nekoSLASH

ねこが超です。主に関西の写真・アート展示のレポート・私見を綴ります。

【写真展】R4.6/11~24、7/16~25_千賀健史「Hijack Geni」@Reminders Photography Stronghold Gallery

6月でいったん会期終了した展示が、7月中旬から第2期として再開された。特殊詐欺、通称オレオレ詐欺を題材とした作品は、作者自身の顔を加工して詐欺の加害者「受け子」と被害者である高齢者との双方を演じ、架空の人物・プロフィールを大量に作出している。

それら膨大な「虚」を支えるのは、リサーチによって集められた多数の統計等のデータと、それによって導かれる特殊詐欺グループ加担者ら側の現状という「現実」である。

 

【会期】R4.6/11~24+(延期)7/16~25

 

会場は、墨田区東向島曳舟(ひきふね)、スカイツリーが綺麗に見える下町だった。住宅と私鉄の高架線路が走る傍らに「Reminders Photography Stronghold」ギャラリーはあった。1階の大きなガラス越しに、木枠と白黒写真のコラージュ群がよく見えた。

 

会場にはひっきりなしに固定電話の着信音が鳴り響き、会場に入ってしばらくの間は「うわずっと電話なってる」「ギャラリーのスタッフさん、電話とらんで喋ってて大丈夫なんかな、、」「・・・めっちゃ電話無視するやん、」とわりとガチで勘違いしていた。演出である。既に術中にあったようだ。

 

 

1.虚から生まれた写真

展示はインスタレーション的に様々な手法が使われている。額装された写真はごく一部で、コラージュ的に貼り合わされた紙、動画・音声、液晶モニター、簡易オフィスめいた机や植木鉢のセット、表面が水解して見えない写真などが順路を形成する。

 

新聞のコラージュのような白黒写真張り合わせは、人物の顔写真、断片的なモノや光景の写真、メールや手書きの文字などが千切られ、組み合わされ、不穏さに満ちていた。インターネット上の掲示板やSNS、メール、スマホ回線などで、個人対個人あるいは公対個人間で交わされてきた情報や感情を、断片的なまま掬っては繋げて積んでいてスピード感と密度がある。

 

事前に「全ては作者の演出」と見聞きしていたにも関わらず、これらは実際にオレオレ詐欺の加担者・被害者が残した痕跡、証拠資料として映った。

ランダムで乱雑なコラージュに見えて、見れば見るほど非常にバランスよく、それぞれの像はある塊・単位として視覚的に捉えることが出来た。つまり「写真」としての体を保っていた。コラージュにも色々な意図やスタイルがあるし、私自身もコラージュを試みたことがあるので分かるが、ここで各イメージと言葉の断片は混乱・氾濫しておらず、一定のまとまりを保ち、個々の断片も全体も同じ種類の情報を伝えている。

 

主にオレオレ詐欺加担者:受け子側の「顔」である。

メモ書き、現金、ハッシュタグ、後ろめたく暗いスナップ写真の断片などが、受け子の間で共有されているハウツー、価値観が、事実の証拠資料の一端として露出している。リサーチに基づくドキュメンタリーの手法であることに加え、警察資料のような肖像写真がこれらの情報群を視覚的に収斂させるため、本作は「写真作品だ」と認識するに至った。

これには木製の枠も寄与しているほか、具体的な情報を断片的に見せられると、情報の間にあるものと、その全体像を想像によって埋め合わせようと認識が働くためだ。虚構の肖像写真、「顔」が抜群の吸引力を見せる。

 

肖像写真は言われなければアプリによる加工品=「虚」とは気付かず、リアルの個々人を撮ったものにしか見えない。破られ丸められ重ねられて更に判別は困難だ。肖像の指し示す先は確かなようであり、どこにもないようでもある。いや、顔だけでなく、写された全てのことが作者による想像や演出、再構築であり、ドキュメンタリーではない。

 

そう知っていても虚構や演出には見えない確かさがある。

 

