nekoSLASH

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【ART】R4.7/8~10 「ART OSAKA 2022」Galleries Section(写真関連) @大阪市中央公会堂3階

今回で第20回目となる大阪版・現代美術のアートフェア「ART OSAKA」は、大阪市中央公会堂「クリエイティブセンター大阪(CCO)」の2会場で開催される豪華仕様。前者はギャラリーセクションとして3日間、後者は大型のインスタレーション作品展示として6日間の開催となった。

7/8(金)は、中央公会堂に集まった54軒のギャラリーの出品作を鑑賞した。多くは絵画だったが、うち「写真」に関係する作品が幾つかあったので紹介する。

【会期】R4.7/8~10  写真は「The Third Gallery Aya」展示ブース。

 

 

2002年からほぼ毎年のように開催されているアートフェアである。公式サイトを見ると、出品作は2会場全体で計228点、うち中央公会堂で211点を数え、そのうち「写真」は15点。

 

中央公会堂での出品作のプロフィールはこちらアーカイブページで確認できる。非常に便利。

www.artosaka.jp

 

各ブースの出品作は全て見て回ったが、あくまで即売会であり、販売のために展示してあるものなのと、他のお客さんとギャラリーの方が喋っていたりもしたため、網羅せず(できず)、ピックアップしてお送りします。

 

入場料と予約が要るんだが、「2会場チケット」が2,500円、「Expandedチケット」(クリエイティブセンター大阪)が1,000円と、ギャラリー側のみを観覧する券は書いていない。無料とも書いていない。どういう扱いだったんだろう。

 

【masayoshi suzuki gallery】桑迫伽奈《不自然な自然》

他のお客さんもいたので作品のみの写真になってしまい、展開状況やサイズ感が分からなくなってしまったが、このコーナーでは名古屋の写真系ギャラリー「PHOTO GALLERY FLOW NAGOYA」が合同で出品しており、ブース向かって正面に本作がA0サイズ2枚で堂々と佇んでいる。 

 

www.photo260nagoya.com

 

山や森の木々を見上げてシャッターを切り、多重露光にすることでランダムな躍動感に満ちた光景を生み出している。それは人間には見えていない、カメラ。メモリー内でのみ電子的に生成された光景――機械だけが見ている光景である。また、現実の「自然」の多くが人工林で、人の手入れによって成り立っている――人為は自然を破壊するだけでなく、自然の一部としても働いている。つまり「人」は「自然」の一部でもある。

そして、人間が「自然」を知覚する際には、五感を総動員して総合的な体験から「自然」を作り上げており、本作の動きのある多重露光はそうした実感を反映している。

 

乱舞いいですね。デジカメという外付けの知覚をうまく使うと「自然」の生きた動態を別方向から表現することができる、これは重要な発見です。

 

生プリントで作品を見るのは初めてだったが、これまでPC画面から得ていた印象とは地味ながら大きく違った。思っていたより質感が「紙」寄りだったのだ。PCで見ていたデータでは当然、液晶が内側から発光し、黒は最奥にあり、白は最前列の光として並んでいた。プリントでは、紙表面のざわっとした質感が占めていた。

 

個人的には、映像の樹々の乱舞と光と影の奥行きが紙質によって遮られているように感じ、より透明で深いクリスタル感の強いプリントで仕上げた方が、独立した空間として「自然」を物語る作品となるような気がした。このあたりは関わる人が本作に何を見出すかによるだろう。

 

同名の写真集についても同様に、紙の質感を重視している。経年変化(劣化)しやすい紙を使うことで「自然」との呼応も意図しているようだ。

 

写真集販売サイト「写々者」で「カレンダー仕様」とあり、どういうことかと思ったら、本当にカレンダー仕様だった。12枚組、上部ハンガー部分でめくり、ピーッと切り離せる。カレンダーや。切り離した後のページを個別に額装して飾ることができる。

www.shashasha.co

 

