nekoSLASH

ねこが超です。主に関西の写真・アート展示のレポート・私見を綴ります。

【写真展】R3.3/20_和田マサ子「朱夏の果」@ニコンプラザ大阪 THE GALLERY

だんだんと季節が回って暖かくなってきたが、本作は濃厚な暑さが立ち込める夏が舞台である。

ひと夏で3人もの別れを経験した作者は、自然の豊かな地で、人の生きる現世とは異なるものたちにしきりに眼を向けている。それは即物性からのシュールさへと結び付いていた。

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【会期】2021.3/18(木)~3/24(水)

 

タイトルの「朱夏」(しゅか)とは、季節としての夏だけでなく、人生を4つの段階に分けたときの2番目ーー青春期の次にあたる「壮年期」も意味する。その果てとは、人生の盛りを過ぎたところにある別れや、最も精力的だった頃のことを振り返るような意味があるだろう。

本作は、お盆の前後に作者が三人の葬儀に立ち合い、別れを告げることとなった体験を踏まえて、此岸と彼岸の境界が揺らぐような情景を表している。

 

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自然に囲まれた、田園や森、植物の生い茂る庭など、田舎の風景が続く。古き良き昔を懐かしむ写真だろうか、と一旦思うが、写されたモチーフの多くは異界に繋がるものと解される。わずかな期間の間に3名もの人を「あちら」へ見送ったのだから、1948年生まれの作者にとっては悲しみや喪失感だけでなく、身に迫りくる話でもあり、生と死の境目そのものが揺らいで日常の時間・空間の意味が変性し、ゲートが緩むような体感を得るのは自然なことのように思われた。

 

代表的なモチーフのまず1つ目は、昆虫や小動物だ。蛾やトカゲ、蜘蛛、バッタなど、自然が豊富なこと、生命が至る所に漲っている夏の力を実感する。一方で、これまで見過ごされてきた、ありふれたものに目がいき、それを「命」として捉えること自体が、何か意識の変容を感じさせる。

2つ目は、ガラスの反射や屈折によって滲み、重なり、乱れる像だ。確かなものとして与えられていた揺るぎない単一の「世界」=現世に裂け目や振幅が生じて、「あちら」側のと混ざり合う予兆を表されている。

3つ目は、人形やカカシ、扇風機などの非生物・非人間の物体。これらは登場人物として画面内に収まっている。人でないものが人のようにそこに居る様子は、単なるノスタルジーな光景とは異なる意味があるだろう。一見コミカルでもあるが、人の形をした・人ではないものだけが画面内に立った写真が並ぶと、それは田舎ならではのありふれた光景なのか、それともこちらの世を去った者達の依り代なのかを考えさせられる。

 

ただここでは、真夏の生命力溢れる空と緑の「色」によって、霊的なニュアンスは薄い。むしろ風景の中に和合しきらず浮かび上がるオブジェとして、異物感がぎりぎり出るか出ないかという、造形と構図の話に還元されるだろう。

 

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本作では具体的な人物を主役とはせず、人が写っていても光景の端にいる程度だ。その代わりに人にあらぬものが画面内で主役となって写されている。

 

私が本作を素通り出来なかった理由が、3点目のような、即物的なオブジェクトと風景との奇妙なマッチングの妙味ゆえだ。

展示ステートメントには、盆と死別、作者自身にも忍び寄る我が事としての死について想いが綴られているが、実際に写真に写り込んでいるものは、言葉を軽く横切って、画面構成によるイメージの飛躍をもたらそうとしている。

それは生と死や寂寞の念など、人間界の諸々のことと全く別の次元で自動的に生成される、即物的さゆえの異界なのだ。奈良原一高が『消滅した時間』で見せたような時空のねじれの作用がある。宙吊りにされた巨大な腹のマムシ、水が流れ落ちる円形の水路、緑の斜面に横たわった大きな黒いチューブ・・・。これらはノスタルジーを破り、外界を誰のものにも帰属させない。あの世にすら。

 

そんな、写真的な写真が多かったことが、面白かった。

写真という装置・メディアは心象やフィクションを肯定し、物語り、増幅するものだが、真逆の方向:それらを冷徹に停止させたり薙ぎ払う方にも力強く機能する。そのことがひとつの展示の中でも同時に起きたりするのが興味深いところである。作者がこれまでに受けてきた種々の作家、ジャンルの影響が出ているのか、田舎の風景が備えている性質なのか、夏ゆえなのか。

 

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( ´ - ` ) 完。