本作全体の芯を支えているのはリサーチの文法・成果=「真」と、その「真」と共存するように大胆に繰り出される空手形としての写真である。写真に写っている全ては虚構だが、虚構を破いたり重ねたりして断片同士を貼り合わされ虚構という中身が抜け落ちることで、「リサーチ」という限りなく真実に近いもの、真実に達するための科学的手法が前景化し、本人不在の肖像写真を依り代にして憑依する。言わば「真実」がない代わりに「リサーチ」という手法がこの写真群には宿っている。

 

肖像写真の方も願ったりで、本来的に指し示すべき「本人」がいない(全ては作者自身の顔を画像編集アプリで加工した派生像にすぎない)、肖像の偽手形に過ぎないため、嘘でもいいから何かの「実」がなければ成り立たない。この時点で写真の側においては詐欺(詐欺加害者)的な状況が発生していて、自分を語る根拠を欲しており、それが敵対する警官の像だろうが、被害者である高齢者だろうが、全ては偽手形であるから、「私は〇〇である」の穴が開いている状態だ。

 

作品を見る側に置き換えると、提示された「顔」たちが破られ、重なり合体していて何が本物か分からないが肖像の形だけはあるのだから、その空白を埋めるべく「彼・彼女は〇〇である」と言える(たとえ真実でなくても)ための根拠を探し求めてしまう。

 

展示終盤の崩れ落ちた顔写真も同様だ。

水解性の素材でプリントされた顔写真が、気持ち悪く融解している。変装は解けるのではなく溶け出して、その中身は霧のように何もない。『ルパン三世』をはじめとして古典的な悪党は変身・変装を得意とするが、現代においては「悪」の実体が存在しないことを示しているかのようだ。

それは悪事を働くものが特定の個人ではないこと、個人を特定できないこと、その人物を悪とは一元的に判定できないことを示し、さらにポストモダン以降の状況も踏まえれば、写真が特定の事物(=真実)を指し示す役割を手放していること、写真に何を語らせるべきなのか・何を語れるのかが模索されていることも意味している。

 

「リサーチ」の手法と事実が、崩れた肖像写真の穴に入り込んで「実」を与える。鑑賞者が見ているのは、リサーチ手法の真実味によって中身を満たした、ゾンビのような虚数の肖像群である。

これは、実体のないまま緊迫した声色と事情説明の電話応対テンプレートを「おれ、おれ」の断片的親し気さによって補完するオレオレ詐欺の文体と、対照的な立場での相似形を成している。

 

 

2.特殊詐欺グループ加害者の「真実」

リサーチの成果は主に、会場内及びコラージュ周囲に散りばめられた、主に受け子側の拙く後ろめたい状況を物語る言葉・情報や情景に活かされており、本展示は特殊詐欺グループという現実的・社会的な「虚」と重ね合わされていく。

本展示の各コーナーでは詐欺グループ側の「仕事」現場と勧誘、働かせるための仕組みの言葉が紹介されるが、続く額装された写真コーナーでは、より強く特殊詐欺グループ加害者側の置かれている状況へと切り込んでいく。

 

さきの白黒写真コラージュ編で登場した写真も繰り返し使われている。先述の通りこれらは再構築された現場写真や心象イメージで、作者が実際に詐欺グループの一員のように振舞いながら生活を送る中で撮影されたものだ。

同名の写真集と同じく黄色でまとめられた写真群は、悪い夢の中のような一般社会からの乖離と、犯罪の緊迫感に満ちた警戒色のニュアンスを伴う。

 

作品を見ていくと、詐欺グループの加害者側も、末端構成員は特に、詐欺めいた釣り針によってがっちり釣り上げられていることが分かる。目先の金と「夢」「未来」「成功」といった全く中身のない言葉だけで犯罪の実行を担わさせられている。こうなってくると、「オレ、オレ」の一言で貯えを振り込んでしまった高齢者ら、「金!成功!自己実現!」の煽りで将来を売り渡してしまった若者らとは全く同じ構造に置かれていることが分かる。

 

