写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【写真展】野口健吾「庵の人々 The Ten Foot Square Hut 2010-2019」@大阪ニコンサロン

【写真展】野口健吾「庵の人々 The Ten Foot Square Hut 2010-2019」@大阪ニコンサロン

「ホームレス」と呼ばれているが、彼らには家がある。本作はその住まいを「庵」と呼び、その家人らを10年かけて定点観測している。

【会期】2019.11/21(木)~12/4(水)

 

 

一定の年数をかけて撮られた本作は、「ホームレス」という言葉の嘘を静かに突いた。彼らには彼らなりの確かな住まい、オリジナルの「家」があることがくっきりと示される。10年越しで撮られた写真は、自作の「庵」でそれぞれの生活を営む人々の姿だ。

 

「ホームレス」の定義は国によってそれぞれ微妙に異なる。日本では2002年に制定された「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」(いわゆるホームレス支援法)第二条において、都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者をいう。」と定義がなされており、現行の支援や実態調査はこの条文に基づいてなされている。調査報告においては、彼らが屋根のある宿泊施設と路上とを行き来するライフスタイルを有することや、野宿の様態として本作に見られるような住まい、「廃材やダンボール、ブルーシートによるテント又は小屋を常設」が回答の34.7%を占めている(2017)ことなどが分かる。

 

本作を観ていると、そうした定義が段々奇妙に思えてくる。本作に登場する人々には「定住のための住居」が存在する。ネットカフェや簡易宿泊所などのサービスではなく、自前の物件である。それらは決して「家」とは呼ばれず、上記の定義や調査では、あくまで「野宿」の一形態として扱われている。これは「野宿」なのか? 屋根があり、風雨や日差しをしのげ、横になれるスペースを有し、個人の好みを反映したカスタマイズがなされている。そのビジュアルには、行政が定義し、法によって捕捉しようとする対象からはすり抜けてゆくような力がある。

また同時に、本作の登場人物らは「ホームレス」の定義が正面から当てはまる境遇の人達、切迫度のより高い人達とも、また状況が異なるように見える。生活上の困難や危険性も多かろうが、何より写真では暮らしの多様さとマイペースさが前面に出ており、保護や支援の対象として囲い込むことが余計なお節介に思えてくる。多くの登場人物らが、何らかの意思決定によってこの「庵」を結んだことが伝わる。意思が見えるがゆえに、こちらも関心・興味を持って見ていられるのだ。

本作に写り込んだ営みの個性は語りきれない。まさに写真の持つ解像度、情報量ならではの発見、楽しさに満ちている。

「庵」は小さな王国である。趣味を全面に押し出した装飾が施されている。どこから集めたのか分からない調度品を並べていたりする。乱雑なようで、数年越しでも変わらない椅子や廃材の配置からは、本人なりの最適化が図られていることが察せられる。こだわりの王国。それと見て分かる”芸術家”もいる。中には料金を書いた看板を掲げて、カフェや床屋を名乗る者もいる(客はいるのか?)。隠遁に至った個々人の経緯はともかく、行政の包囲網にはかからない、したたかな暮らしと個性が写っている。

 

とはいえ、一方ではやはり、とことん「自己責任」の領域でもある。社会の了解する「家」を持たないということは、健康で文化的な暮らしを保証されないリスクを背負うことでもある。本作はその厳しさ、虚しさもきちんと捉えている。

工夫を凝らした「庵」とはいえ、建築基準法をせせら笑い、あり合わせの材料から成るブリコラージュである。自然が少し荒れればひとたまりもない。作品の中には、冬の降雪や夏の雑草の繁茂で「庵」が崩れそうなほど圧倒されている様子も写し出されている。定点観測の過程で、不審火で焼けてしまったり、台風の風水害に遭い、去ってしまった人もいる。あるいは、都市の再開発によって追い出されたと思わしき人もいる。

