nekoSLASH

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ卒業。関西・東京の写真・アート展示のレポート・私見をup。

【写真展】R3.2/22_岩本啓志「さえぎる風景」@ギャラリー白

大阪国際メディア図書館・写真表現大学の同窓生、岩本啓志氏の初の個展。2017年度の入学以来、「あべのハルカス」の見える風景を撮り続けてきた。雑多な下町の空に、真四角のビルだけが聳えている光景は、写真によって改めて異様さを見せる。

それはシュールレアリスムとの近接を感じさせる景色だ。

 

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【会期】2021.2/22(月)~2/27(土)

 

あべのハルカス」は地上300m・日本一の高さを誇る超高層複合商業ビルとして、2014年3月に開業した。(東京スカイツリーは634mの「電波塔」である。) 近畿日本鉄道の事業で、近鉄大阪阿部野橋駅近鉄百貨店、大阪マリオット都ホテル、美術館を擁する巨大な施設だ。大阪のキタとミナミの2大繁華街に次ぐ、大阪南部のランドマーク、商業・観光スポットの目玉として広く認知されている。

 

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南部の再開発の象徴と言っても過言ではない。

なぜなら、遠目から天王寺阿倍野エリアが生まれ変わったことを確認する術は、ハルカス以外になかったからだ。

 

この地域は大阪市の「阿倍野再開発事業」により、1976年から商業・住宅施設の整備を図られてきた。しかし、天王寺駅阿倍野駅周辺の風景が本格的に塗り替えられるのは、実に2000年代前後まで待たねばならない。最大級の開発が2011年4月オープンの「あべのキューズモール」で、昭和の空気を色濃く残していた「あべの銀座商店街」を潰し、敷地面積38,000㎡近くにもなる巨大商業施設が完成した。

天王寺駅と一体化した商業施設「天王寺ステーションプラザ」も、2013年にリニューアルされた。あべのハルカスともども市の再開発事業ではないが、天王寺駅阿倍野駅という玄関口が揃って刷新され、そこから続く阿倍野筋にスタイリッシュな大規模商業施設が立ち並んだことは、非常に大きな出来事だった。街のど真ん中に路面電車が走り、少し裏に入れば昔ながらの商店街が生き残っている様は、戦後・昭和の温存そのものであったが、それらはホームレスや路上カラオケの立ち退きとともに拭い去られた光景となった。

 

だがそれら再開発の成果は駅周辺と阿倍野筋という「線」上に集中していて、その外側は昭和から続く時の流れを淡々と刻んでいる。展示作品の中に通天閣の展望台から撮った1枚があるが、新しい高層ビル群、再開発で生まれ変わった場所がひどく限定的であることがよく分かる。梅田が「面」での再開発を進めているのに対し、こちらはほぼ「線」で、残りの多くのエリアは従前と大きく変わっていない。

 

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時の切断面の上に急造された超高層建築物と、時の流れの中に根を張ってきた庶民の暮らし、この極端な二つの光景は最良の(都市計画的には微妙な)ビジュアル以って、本作の写真に現れる。再開発で塗り替えられた阿倍野筋から路地を何本か抜けて、あべのハルカスを風景の一部として振り返ったとき、それはどこの社会主義国なのかと思うぐらい奇妙なモニュメントと化している。写真にはこれでもかと庶民の地味で「映え」ない生活環境があり、ハルカスはその奥で浄化のシンボルとして空に重なる。

 

 

この光景は予期せぬシュールを生んでいる。

作者が美大出身者であり、多感な年頃の時にシュールレアリスムや現代美術に深い関心を寄せていたことと無関係ではないだろう。

二つの相反するオブジェ・状況を置くことで意識の外や奥を描き出すのがシュールレアリスムの文法だが、作者の意図や技術によってではなく、皮肉にも都市開発における「意識の外側」(視野の狭さ、近視眼的な目先の開発、あるいはそうせざるを得なかった台所事情、外圧・内圧、等々)が、この奇妙な光景を生んだ。

ハルカスを見やる側である西成や新今宮の生活状況とのミスマッチに思い至らなかったのか、意図的に無視したのか、形勢逆転を賭けた経営的情熱ゆえなのかは、為政者や企業トップの想いの部分なので私の知るところではない。が、都市計画的無意識によるシュール(しかもポストモダン建築のような建築上の思考挑戦とは別の次元で、観光や集客といった市場競争に勝つための開発と、転倒・脱臼)というのは、絵画では出来ない領域である。また同様のことが、全国の地方都市で潜在的に起きているだろうとも想像でき、見逃せない視点である。

 

