写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生・TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【写真展】波多野祐貴「Call」@ gallery176

【会期】2020.7/18(土)~7/28(火)

 

台湾の街と人々を捉えたパワフルな写真群は、一期一会の遭遇を固着させる、彗星のような写真だった。なぜ私は「彗星」と呼んだのかを考えた。

 

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本展示は「gallery 176」のやや細長い会場を3面に分けて展開している。手前の長い壁では、様々なサイズの写真が直にピン打ちされて壁面全体を埋めるように広がる。正面の壁にはプロジェクター投影でスライドショーがループされ、もう一つの長い側面壁ではマットで額装された写真が個別に展開されている。

 

展示作品のうち6点は「2019年度ヤング・ポートフォリオ(略称「YP'19」、清里フォトアートミュージアム主催)に収蔵されることとなった。また本作は、第22回写真「1_WALL」の二次審査において「審査員奨励賞」(赤々舎・姫野希美選)を受賞している。

 

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1.彗星の写真群

作者の世界観を最も強く、ストレートに伝えるのが、手前の壁面で無尽蔵に広がる写真群だ。台湾の街の中を彷徨い歩き、日中の陽射しと夜の妖艶な明かりを、闇の間隙を縫い合わせるように繋いでいく。その時空間の跨りを体感的に表している。

 

私は2019年10月にも一度、「HIJU GALLERY」の公募展にて本作を観ている。大量の応募作が溢れる中、入ってすぐ、向かって左手の壁面で「Call」は展開していた。とても力強かったことを記憶している。 

www.hyperneko.com

 

当時、私は以下のように記している。

これはドキュメンタリーだと感じた。(中略)物語が生まれる手前で、作者と人々らは、互いに過ぎ去ってゆく。彗星同士の通過。幸運だったのは、一方が写真機を携えていたこと。それゆえ出逢いの一時は、こうして映像に留められた。記憶と呼ぶにはあまりに儚く、記録と言い切るには重厚過ぎる。熱や風をしっかりと孕んだこれらの映像は、筋書きのない「現実」の穏やかな衝突が紡ぎ出す、無国籍のドキュメンタリーなのだと感じた。

 

「彗星」。今回、個展として改めてじっくり作品群と向き合うことで実感を深めた。これらは彗星の写真群である。

 

本作は2016年から現在まで、台湾に足繁く通って撮られた都市景や人物の写真群である。中でも人物の存在感は非常に強く、本作を「スナップ写真」と呼ぶことを躊躇わせる。

本作の人物写真は基本的に1対1だ。その多くは声を掛けて撮らせてもらっているため、堂々と正面から相対し、目線は強く「こちら」側へと投げ掛けられている。また、声掛けなしの即応で撮られた人物らでさえも、個人としてのはっきりした顔と体格を持っている。風景の一部または写真の文体の一部として溶けるものではなく、そこに確かにいる。

各人のヴィジュアル、存在の確かさゆえに、異国の風景の代理人として、あるいは非日常の記憶の証人としては機能せず、「個」を感じさせる点で、スナップと呼び切れない。逆に、都市空間・風景は人物の背景へと後退せず、対等に写り込み、並べられているため、ポートレイトの領域を逸している感がある。

 

このジレンマの折衷案として前回、「本作はドキュメンタリーである」と(回避的に)呼ばざるを得なかったのだが、確かにこれらは現実の光景、現実の出会いであり、戦略や作為によって仕込まれた舞台やコンセプチュアルの写真ではないし、詩情でもない。現実を見据えた写真である。他に的確な呼び名がほしいところだが、まだ発見には至っていない。

 

それでは改めて、本作を「彗星」と直感したことの意味を探っていこう。

 

2.観測された「正体不明」

本作の登場人物らは、はっきりと正面から写されているのに、謎に包まれている。彼ら彼女らの行き先や所属、内面を類推することができない。こんなにも近そうに見えて、親しそうな距離にいるのに、触れることができない。

彗星を見るような思いがする。

その姿ははっきりと観測されるが、それは光を放っていて、光の中身は分からない。どんな形なのか、大きさは、成分は。何処から来て、何処へ行くのか。もしかすると光そのものかも知れない。彗星は原則、地球に落ちてこない限りは正体不明である。

 

「不明」の大きな要因として、人物らの顔立ちや雰囲気がどことなく私達日本人に似ている反面、それでもやはり異なる人たち――顔のパーツや服装、住環境のディテールが微妙に(そして確かに)私達とは異なっていることが挙げられよう。この人物らを私達と同一視しそうになるとき、同時に、異なる国に生きている人達だという差異を見てしまい、同一視は返り討ちにあう。

