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ねこが超です。主に関西の写真・アート展示のレポート・私見を綴ります。

【写真展】R2.2/24_桐生眞輔「文身」@大阪ニコンサロン

【写真展】R2.2/24_桐生眞輔「文身」@大阪ニコンサロン

 

「祈り・願い・誓い」から文身を施す人を、インターネット等で募集し、撮影した作品である。体に傷を付けてまで「言葉」を刻む人たちのことを、その時は理解できなかった。 が、後の新型コロナ禍で、為政者らや私達は恐ろしい速度で「言葉」を繰り出し、更新し、3日前に誰が何を言っていたかを何も覚えていない。だから今、顧みておこうと思った。

 

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【会期】2020.2/20(木)~3/4(水)

  

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ここで、私はタトゥー・彫り物の文化や産業について全く知らず、自分でも入れたことがないので、言葉や定義が大いに散らかっていると思われるが、とにかく書いておく。

 

 

タイトルの「文身」「ぶんしん」とも「いれずみ」とも読む。その名の通り、本作では体に墨で刻み入れられた、模様・呪文のような文字が写し出される。文字と呼んで良いのかが悩ましい。それらは肉体=本人と同化しているからだ。

 

回避不可な話題として、まずそもそもの「入れ墨」について触れておく。

我が国では、「入れ墨」の印象が、正直よろしくない。「タトゥー」と呼ぶとニュアンスは緩和されるものの、それでも一般社会からあまり歓迎はされない。

歴史を雑に振り返ると、江戸時代には中国の刑罰を参考に墨を体に刻む入墨刑(腕にぐるっと線を入れるアレ)が導入された。また、時代が下ると「粋」という美意識の表現として、鳶(火消し)や車夫、飛脚などの間で流行。ここで「入墨」(刑罰)と「彫り物」(表現)との区別が生まれている。江戸時代にも禁止令はあったのだが、その支配は事実上届いてはいなかった。しかし明治時代には、近代国家の仲間入りに邁進し、欧米先進国から遅れている国と思われたくないために、1872年に「文身禁止令」を施行。列島の幅広くに行き渡らせ、例えばアイヌや沖縄の人たちの伝統的な入れ墨をも、政府による厳しい取り締まりの対象とした。

戦後から現在までは、入れ墨と言えば和彫り、主としてヤクザ・暴力団の代名詞であり、極道としての生き様や、組への所属意識を示すものとして、あまりに圧倒的な印象を占めてきた。一方で、もっとフラットなファッションとしての「タトゥー」も80~90年代から広く流通するようになったが、これもお洒落や自己表現に留まらず、本格的な「組」には所属しないが、暴力的・反(脱)社会的な性質を持つアウトサイダーらの装い、種族間の共通言語のようにして愛された面も否めない。これらの印象付けには映画やTV、漫画などの娯楽文化が強力に寄与してきたこともあって、入れ墨もタトゥーも「堅気ものではない」ことの証として機能してきた。

「タトゥー」のファッションとしての曖昧な幅広さ/自由さも、時には「入れ墨」として禁忌・規制の線引きを巡り物議をかもす。2012年に橋下徹大阪市長(当時)が市職員に入れ墨調査を行い、職員110人が入れ墨を入れていることを発表、どうしても入れ墨を入れたいなら公務員を辞めろとコメントしたことが未だに印象深い。表現の自由に入れ墨/タトゥーは当たるのか否か、という議論もあったかなかったか... 記憶は定かでない。

 

以上のように、日本ではアウトロー、反社会的なニュアンスが強いが、他の地域、民族や文化圏では、入れ墨の意味も様式も大きく異なる。西洋・非西洋における入れ墨の歴史は割愛するが、体に墨を射し入れて模様や文字を刻み込む行為が、世界の多くの地域や民族において、伝統的な儀式として不可欠なものであったこと、ポジティヴな意味や、神聖さをも帯びてきたことを、まず念頭に置く必要がある。我々の「入れ墨」という枠から自由になって見なければ、本作の登場人物らの行いを非常に軽く見積もってしまう恐れがあるだろう。

 

 

耳を澄ませて見渡すと、ここには、集団への帰属意識も、剛力も虚勢もない。ファッションによる自己表現でも、ない。

 

切実さがこだましている。

会場で、大きく延ばされた写真、文字を刻みこまれた体に囲まれていると、逃れ難く感じた。強い「想い」が静かに充満している。それが冒頭で紹介した、被写体となった個々人が抱く「祈り・誓い・願い」の念なのだろう。 

 

