nekoSLASH

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【写真展】R4.5/11~28 「生誕110年記念 新山清 写真展|Kiyoshi Niiyama's Eye #02」@BLOOM GALLERY

戦前~戦後60年代まで、非常に幅の広い写真を撮りまくってきた新山清。

生誕110年という節目の年ゆえ、今年1月には「リコーイメージングスクエア大阪ギャラリー」で、そして「BLOOM GALLERY」でも4月と5月で趣向を変えて、2期に分けて回顧展が催された。

この「#2」・展示第2期では、「主観主義写真」に分類される作品が特集された。

 

【会期】R4.5/11~28

 

 

真正面からガチンコで殴り掛かってくるぐらいの「造形美」だ。1枚1枚が鋭く、重く、メカニカルで、奇妙ながら整っていて、抽象的だが曖昧さがない。前後・上下左右の約束事を取り払われた「世界」が目の奥へぶつかってくる、そんな映像世界である。

 

戦前(1930年代)の「新興写真」の系譜を思わせるが、それらがもっとベタッ、ボタッとした不透明にくぐもった、濃い霧の中を掻き分けるような像だったとすれば、新山作品は段違いにクリアな視界で「モノ」の形に迫っている。洗練されている。30年を超える月日の流れが、カメラやフィルムなど全ての機材を格段に進歩させたことを実感する。

 

真の「近代」の眼を感じる。

 

しかしよく言われる「主観主義写真」とは何なのか。ここにはモノと光が織り成す外部の世界だけしかなく、個人の「主観」など含まれていないように見える。

 

「主観主義写真」とは、ドイツの写真家オットー・シュタイナートが企画した1951年の展示、および同名の写真集「Subjective photography」(主観的写真)に由来する。ヨーロッパを巡回し、日本にも雑誌のほか1956年に「国際主観主義写真展」で紹介がなされた。

シュタイナートの意図としては、写真家による自由な表現精神、個人の内面を重視した表現を重視して「主観」を提唱したが、その実、該当するジャンルの枠組みは幅広く、まさに前衛写真からスナップ、ルポルタ-ジュ写真と様々なものが挙げられたようだ。なおドイツでの展示に際してシュタイナートは新山清に招待状を送ったが、参加は実現しなかった模様。

 

そしてやはりと言うべきか、「主観主義」というのは日本に紹介される際にわざわざそのように「主義」を付して訳されたらしい。これには1950年代の戦後日本を席巻した、土門拳を中心とする「リアリズム写真運動」への対抗意図が感じられる。

 

土門拳「リアリズム写真運動」を頭の片隅に置いて本展示を観ると、これらの造形・前衛的な写真群の立ち位置がすっきりとしてくる。「絶対非演出の絶対スナップ」金科玉条とし、それまでの写真への反省と戦後これからの社会改善を使命として、全国のアマチュアカメラマンを動員して浮浪児や浮浪者、娼婦、路上生活者などに目を向けさせていた1945~50年代前半には、新山清のような写真表現は「ありえなかった」だろう。確かに土門拳と対置すれば「主観主義」だ。「社会」の改良・前進には1ミリも与していない。

 

今こうして、写真の果たすべき正義や役割から解放されたところからこれらの作品を見るとき、外界の事物の備える造形が、写真(機)によって全く新しい世界として、平面の彫刻作品のようにして立ち上がる。そのソリッドさは2022年の今でも「斬新」だと感じる。

なぜ「新しい」のか? 新山清のセンスが際立っていたからか? 当時の機材や手法が主題と絶妙に噛み合っていたからか? 再度の近代化・都市化を猛烈に推し進めていく時代の感性とマッチしているからか? 戦前・戦後の前衛写真の系譜との繋がり・相関を見い出してしまうからか? いずれも当たらずとも遠からずな気がする。ここでは結論は出ない。この3月には大阪中之島美術館のコレクション展で新興写真に「新しさ」を感じたところだが、都写美でも今年5月から8月まで「アヴァンガルド勃興 近代日本の前衛写真」をやっている。そういう積み重ねの中で「新しさ」の正体について解明してゆければと思うが、なかなかそうもいかない。感傷や物語性でも、名詞など単語の羅列でも「それ」へと辿り着けないから「新しい」のかもしれない。