同じ日本人ならば、同質性の高さから(本当は別個の人間であるはずなのに)分かったことにしてしまえる多くの部分が、ここでは同一化できず、生のまま留保される。結果、人物らは謎を湛えたまま、そこに立っている。

 

中でも、性別の不確かさがもたらす「謎」は大きい。

本作の人物らは「どちらの性」なのか不確かな面がある。あるいはどちらにも属しているように見える。

もしかすると作者がシャッターを切る際に、属性の二項対立を無効化する(してくれる)ような「どちらともつかない」人物を注意深く選び抜いている可能性もある。だが、この不確かさはむしろ、見る側にも起因している。こちら側に内在する「男性的」「女性的」の判定コードが日本国内向けの仕様のためか、登場人物らのディテールは微妙に基準に噛み合わず、顔や体のパーツ、メイクや衣服や装飾品に対して、外形上の男女の判定が惑わされているのではないか。結果「どちらともつかない」「どちらでもある」という、レッテルの効かない素の相対を私達も迫られている気がする。 

本作は性差や社会的属性のマイノリティについて話題にするものではない。だが一枚一枚の主役としてここに登場した人物たちは、明快な区分には当てはまらず、生き生きと光を帯びているのだ。

  

3.一期一会の通過

地球を突っ切って何処かへ飛び去ってゆく彗星のように、本作で相対している人々もまた、きっと再会することがない。この瞬間は写真化することによって永遠となり、どこまでも繰り延べされた一期一会であるような感覚を覚える。

作者の台湾渡航はこれまで15回にも及ぶので、実際には話し込んで仲良くなったり、境遇を聞いたり、複数回会っている人物も含まれているのかもしれないが、像と相対する私達鑑賞者にとっては、不思議な刹那を感じる。

そんな刹那の念を強く印象付けるのが、陰影の深さである。日中の太陽光と、夜の艶やかな照明とが、登場人物らを現地の時間と空間から切り立たせている。

この陰影に、台湾の光景を異国情緒としては感じさせない一端があるように思う。そもそも私が台湾に行ったことがなく、眼前のイメージと取り結ぶ記憶を持たないから、イメージが宙に浮いてしまうのは当然なのだが、それでも「台湾」のニュアンスを全く知らないわけではない。エスニカルな美への傾斜、コマーシャル的な既成イメージの再生産はいくらでも可能だったはずだ。

しかし作者は、未知の雑踏での、無名の誰かとの邂逅を望んだ。本作では、写り込む陰であり影が「台湾」を了解されざる地へと転換する。そして闇の中からぬらりと身を表す人々が、時間と場所の感覚を狂わせる。

  

陰と影の力は、被写体らの目元にも及ぶ。同じ瞬間を共有しながら、時間の尺を感じないのは、遮蔽された目元にあるのかも知れない。登場人物らの何名かは、眼鏡やサングラス、陽射しの影によって、こちらから眼を直視できない状態にある。噛み合いそうで、決定的に交じり合わない――及ばない視線が、一期一会の関係性をより深めている。

 

4.(強く)呼ぶ力

タイトルである「call」の語義には動詞と名詞があり、「~を呼ぶ、~と呼ぶ」(呼び声)や、「電話する」(電話)がよく知られているが、「大声で呼ぶ・呼びかける」の意味も上位で表示されている。

呼ぶべき「名」を知らない相手を、作者は呼び止める。分類上あてはまる代名詞の不明瞭な者たちを、作者はしかと呼び止める。それは異国の都市の中でとてもささやかで、誰も気に留めない声だろう。作者のその声なき声の力と、それに応答した被写体らの姿が、本作に溢れる力の源なのだろう。冒頭で「スナップ」と呼ぶのが躊躇われたのは、ここでは作者自身が呼び声という力と化していて、その主体・視点は写真の中に染み込んでいるからだ。

 

同じことを日本でやったらどうなりますか、と訊きそうになって、やめた。きっと作者にとっては呼ぶべき名の分からない「その人」を、全力で呼び止める瞬間に――彗星と遭遇する瞬間に何かを懸けている。了解し合った(ことになってしまう)間柄の中に、彗星は駆け抜けない。

それは翻って、作者もまた地元の人たちからすれば、不思議な、何と呼んで良いか分からない、未知の彗星であったことを意味するだろう。

作者の呼ぶ力に思わず応えた人々は、作者に何を見たのだろうか。そんな瞬間の邂逅を想うと、より謎は深まってゆく。

 

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( ´ - ` ) 完。