを語るために、アジェの写真が投入されていたのが面白かった。もう一つ「インテリア」の章でもアジェの撮った店内の写真が証人として用いられていた。そこで持ってくるんやと、逆に新鮮な。

ヴォルスの写真も同様の引用がなされたが、そちらは作品としてシュールな造形を撮っているのに対し、アジェはシュルレアリストではなく、シュールな作品の制作のために撮影しているわけではない。素材用に販売するためにパリの街を撮っていた、という徹底的な意図・作為の無さが、写真機という記録メディアの性質と相まってシュルレアリスムの文脈にて評価されたわけだ。

にしても「写真」の章では、アジェ自体そこには入っておらず、シュールの枠組みの代表例としてマン・レイ、ヴォルス、そしてモーリス・タバールやヘルベルト・バイヤーなどが列挙されるにとどまった。なぜアジェはシュルレアリストではなかったのにシュルレアリスムの文脈で語られるのか、という問いから逆照射してシュルレアリスムというものの本質を語るとか、あるいはシュルレアリスム勃興期・白熱の中で「写真」はいかに評価され期待されていたかをアジェを例に考察する、といったことはなかった。

ラウル・ユバック《ペンテレイシアⅤ》がクールで美しく、出会えてよかった。これが私のフェティシズムを刺激する理由はまた考えたい。

 

個別具体の深入りではなく、いかに「シュルレアリスム」という「運動」が広範に、ジャンルと時代を横断して世界に影響を及ぼしたか、ということが分かったので、それでよかった。このパワーの根源には、詩とオブジェがある。言葉だ。その起点がもっと強く体系として示されたらと思う。ジョアン・ミロもルネ・マグリットもあの妙な形、妙な配置は、虚空に屹立する言葉の片であり篇の柱の力を用いている。「装丁」の章で、言葉、詩の中身に更に踏み込んだ展示だったら良かったのだが。個々の解説と会場の壁に貼りだされたキャプション、引用文が詩的要素を担っていたが、もう何歩か。

しかしやはり絵画、オブジェ、そして写真の「シュルレアリスム」は非常に心に刺さった。そこが核心部なのだ。世界の異才が結集した感がある。よく知っていて見慣れているがゆえに改めて現物が感覚を再起動させ、再読み込みでリフレッシュさせるというのもあるし、ぼやけた印象しかもっていなかったところに本物がやってくることの力は絶大である。

オブジェは現物でないと理解できない。今回は特に、デュシャンが天井から吊り下げられ、上下左右を失い、壁に影が伸びることで、その姿・形そのものが観念を超えた「超現実」への手引きをなしていた。正対して平面的に収められた図録的な姿ではなく、3次元+αの空間にあるもの、捉え難き多くの面を持つものとしての振る舞いを見せた。

 

写真。マン・レイはいつ見ても良い。《不滅のオブジェ》は記憶の中、印象のもとにあるオブジェの方が大きくて存在感があった。生で見るとメトロノームに工作を施した装置だなというだけの印象で意外に小さく見えた。これが脳裏で無限に増幅してゆくときに力を発揮するのだ。写真は逆に、生で見て噛み締めるのが良かった。「レイヨグラフ」などとわざわざ名乗るだけあって、光の魔術には酔わされるものがある。

そして、《解剖台のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会いのように美しい》、シュルレアリスムのコア・コンセプトともいうべきロートレアモン詩集「マルドロールの歌」の一節をそのまま題名に、そしてオブジェ配置した作品とは恐れ入った。白地と黒地の交錯・対比、影の有無、現実感の喪失が演出され、物体が光芸のもとで超意識の領域に遊離する。意識が遊離させられるのか。凝ったデジタル技術の編集を加えずとも、むしろ銀塩写真の光と闇にこそ異世界へ意識が誘われる力があるということに、深い感銘と悩ましさを覚えた。

 

( ◜◡゜)っ 完。