 

本展示は、岩宮武二、石元泰博と並べて観てみたくなった(実際、岩宮が大胆なトリミングでグッと「もの」や光景を切り出す時の力には、似たものを感じた。)し、4月に「The Third Gallery Aya」で観た今井壽恵アブストラクトな初期作品とも見比べたくなった。写真における造形表現とは? 

調べてみると1956年の「国際主観主義写真展」では、新山清の名は無いものの、奈良原一高、一村哲也、山本悍右、石元泰博植田正治、大辻清司に加えて今井壽恵、岡上淑子などが名を連ねており、何だか納得した。名古屋の後藤敬一郎もいる。

 

一方で、逆の「主観を排した」新即物主義のレンガー・パッチュ、新興写真の流れを汲んで前衛表現を推し進めたラースロー・モホイ=ナジなどとの差異についても考えたくなった。

このあたりの写真表現の系譜はなぜか私にとって本質的で、かつ、いつまでも「新しい」。どうにも気になる。近代のテクノロジーはある時点からは古い、だがある意味ではポストモダンよりも常に新しい。

 

だが新山清の本懐は、前衛表現も含めてオールラウンダーであることだった。4月に催された展示前半「#1」では、スナップやポートレイト等の多彩な作品が紹介されていたらしい。

というのも、新山清は写真雑誌で様々なジャンルの撮り方を作例付きで指南するなど、仕事の幅が非常に広かった。

本展示では当時の記事が掲載された写真雑誌が多数、資料として公開されており、その仕事ぶりを確認することができた。屋外での人物写真の撮り方、記念写真の撮り方など、実には幅広い。オーナーの窪山氏も、新山さんの作品は数が多すぎて幾らでも選べてしまう、きりがない、と言っていた。

 

驚くべきは、機材、ネガ、プリントを含む数々の遺品、そして寄稿した数々の雑誌を保存したアーカイブである。写真作品だけでは見えてこない縦横の繋がりや、写真界・カメラ業界でどんな役割を果たしてきた人物だったのか、当時はどんな機材でどんな政策を行っていたか、等々、様々な事柄を多角的に浮かび上がらせてくれる。

 

目玉は「スタートカメラ」こと「Start35」、超かわいい、もうオモチャですよこれは。オモチャ・・・にしてはよく出来ている、シャッターボタンがあり、ちゃんとカメラの機構をしている。とても小さいが、35㎜フィルムの変型判みたいなの(ボルタ判フィルム)を使用。なお、Webでは35㎜フィルムをうまく改造して装填している強者もいた。

 

新山清のスタートカメラ作品だけを収めた写真集があることからも、このカメラと作者のユニークな関係性が伺える。

jambooks.stores.jp

 

しかしこの遺品コレクションが丁寧に継承されているのは、理化学研究所、旭光学商事(後のペンタックス社)に勤めた本人の、理工系的な几帳面な気質に加えて、アーカイブを継承する息子・新山洋一氏のこれまたキチッとした管理が大いに寄与している。なんと、高品質なポートフォリオ商品でお馴染みの「コスモスインターナショナル」社の社長なのだ(驚)。なんという家系か。。

 

アーカイブ、雑誌などの資料から、こうした様々な発見があり、特に古い雑誌を直にめくらせてもらって1940~60年代の写真界隈の空気に触れられたのは参考になった。これまで古雑誌は積極的に見てこなかったが、やはり資料としての価値が非常に高いし、雑誌でしか載っていないことがあまりに多い。さあこれはどうしましょうかね・・・ 前衛表現の沼が眼前に広がっている。。。

 

 

( ´ - ` ) 完。