nekoSLASH

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【写真展】R4.8/19~30、9/9~20「input × output 友長勇介・西川善康写真展」@gallery176

「gallery 176」運営メンバーの写真作家2人(友長勇介、西川善康)が、各自のinput(撮影)した写真を、交代してoutputする試み。

自分の撮った写真を、他の写真家にセレクトからプリントまで一切の判断を委ね、それをお互いにクロスさせるという、写真をやっている身からすると非常にスリリングな企画だった。

 

【会期】R4.8/19~30(前期)、9/9~20(後期) 

 

私が展示を訪れたのは後期で、全18作品のうち前期と同じものは1点のみだった。東京の作家を招聘する予定が急遽延期になったため、この展示を延期(追加)したという。偶然ながら、私は本来の会期には行けなかったのでこの措置は有難かった。

 

「どちらがどちらの作品」というのが言い難い企画(ある意味どちらもどちらの作品とも言えるしそうとも言えない)だが、会場向かって左の壁が西川善康の撮影した作品、右の壁が友長勇介の撮影した作品であり、正面には二人の撮影したカットのベタ焼きが展示されている。

 

西川善康の撮影した写真は、京都の寺社の庭園と天王寺公園が舞台となっている。撮影はモノクロフィルムで行われた。

枯山水と、森の木の合間から通天閣あべのハルカスが姿を覗かせるカットが並ぶ。西川は大学で造園を学び、写真作品においても日本や台湾、フィリピンの公園を扱っている。

それら過去作品を収めたフォトブック『マチノニワ』シリーズを見ると、多くは「公園」という空間や建物、遊具などを一定の距離から90度真横から撮っている。唐竹割りのような特徴のある撮り方である。

だが本展示ではもっと撮り手の身体性が見られる。石や木々、木々の間から垣間見える建造物を「見る」という能動的な動きのあるカットが選ばれているように感じる。

また、プリントの焼き具合は暗く、実際の公園・庭園の景色とは異なる。写実性や記録性よりも、スナップ写真表現の文法としてあるべき濃度、黒さが志向されている。庭・公園のフォーマットよりもスナップとしての文法をゆく写真、これは友長勇介作品のテイストを知っていると納得しかない。

 

本来の西川善康作品は下記リンクで見られる。セレクトとプリントのテイストがまるで違っているのが面白い。

176.photos

 

 

次は逆に、友長勇介がデジタルカメラで撮影した写真を、西川善康がセレクト・RAW現像・プリントした作品を見てみよう。

カラーと白黒の2段構成というユニークな展示だ。

デジカメなので元データは全てカラーである。あえてモノクロを加えたのはまさに「やってみた」、写真行為プロセスの途中で役割交代した際に生じるズレや変化を確認・提示するためだろう。

 

友長作品はまさに、森山大道らスナップ写真家の系譜に連なる、黒く濃くざらりとした深いコントラストと、日常を擦過していくような撮り方が特徴である。しかし西川のセレクトとプリントによって、まるで別人のようにフラットな画角と色味、濃淡で出力されている。特にカラー作品は、大阪の様々な地点を客観的に記録するような、西川色が強く表れていて、最初に見たときには友長勇介の撮影したものと思えなかった。

 

176.photos

 

 

モノクロ写真の方も、一歩引いているカットというか、本来なら(友長勇介なら)もっと対象に寄ったり斜めから迫ったり、粗く濃く仕上げたりと、こちらが座って見ていても「眼に迫ってくる」映像に仕上げるであろうところ、何歩か手前で行為を終えているところが面白かった。

 

西川曰く「前期の作品では友長氏寄りに暗めのプリントにしたが、今回はあえて、友長氏なら選ばなさそうなカットを選び、自分の色合いでプリントした」とのこと。セレクト、プリントそれ自体が既に「表現」であることがよく分かる。

 

「写真」、特にデジカメ以降の写真は絵画や彫刻に比べると、「ボタン押すだけのお手軽な表現」と評されかねない(実際、向こう側からはそのように見えているのではないか)が、こうして制作プロセスを分解し、そこでどんな作家性が関与しているかを試行することで、話はそう単純ではないことが分かる。選択の連続が写真作品を生み出しているのだ。

 

 

それぞれの写真プリントを見た後に、二人のコンタクトシートへ戻ってくると、二人がどんな写真を撮っていたか、そしてお互いに「あえて」どれを選んだかが分かり、非常に面白い。それに二人ともスナップ写真なので、道すがら何を撮っていたのかも見えて、それも面白い。

西川善康の写真は36枚撮りフィルム6本分。

 

友長勇介の方はデジカメで500枚近く。

 

なかなか他の写真家の「手の内」をしげしげ見る機会もないので、それ自体が面白かった。へえーこうやって被写体に寄っていくんや、というのと、「え、それはセレクト外すんすかwww」というのと。そうやって人様が色々撮っているのを見ると、シンプルにやる気になり、良かったです。刺激。刺激。刺激です。

 

 

( ´ - ` ) 完。