会場が白い。
壁面の白さと額装の白、そして写真の白とが雪の世界を演出する。写真はモノクロだが、白と灰色がほとんどで「黒」という色を感じさせない。厳しい北海道の冬、雪が視界を支配する世界が現わされている。
【会期】2020.12/1(火)~12/13(日)
ぱっと見ると「静謐」という言葉が合うように思われた。しかし見ているうちに、視界を覆う白い空気が零度を下回る強烈な冷気であることを想うようになり、それがヒトにとっては死の世界であることに気付いた。
自然は美しく、癒しの場のように広がっている。実際には無情で人間の命を奪うことが出来る。本作は北海道・道東の冬の世界を撮ったものだ。地上と空とが白で統一され、地平線と、まばらな植物や岩肌が広がっている。現実感、遠近感を失いそうになる。身を隠すところもなく、ここはヒトの居場所ではないように感じる。サバイバルや踏破目的でない限りは、ヒトは排除されるだろう。どこまでも「白」が広がっていて、明確な目的地もない。ただ自然界だけが広がっている。
エゾジカの列は、ヒトである私達と、その圧倒的な外側にある自然との間に立つものとして現れる。エゾジカは全ての命を奪う圧倒的な「自然」に属しながら、一方では体温を奪われる側でもある。単独ではなく列を成して行動している姿、その社会性が私達との共通性を連想させ、人間側との境界を歩いているかのように見える。
不毛の地に見えて、エゾジカの群れが生きていける植生があることに驚かされる。白い冷気の真っ只中で、体温を、命を奪い去られることなく凛として立っている姿は、私達ヒトと対照的に、超越的な存在だ。
写真を覆う豪雪の音がきこえる。静かな写真だが、雪の降りしきる音を感じる。独特なモノクロプリントのためだ。雪が画面に刻まれる。普通にカラーで克明に雪景色を撮っても雪景色が写るだけで、雪の音を想起することはできない。作者は古典的なプリント技術を生かしたモノクロ作品を制作しており、前作『島影』では1920~30年頃に日本のアマチュア勢のあいだで流行した「雑巾がけ」という技法を前面に出し、記憶や夢の底のような、暗くざらついた描写を試みた。
ドキュメンタリー的な視覚の正確性ではなく、共感覚を催させるような世界観に、エゾジカの列が立ち並ぶ。シカは人間と自然界だけでなく、表現と現実の世界の境界にも立つ存在なのだった。今では害獣としてばかり注目されているが、本来はこの地に私達よりも先に居たはずだ。その畏敬にも似たものを感じた。
( ´ - ` ) 完。