体に傷を付けながら、痛みと共に文字・模様を刻み込む行為は、ただ事ではない。後戻りのできない、不可逆の意思を刻むのだ。例えば私のようなヘラヘラした人間でも、それなりの願いや祈りは持ち合わせている。が、それを体に刻むなんてことはしない。何故なら、半年後、1年後には、願いや祈りの内容が既に移り変わっていることが、経験則で想像できるからだ。

言葉は、還元すれば記号であり、情報媒体であり、空気の振動である以上、原理的にはどこまでも変更や更新が可能である。むしろ状況に応じて言葉を変え続けてゆく方が、タフにサバイブできる場合もある。政治家や政権、行政が、どこか破綻しているように見えても機能し続けているのは、言葉を朝令暮改で回し続けているからと言っても過言ではない。

 

だが被写体の人物らは、不可逆の言葉を体に刻まねばならなかった。個々人の事情が明かされているわけではないが、その思い、事情、動機の一部はキャプションでも触れられていた。それは自分という手に負えない存在を何とか自分で引き受け、背負おうとしているような言葉だった。

 

「自己」なるものを、私達はどこまで背負えば良いのだろうか。

程々に引き受けられる人もいれば、全く引き受けないことで世を渡っていく人もいる。1日1日をやりすごすので精一杯の人もいる。増してゆく自重に圧し潰される人、本当に壊れてしまう人も・・・。「私」の外殻が内側へと崩れて、外部と内面の区別も壊れて、自分そのものが深い穴と化してしまう・・・そんな人もいるだろう。 

言葉・文字は、その崩壊を食い止めて、「自己」にある「かたち」を与えている気がする。

 

対比的に思い起されたのは、昨年2019年の「KYOTOGRAPHIE」で出展された岡原功祐「Ibasyo―自傷/存在の証明」だ。 

www.hyperneko.com

 

岡原作品は、自傷行為を繰り返す若者らに密着したドキュメンタリーである。閉ざされた暗い繭のような室内、精神を支えるための薬、オーバードーズ、夥しく重ねられた手首の自傷痕、といったシーンが印象に残っている。だがそれらはこの世から退場するためにではなく、自己の「生」を確認してしがみつくために繰り返されているように、思われてならなかった。

 

体に傷を刻むという行為と、この世に生きようとする動機そのものは、両作家の被写体において根底では共通している。だが方法論とその先の結果がとてつもなく違う。

自傷にはどこまでも終わりがなく、暗闇の中を落ち続けるように、とてつもなく苦しい。傷により流れる鮮血や、刻まれた傷痕を見ることで、生きている実感を得られる効果もあるのだろう。だがその刃の痕は体――肉にとって、「傷」や「痛み」以上のものをもたらさない。(自己や近親者を罰し否定する効果はあるだろうが。)

 

「文身」は、人を暗い穴に陥らせない。文字を刻んだ直後の体や傷は、確かに痛々しい。が、被写体となった人々の体と表情は、明るい。自己に開いた底なしの穴の闇を、文字が吸い上げて、別の世界――「生」へと転化させている。

これは言葉の効果なのか。文字の力なのか。入れ墨による身体化の効果なのか、写真の光学的な効果なのか。 

 

確かなことは、これらの文字は単なる記号ではなく「書」であることだ。作者は写真家である以前に、書道家としてのキャリアを有している。被写体一人一人との対話の中で呼び起こされ、描き出された文字は、専門家と当事者との協働による賜物である。文字は肉体に呼応し、共鳴して、個々人に生きる力を与えている。

その構造は医療に似ている。チーム医療において最も重要な構成員は医師ではなく、実は患者自身だ。当事者の意志が、切実さが、新しい/あるべき「生」を実現するための一歩となる。そのためにはプロフェッショナルの知識と技術が不可欠である。

 

「文身」による癒し、救い、光を一言で言うならば「神聖な力」と形容されるだろう。が、ここではむしろ、欠けてしまったり動きづらくなった「自己」を支えるためにあてがわれた、松葉杖や義手や義足、人工関節に似たものにも見えた。 

 

その姿は今、高速で「言葉」が二転三転し、造語が次々に繰り出され、TVの編集とフリップとのプレゼン対決がツルツルと続く「現在」において、何かとても切実なものとして、改めて浮かび上がった。私達は何をやっているのだろう?

 

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このテーマは奥行きも幅も広くて深い。今回は、ひどく中途半端ながら、ここで筆を置こうと思う。この先は、言葉や文字の呪力と聖性についての話になるだろう。それは今の私にはあまりに深淵で、まだ手に負えないテーマのように思われる・・・ 

 

( ´ - ` ) 完。