ほか、展示外の作品として、写真に手縫いで刺繍を施す《seeing the invisible》シリーズの1点を見せてもらった。こちらもWeb画面と展示会場の写真データでは見ていたが、ナマの作品は《不自然な自然》よりさらに物性が高く、PC・液晶画面とは全く異なるものだった。縫った部分ははっきりと「色」として盛り上がり、脈をうつ。写真が彫刻へと離脱していく感があった。

写真という客観的・即物的な図像の上から縫っているため、主観的な「手芸」の要素は少なく、手元から突き放された向こう側をなぞっている感じが面白かった。

 

作者の桑迫伽奈氏(左)と「PHOTO GALLERY FLOW NAGOYA」オーナー中澤賢氏(右)。北海道在住の作者氏、あほみたいに暑い大阪での滞在はあほみたいに暑かったと思いますが、お疲れさまでした。

 

「masayoshi suzuki gallery」が出品している作品も面白かった。

国島征二の彫刻作品。60-70年代あたりのシリアスな風格があってかっこいい。荒川修作と高校で同期生だったとか。今年3月没。合掌。

 

篠原猛史。ストリート絵ぽい軽やかな作風で気になったが、他の作品でも「うさぎ」がしばしば登場している。ヨーゼフ・ボイスに師事していたことに由来するらしい。

 

 

【MEM】アントワン・ダガタ《Virus》

新型コロナ禍中の2020年12月に刊行された写真雑誌『Decades』(赤々舎)で掲載されていた、極めて時代性・社会性の強い作品である。フランスでロックダウンが開始された2020年3月17日から約2か月間撮影された作品で、サーモグラフィで撮影されている。「COVID‑19」という未知かつ危険な感染症と市民生活とが「発熱」によって密着していたことを視覚的に現わしている。それを明らかにするにはPCRや抗体検査を行わない限り、体温でも測るほかない。

暖炉で燃える焚き木の赤い部分のように、人々が発光している。平熱なのか発熱なのか分からない。コロナ禍では、素人には全てが感染しているように見えるし、逆にみんな「生きている」と肯定的に見ることもできる。

 

驚いたのは作品の質感である。厚手の紙のごわごわした凹凸、エンボスみが強く、像の抽象的さと相まって、水彩絵画かと思うぐらい写真のイメージは柔らかかった。雑誌《Decades》では「黒」が締まりツヤツヤで曖昧さのない写真的な質感だったので、別物にすら感じられた。作品販売、コレクションということを考えての対応なのだろうか。いやあこれ水彩画ですわ。びっくりした。

 

同ギャラリーで2022年2~3月にかけて個展が催されていた。東京にはなかなか行けずにいたので、今回作品が見られたのは有難かった。

mem-inc.jp

 

 

【万画廊】園田加奈《still lives「起生」シリーズ》

(会場では「のこる」シリーズと記載)

妖艶という言葉が一番合う。青、紫に色のさした、ぬらっと霧に濡れたような質感が、下着や体の一部のような生々しさを帯びている。うち棄てられた野菜の群れが混然一体となって生命力を帯びる。黒の濃さ・深さと透明度が野菜の「生」を引き上げている。そして画面内に中心がないため、意図せず生まれた構成が目を引き、事実を拾い上げるスナップ写真とも人為的に構成したスタジオフォトとも異なる――どちらの要素も含んだような見え方をしている。

 

 

【AIN SOPH DISPATCH】小野訓大《自分を中心に地球をまわす》

光の線が闇の中を走っている。静かな疾走感と浮遊感があって心地良い。光を撮ろうとしているのではなく、光によって像を生み出して描いている。

 

名古屋のアート情報サイト「OutermostNAGOYA」・井上昇治氏の、2022年5月に行われた同テーマの個展に関する記事が参考になる。

www.outermosterm.com

藪の中で4×5カメラをぐるぐる回し、3分間ほどの長時間露光で写し込んだのが本作の光なのだという。

 

Twitterで過去作品を見てみると、夜間の長時間露光で光を写し取ったり、風景や花を撮っている。通常は目に見えず写真にも写らないものを、写真の中だけに現れる光景として取り扱っている。「見えない」ものが現れて姿形となること、写真と夜の闇とが干渉して現れた「光景」や「光」が作品となることがテーマのように感じられた。

