nekoSLASH

ねこが超です。主に関西の写真・アート展示のレポート・私見を綴ります。

【写真展】R2.11/13_尾仲浩二「少し色あせた旅 Little Faded Trip」@gallery 176

2000年頃の日本各地、旅先のレトロな光景が21点並ぶ。2020年の春、緊急事態宣言による外出制限で家から出られなくなった作者は、約20年前の作品を自宅の暗室でプリントした。 味わいのある風味のカラーで、日本各地のスナップが並ぶ。記憶の中を辿るような写真だった。

 

f:id:MAREOSIEV:20201115090054j:plain

【会期】2020.11/6(金)~11/17(火)

 

 

f:id:MAREOSIEV:20201115090006j:plain

f:id:MAREOSIEV:20201115090030j:plain

f:id:MAREOSIEV:20201115085926j:plain

f:id:MAREOSIEV:20201115085858j:plain

f:id:MAREOSIEV:20201115085832j:plain

旅先のスナップ写真である。特別な被写体も、決定的瞬間も、現代アート的な戦略ゲームもない、旅先で出会う場への没頭、現地に心身を溶け込ませたような光景が続く。観ていて安らぐような思いがする。撮り手の狙いを感じさせない、移動そのものが展開され続ける写真だからなのか。

 

約20年前というとかなり昔のことのように感じるが、写真の撮られた1998年~2005年頃には既にインターネットが社会の重要インフラとして組み込まれていたし、小泉純一郎竹中平蔵が改革の名のもとに新自由主義を持ち込み、自己責任・自己投資の風潮が広がった。スマホや動画メディアはなけれど、感覚的には「現在」と地続きの世界である。

 

しかし本作はレトロ味が強く、倍の40年前ぐらいー80年代前後にすら感じる。

これらのカラー写真が強いレトロ感を醸し出す理由の一つは、写されている各地の光景自体が古めかしく、昭和「日本」の原風景に通ずるものであるためだ。時代の呼び名がある日を境として切り変わっても、土地の風景、時間の流れはそうではない。「昭和」「平成」「令和」の区分は政治であり制度だが、生活風土が切り替わるサイクルはもっとなだらかだ。

ただし昨今の激しい自然災害や、住民の世代交代による田畑や家屋の一斉売却、地域の再開発、逆に交通インフラの撤退などで、変わるときにはがらりと一変してしまう可能性もある。もしかするとこれらの写真には、生きている昭和の原風景の、最終フェーズが写っている可能性もある。いずれは物理的に失われる風景でもある。

 

レトロ味の二つ目は、既にカラーネガが退色しつつあるためだ。

全体的に褪せたような、薄暗い曇天の色調が特徴的だが、これはノスタルジー的な心境をエモーショナルに表したものではなく、ネガの退色という、作者の手を離れた物理的な現象である。退色現象は今後も止まらないだろうから、この風合いは新型コロナ禍の令和の暗室作業によって生まれた、現在にしか出せない色でもある。ただ、当時のネガ現像のコンディション自体がまちまちなため、一概に退色しているわけではないという。

少し調べた限り、カラーネガの退色を防ぐ方法は出てこなかった。スキャン後の画像をソフトで色補正するぐらいだろうか。だから年月を経るうち、いずれはこの写真としての風景も失われる運命にある。

 

本作は独特な色褪せによって、物理的な記録ではなく、記憶の中に触れるような風合いをしている。「少し色あせた旅」というタイトル自体が、写されたもの、出会った風景との距離感を思わせる。現実の事物と即時即応しているわけでなく、この写真らは、写真の中でしか出会えない光景なのかもしれない。現実の物理的な変化によって、そして新型コロナの外出制限によってという二重の意味で。

 

その距離が、記憶の中を旅するような感覚を催させた。

 

------------------------

 本展示に際して、「gallery 176」では11/7(土)にトークイベントが催された。本展示、写真集、コロナ禍での活動、写真同人誌『街道マガジン』などについて、語られているが、動画がYouTubeアーカイブに残されていて参考になる。

 


トークイベント「尾仲さんの旅と写真と本のお話」(高画質・高音質版)

 

会場中央には机を置き、尾仲氏の手掛けた数多くの写真集、同人誌『街道ブックス』の販売コーナーが展開された。写真家として撮影・展示活動だけでなく、自身でレーベルを立ち上げ、精力的に出版している点が特徴的だ。

 f:id:MAREOSIEV:20210206002849j:plain

f:id:MAREOSIEV:20210206002825j:plain

サインもらいました。わあい。

 

同名の写真集では、展示数より遥かに多い89点が収められ、北海道の洞爺湖から徐々に南下し、本州、四国を伝って鹿児島県、沖縄県へと至る。日本列島のポートレイトのような写真集だ。

面白いのはやはり土地の匿名性というか、巻末の地名と突き合わせないと、どのカットが日本の何処なのかがすぐには分からないことだ。この点はR2.1/18~4/5に奈良市写真美術館で開催された展示『Faraway Boatでも実感したことだ。多くの作品は旅の「移動」を表し、その土地土地の表情を克明に捉えながらも、地名を象徴する記号的な風景ではなかった。

 

 

2020年は言うまでもなく新型コロナ感染症によって世界中の予定が狂い、潰された。個人事業主、特に飲食業や観光業、イベント、ライブ関係に携わる人にとっては死活問題となった。尾仲氏にとっても、予定されていた中国、ドイツなどでの展示計画が白紙になるという事態に見舞われた。

そんな状況下、奈良の展示『Faraway Boatは、展示規模の大きさもさることながら、会期を全うできた点でも、2020年の尾仲氏にとって貴重な展示となっただろう。

 

 

新型コロナ禍がもたらしたダメージは深刻で、それは社会の在り方や個人の暮らし、生活習慣に見直しを迫った。今後まだまだ動揺と変化が続きそうだが、そこにスナップ写真という、コンセプトや戦略、市場原理から切り離されたところで為される写真行為は、どのように関わることが出来るのか。新たな有効性や読み解き方は確認できないだろうか、そのような期待を個人的に抱いている。

 

 

 ( ´ - ` )完。