つくづく奇妙な建築物だ。

政治体制が何の主義思想も持たず、特別な権力者・指導者もおらずして、一本の垂直な巨大オブジェが現実の光景に立ち上がってしまうことの奇妙さが凄い。一体誰の意思がそうしたのか。ふわっとした全体的な総意、住民の同意(反対運動がないことを以って確認される程度の消極的なもの)、他エリアの発展から取り残されることへの不安感、経済発展・インバウンド効果への期待・・・そのような主語を欠いた「気持ち」が、「あべのハルカス」というスーパー建築物の成立を許したということだろうか。であれば、同じ構造が東日本大震災後の三陸海岸沿いにて黙々と建設されている「巨大防潮堤」にも通じるのではないか。経済発展と防災・人命保障という建築の目的と性質は大きく異なるが、何となく、顔と名を持たない空気のような、全体的な「気持ち」が作り出した「風景」という点では、類似性を感じる。

例えば三陸の「巨大防潮堤」は、海と人々の暮らしとを事実上、物理的に「さえぎる」風景として現れた。それが消えることは恐らく未来永劫ない(より巨大な津波によって破壊されるしかないが、その際はまた更に大きな防潮堤を再建することで、国民の命を平等に守る、という体裁を守るだろう)。

 

では「あべのハルカス」は何を「さえぎる」風景なのだろうか。

地元民から空や太陽を遮っている、という安直な解ではない。ハルカスは細長すぎて事実上「さえぎる」実行力をあまり持たないからだ。総力を挙げての再開発ラッシュを以ってしても、阿倍野の空にハルカス1本しか立たなかったのは、象徴的である。地権者らとの調整の複雑なることや、都市としてあまりに民の生活を抱え込んだ地域であり、大規模な面展開が不可能であることなどが、開発の成果や経済効果への期待、南部の新たなアイデンティティーを「縦に伸ばす」ことでしか表現できなかったことを物語っているようだ。

では逆に、ハルカスという経済発展・地域活性化を企図した景色が、地元の生活環境の実態によって「さえぎられている」ということだろうか。当然それも否である。

 

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素朴な生活民から何かを奪った象徴的オブジェとしての「ハルカス」、それを「さえぎる」権力的な装置として見ようとすると、読み解きのきっかけとしては成立しても、本作においては空転してしまう。天王寺動物園のライオンとハルカスの組み合わせは、空転に最も成功した一枚だ。この画面内には「さえぎる」「さえぎられる」の対応関係を見出すことが出来ないからだ。

 

本作の批判的視座の置きようについては、作者は態度を保留している。人生の後半に至ってから学校に入って写真家活動に着手し、テーマを考えたり、失敗のない写真を撮ってくるだけで必至だったということもあるだろう。しかし何より作者は当初、無機質な図形の重なりのような都市景を「書き割り」と見なし、その重なりや干渉について表現したいという動機が主であった。恐らく、作り手の意識の外側にあるモノの予期せぬ干渉力を写真によって掬い上げる行為は、かつて憧れた「もの派」やシュールレアリスムと結び付くものだったのではないか。

行政と企業が主導で作る都市景観への批判はあくまで副産物であって、素朴な平面表現、写真表現への関心が起点にあり、制作を進めていく中での試行錯誤や迷いが様々なアングルとなって表れている。「社会的風景」と呼ぶにはフォーマットが一貫しておらず、自由なスナップの形態をとっているのもそのためだ。

 

もし本作に写されたものを美術的関心へ思い切って還元するなら、「さえぎる」のは無機的なオブジェとしてのハルカス、もしくはこの写真という表現形態である。そこで「さえぎられる」のは私達の意識や観念ではないだろうか。

都市部を歩いたり観光する上で無意識のうちに作動している整理された空間認識は、ハルカスを自然なものとして受容し、周囲と調和のとれたものとして埋没させうる。逆に周囲から浮かび上がったとしてもランドマークとして積極的に肯定し、目印に活用したり、思わず写メに撮りたくなるような誘惑を催させるだろう。

その意識の働きは、先述のとおり周辺の生活風景とハルカスのあまりの不整合と相まって生じるシュール性によって「さえぎられる」のだ。

 

しかしその試みもまた、写真に写り込んでしまった地元住民の住まいや身体といった生活の姿――写真の力によって、また逆転される。写真のドキュメンタリーとしての性質が、本作ではオブジェ化、美術への純粋回帰を許していない。作品が作者に対して、自身をどう捉え、どう扱っていくのか、決断を待っているかのようにも見える。

 

 

こうしたことを色々と考えることが出来て、面白いテーマだった。

 

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( ´ - ` )完。