ノルマ表のホワイトボードがど真ん中に置かれた一室の写真、手元にPCやスマホや電話を置いた「仕事」スペースの写真は、うまい話で刈り取られた若者らがいかに組織管理され更に搾取されているか、詐欺の舞台裏を物語っていた。

経済的成功。手軽にすぐ稼げて、手軽に自己実現が叶うという謳い文句で勧誘され、組織に組み込まれ、目標数字を持たされ、進捗を管理されている。完全に仕事ですやん。

 

構成員らはまず表の社会で(気付かないうちに)搾取され、それから逃れた先の裏社会で更に(また気付かないうちに)、二重に搾取されているとも言える。

 

 

3.現役世代というマジョリティの置かれた「現実」

本作が非常に面白かったのは、作品制作の動機が「母親が特殊詐欺グループのターゲットであることを知った」でありながら、特殊詐欺の被害者側というより加害者側の「虚」と「実」に切り込んでいた点だ。つまり特殊詐欺事件を個人のエピソードに留めず社会問題として捉えたとき、問題の核心となるものが現役世代を覆う経済状況―低成長、経済苦、格差といった行き詰まりにあることを本作は突いている。

 

そうした構造を体感的に示したことが本展示の意義だと思う。

 

『必ず稼げます!』

『行動できない人間に未来はありません!』

 

お馴染みの煽りフレーズだ。体感的にはこの5~6年、Twitterでもビジネスハウツー記事でも書店の平積み書籍の帯でも日常的に飛び交っていた類の「煽り」。自己実現、自立志向、FIRE、不労収入…といったキラキラ語が、行動力や多動力といったスマートな自己啓発にくっついて、ライフハックを売るもの、信じて買うもの、その受け売りを薄めて更に売ろうとするものらの間で飛び交っている。

「成功」に至る手段(仕事)はアフィリエイトでも転売でも仮想通貨でも何でもよく、その一つに忍び込むような形でオレオレ詐欺も入り込んでいたことが示される。普通の若者、大学生らが普通でなくなる、グレーゾーンのボーダーを渡るところを作者は追体験によって想像していく。

 

詐欺といえばそもそも一部の暴力団では、外道の行いとして禁止されていたような犯罪である。それを”仕事”として行うものが後を絶たない現代社会は極めて異常である。

 

若者が詐欺まがい(一部は詐欺そのもの)の自己実現へと走る根本にあるのは、現役世代を覆う先の見えない経済的な停滞、低成長、低賃金といった現実だ。

 

バブル崩壊後の1994年から2019年までの期間で35~44歳の世代の所得中央値は104万円減少、45~54歳の世代では184万円減少していたことがわかった。また25~34歳の若い世代では所得が200万円台の割合が増加。非正規雇用の割合が増加していることが原因と見られている。

 

本作で随所に繰り返される「虚と実」の終わりなき繰り返しの構造は、生活、経済、社会保障、つまり現在と未来が何も信じられなくなった現役世代の置かれた「現実」を反映したものであると感じた。

低成長で縮小し続けるこの国では、「自己実現したい」と願う若い世代が手っ取り早く賭けられる換金物は「未知なる自分の将来」ぐらいしかないのかもしれない。そして手っ取り早く「奪おう」とする側も、高齢者の年金と無知な若者の将来性(=労働力や身体)ぐらいなのかもしれない。そんなことを考えた。

 

 

彼ら現役世代は、大きな分類でいえば、少なくとも逮捕されて前科者となるまでの間は一般人、「マジョリティ」となるだろう。

マジョリティは、何かと既得権益に守られた層、ともすれば批判の対象とも見なされうる。が、その中身は今では全く一義的ではなく、進行した格差の大きさは計り知れない。自分から少し離れた層のことは、特に苦労や絶望については、全く見えない。所謂「マイノリティ」の置かれている状況は近年、様々な角度から表現・解説・主張され発信されている(これも滅茶苦茶に大雑把な括りなので恐縮だが)が、個人的には「マジョリティ」の中身をマジョリティ側から写真などの表現によって語り・語られる機会が必要だと考えていたところで、本作のような取り組みはその点でも有意義だと感じた次第だ。

 

作られた「顔」のイメージは完成し固定されるのではなく、バラバラになり、刻まれ、溶けてゆく。なぜ定まらず消えてゆく・消されてゆくのか? 