 

杉本充《space》シリーズも闇の中に走る光という共通点があり、響き合いが良かった。

 

 

【PERROTIN】JR《Ballet, Sur les Toits du Louvre #4, Paris, France》

ギャラリースペースの壁面外側に1枚で掲げられた、150㎝×100㎝の非常に大きな写真だ。素通り出来ない力があった。

歴史を感じさせるパリの建築物の屋上で、バレリーナが座っている。空と都市と人、過去と現在と未来、風景写真とポートレイトと抽象化された構成表現、そういった様々な3つの要素がバランスよく重なり留め置かれた1枚だ。

 

JRという名前は知っていたが、後で調べて、人の顔写真を街中の建物や屋根に貼り出しまくったストリートアーティストだと知り、思い出した。ちょっと前にけっこう話題になっていた。この2~3年ぐらいはバンクシーの展示が国内で乱発されまくっており、ストリートと言えばバンクシー、みたいに良くも悪くも話題が一元化していて、視野を広げ直す必要があるなと思った。

 

sniffingeurope.com

 

 

 

4名の女性作家の作品はブルーで、湖のような一角を形成していた。展示場自体が作品のようだった。この内容でギャラリーで展開しても相当面白そう。

 

川北ゆうの作品は油彩画だが、風のそよぎや水中を走る波にも似た、自然現象そのものを写し取ったようなイメージは、人の手を離れたところにある力を感じた。それゆえに写真作品の中にあっても違和感がない。

 

垣本泰美《Merge Imago》シリーズは結晶体のような光と闇の透明感が相変わらず良かった。写真の形をした、時間と空間の鉱物という印象が強まった。作者の手を介して撮影や撮影後の編集といった操作があるにも関わらず、人の手を離れたところで生成された鉱物に似た印象を受けるのが興味深い。「写真」の質感の純度が高いためだろうか。おそらく私が、前述の桑迫伽奈作品に期待したのがこういう、作者の手を離れた先で自律的に存在する「自然」の光と闇の姿なのだと思う。

 

 

野村恵子《Moon on the Water》シリーズ、これまでの作品と同じく人間の肉体の内に秘められた動物的な部分、太陽や血やブルーとの呼応が強く表れている。《Red Water》や《山霊の庭 Otari》と同じ類の力やモチーフを見たので、てっきり過去作品のダイジェスト版かと思ってしまったが、今ちゃんと調べたら最新作だった。まじすか。

本作は2020年11月に東京から母方のルーツである沖縄に引っ越した後に撮られたもので、2022年3~4月に「コミュニケーションギャラリーふげん社」で個展が催されていたらしい。まじすか。これはまた改めて観たい…。

 

内側に凹んだ角地の展示スペース左翼を占めていたのが、小谷泰子《Blue Darkness》(青い闇)シリーズ。素晴らしい存在感だった。縦2mという闇の長さが「The Third Gallery Aya」の空間をきっちり引き締めていて、その壁面全体を一つの作品に仕上げていた。ご本人はとんでもなく気さくなのに作品はガチで半端なく容赦ない。近しい人になると急に語彙が減るのが私のアレですが、作品の概要などは過去のレポをご覧ください。

 



青に青を連ねると、別々の作家であるにも関わらず、水属性のフィールドが生まれ、得も言われぬ響きが生じるのだと知った。

 

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「写真」関連のレポは以上です。

 

写真という切り口では他にも、小山航平《白夜夜行》(Gallery Suchi)、須藤綾乃《VITA MECHANICALS》(MEM)、キム・ドゥハ《Wool》(KAZE ART PLANNING)などがあったが、網羅はできませんでした。

 

全体のボリュームから見ると写真は非常に少ないのですが、もっと写真作品の幅広さや面白さが注目されたらいいなあと思いました。小学生みたいな結論ですいません。多彩なんでひとつ宜しくお願いしゃす。

 

 

( ´ - ` ) つづき書けるかな…。