「本展は、8年前から折に触れ撮影してきた、ひとりの友人に焦点を当てています」
ステートメントを読み、展示を見て、頭をひねって、何度かステートメントを見直したが、やはり冒頭には「一人の友人」と書いてある。だが展示作品は複数の人物が特集されているかに見えた。複数の関係者の証言や記憶を拾い上げ、繋ぎ合わせて「ひとりの友人」を立ち現わそうとしたのだろうか?
そうではなかった。実際これは「ひとりの友人」に他ならない写真だった。ただ、撮る・撮られるの関係で年月を経るにつれて、彼の風貌、雰囲気が変化していったために、写真はまるで別の人を写り渡っていったかのように見えたのだった。
被写体となっている彼の名はMitzki(みつき)、ミュージシャンであり、「Von-fire」というヘヴィロックバンドの主宰者である。
写真作品はポートレイトというよりもフィクション性があり、物語の雰囲気が漂う構成となっていて、具体的な固有名詞や人物像は明かされていない。写真集を読み進めていったり作者と話す中でそうしたプロフィールが判明する。展示は「彼」のカットの合間にモノクロームの草花や雑踏が挿入され、そこにはむしろ写真家の側の呼吸が息衝いている。名もなき草が足元を覆うところ目を向ける、そこに「世界」を見出すのは、紛れもなく写真家の呼応がある。
だがステートメントには「彼」の生き様として思春期のトラウマや音楽表現活動のことが触れられており、完全な創作というわけでもない。写真に写された「彼」の根底にあるもの、自己表現の発露がある。モノクロームの夜の始まりのように。
つまり本作が生まれたきっかけとしてはドキュメンタリー的な、真実に基づく「彼」の具体的な人物像や過去の来歴があった。しかし写真家と「彼」は具体的事実をなぞるのではなく、写真の中でこそ表現可能な、演出も含めた表現世界を目指して模索していったことが分かる。音楽活動・バンド活動と対になるかのように、写真という舞台でステージを組み、振舞いによって「演」じていった。それが本作の構成である。
メインとなる、肖像と英字新聞とを合わせて露光・プリントした作品群は、照明やスモーク、ポージングが相まってライヴ感を伴い、「彼」が自己の具体性を超えてより高いところから匿名性を獲得する――具体的な生活者から表現そのもの・音楽的な存在へと達するよう、二人で挑んだものであると感じられる。
このことは「彼」自体が、写真を表現手段として捉え、写真というステージでいかに自己表現を成しえるかを強く意識していることが感じられるためだ。
様々な事情、出来事、不具合などが絡まり合いつつも、音楽という表現に生きることを都度選んできて、「彼」がここにいることが分かる。写真家はそれに都度、応えた。
ステージで光を浴びる人間は、等価交換として、世界/不特定多数の他者に自分の光を内側から発して浴びせかけなければならない。それが成立するのがライヴである。光の交換をステージ上のライティングだけでなく、写真という媒体の内によっても試みたのが本作なのではないだろうか。暗室ワークによって生み出された多重露光の夜がそのことを物語っている。
結果、通常の、人物を手本通りに美しく撮るポトレとは全く異なる方向へと創作を進めていったこと、結果、ポートレイトという枠組みでは捉え難いほど混然とした要素を孕んだ撮り方になっている。それは、本作の豊かさだと思う。
純度の高い規範的なポートレイトも否定するものではないが、むしろ混然とした、何が写っているのかよく分からない方が「写真」としては正しくて、多種多様な像、陰影によって像が揺らぎ、そこにいる誰かが時に一体誰なのかを同定しづらくなることも、大いに正しい。何故なら明確にして判然とした「私」を、いつも標榜し続けられる、強くて美しくて正しい人間の方が、圧倒的に少数だからだ。
多くの人間は「彼」や作者のように、不明確で不明瞭な中で、揺れ動きながら自己を表現している。それが冒頭に書いた、「彼」の同一性の揺れ、複数性への揺れであり、それら一切を含めて「ひとりの」彼であり、私達なのだ。
写真もまた然りだ。そのように、私は思う。
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エモーショナルな(エモい、とは全く異なるもの)作品ゆえに、エモーショナルから応答して書いてみました。衝動から書くというのが時に必要なんすよ。
さて作者氏は自宅に暗室を構え、暗室ワークによってこれらの多重露光的な作品を制作していたわけですが、なんと写真・ネガをモチーフにしたアクセサリーも手掛けている。スゴイ! ナンデモデキル人だ!
一番すごかったのが金属ワイヤー?をぐるぐると巻き付けて放射線状の波を作り出し、千切った写真と英字新聞と組み合わせていた作品。コラージュと言うには理路整然としており、写真でも彫刻でもない造形物を何と呼べばいいのか。これもまた内側から発せられる「光」である。波長を伴った光の躍動そのものを強く形にした造形イメージ。この路線もシリーズで世界観を追ってみてほしい。
( ´ -`)ノ 完。
( ´ - ` )ノ