そうして本作中のイメージを水溶紙に印刷して、溶かし、全て無かったことにしているとなんだか少しホッとした。詐欺グループも証拠隠滅している時はそんな気持ちだったかもしれない。

特殊詐欺グループ員に模した生活を送り、彼らの掴み所がなく後ろめたく不安な、実体のない身の上をトレースする中で、こうした形の定まることのない表現形態がむしろリアルだと考えたのだろうか。

 

 

4.真の主役は写真集

本作は写真集こそ本体である。

 

テーブルに置かれた10冊近くの写真集コーナーでは、最初期の『happen』(2016)から、過去作『The Suicide Boom』(2019)などに加え、『Hijack Geni』の構想時点から完成に至るまでの各バージョンを手に取って見ることができる。

同じシリーズでも各バージョンで作りが異なっており、例えば、2021年度「写真新世紀」優秀賞受賞時点では作品タイトルは『OS』(オレオレ詐欺だった。また『OS』と別シリーズとして作っていた『HG』が統合されて本作『Hijack Geni』になったことも分かる。

 

完成版として販売されているのがこの黄色く分厚い電話帳のような写真集で、612ページ、重さ2㎏というとんでもない物量。「写真新世紀」に応募したブック『OS』も523ページあったが更に増量されている。

完成版はそれまでの一般的なフォトブックの構成から大いに飛躍していて、作者が化けた90名分の高齢者や若者などのプロフィール資料集、警察の取り調べ調書のアーカイブめいた不穏さの密度に満ちている。被害者と加害者が区別なく入り乱れ、誰が何者か、悪か正義か、虚と実のどちら側なのかを判別することは難しい。

後半はリサーチで集められた統計データやレポートが多数引用されている。全体を通じてイメージやキャラの設定は虚構だが、それらを支えている現在の社会状況=リサーチ結果は「真実」であるという構造が、写真集ではより明確に、否定し難い物量となって表れている。

 

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あまり他に例のない作りの写真集で、一般的な出版物というより、これが他の作家でいうところの「プリント作品(を購入すること)」に相当するのだと思った。

この膨大なコンテンツ量と編集方法あってこその作品であり、展示という形で空間に反映させるのは大変な作業だったろうと察する。それこそ形と答えのない領域、今後も模索が続いていくものと思う。

 

 

リサーチの成果:新聞や公的機関の発表するデータなどを大量に引用して、作中に主役級のイメージとして投入するスタイルは、過去作『The Suicide Boom』に強く見られた。タイトルのとおり「自殺」は「マインドウイルス」として人から人へと影響を及ぼして伝染していくことを扱っている。

 

 

これも大変面白かった。面白かったですね。これいいですよ。

残念ながら既に売り切れ。

 

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最初期のフォトブック『happen』は同名のマッチングアプリを題材とし、街で何気なくすれ違う見ず知らずの人たち、知り合うはずのなかった人たちとアプリによって接点を持つようにして、街で拾った物を撮っている。

冊子全体が観音開きの構成で、様々な大きさのページを開いてゆくが、右に左に折り畳みゆくうち、どれが正しいページだったか全く分からなくなり、街の雑踏を彷徨うような作りとなっている。たぶん開くたびに別の開き方・綴じ方をすることになるだろう。

 

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( ´ - ` ) 面白かったですね。

時間がなくて、写真集を1/4ぐらいしか見られなかったけど、これは普通に写真集作りの勉強になります。スナップ写真のイメージだけでなく、文字や数字、引用文献などの資料をどう織り込んで内容に厚みを持たせるか。作者の眼が見たイメージだけでないものをいかに取り込んで多元的・多層的な構成をするか。そうしたヒントが多数ありました。

 

ブック作りたいなあ。ブクブク。

 

完。