いかに個性的でマイペースで、当人の意思に基づくものであっても、「庵」はどこまでも儚く、アナーキーな営みである。当然、土地の所有者・管理者とは契約行為は交わされていないだろう。クロに近いグレーな営みである。行政の気分次第で追い払われる、不安定な、絶えず脅かされる住まいであろう。

 

それに、たとえ誰かの迷惑にならないようにと配慮がなされていたとしても、それは「市民」の側からすれば知ったことではないという、そもそもの社会的な断絶が横たわっている。

これは、公共圏とは何なのか、という議論を孕んだ作品とも言えるだろう。

「公共」の空間を巡る観念、迷惑や快適さの議論については、本来の受益者(=納税者)たる「市民」個々人の生活スタイルや感度によって千差万別だ。例えば河川敷や公園の近所に住んでいて、日常的にそこを通ったり、それらを利用できる状況にある「市民」にとって、そこで誰か知らない人が勝手に住み着いている、となると、どうだろうか。「誰かが住んでいる」ことを知っただけでも、不快、恐怖、不公平を感じてしまうことは否定できない。例え、隠遁者が気配を殺し、精一杯清潔に大人しく過ごしたとしてもだ。公共の場を、個人の暮らしで占めること自体が断絶(=矛盾)を生じさせる。

 

この点は、かく言う私自身が結構苦々しく思ってきたところでもある。

私は特段、よくできたリベラルな人間ではない。自分の生活にしか興味のない小市民である。

今でこそ相当な保護(浄化?)が進んだが、大阪の都市部には昔から洒落にならない数と頻度で「ホームレス」な方々が生息していた。都市は誰のものなのか、一体どっちが偉いのか、そもそもなんで「みんなの場所」に「住んでいる」のか、到底理解できなかった。なるべく避けるようにはするが、しかし物理的に遭遇、接近することが避けられず、靴音や視線で接触してしまう。なぜならそこで「住んでいる」から。幾らお互いに不干渉を決め込んでいても、無視のしようがない。誰かが「住んでいる」という事実は、シンプルに圧倒的に強力だ。そこが大阪城公園だろうが淀川河川敷だろうがディアモール梅田への接続部であろうが新梅田食道街横のトンネル歩道であろうが名もなき高架橋の足元の暗がりだろうがもっと名もなき道端であろうが関係ない。私というマジョリティは、彼らの「住んでいる」状況の内においては、常に・少なからず侵害者となる。なぜなら私は、常識的なプライバシーの観念と、優等生的な「公共」の観念に貫かれて生きているがゆえに、自身を侵害者と自動的に認識し、その裏返しで彼らをルール違反者と自動判定せざるを得なくなるからだ。この体の仕組み自体は変えようがなく、そうである以上は、私は彼らの生活圏に立ち入るたびに、一方的に、土足で人の家に踏み込んだという、ばつの悪さを自動的に感じてしまうのだ。この回路にこそ、優等生的な「公共」なる権力的な原理がしっかり内在しているように感じられる。そんなわけで、「ホームレス」な状況の人達の営み、「庵」について知る機会は、住居侵入を回避するための努力という積極的没交渉によって阻まれてきたわけである。

 

本作が10年近くに亘って定点観測された価値はここにある。断絶の向こう側で歩み寄らずに生きることを決め込んだ私の代わりに、作者は断絶を越えて歩み寄り、「ホームレス」という言葉の中に「庵」という可能性を見出した。言わば「ホームレス」という言葉の「嘘」をゆるやかに暴いたと言えよう。

短期間での潜入取材の写真や映像なら、もう何度も目にしてきた。それは社会問題や経済動向、個々人のヒストリー、その他様々な事柄を語っていた。だが何年にも亘って、止まった眼で相手を見つめることの、時間軸上の解像度の深さは、物語や情報を超えてこちら側へ浸透してくるものがあった。そこにいたのは、ただの人間だった。「ホームレス」の「ホーム」は、ただの、しかし、大した「庵」だった。そのヴィジョンは、私を貫いて/介して作動している大きな「公共」なるものの、メカニズムの虚を突いた。

私は警戒と緊張を解き、写真越しに彼らの「庵」に歩み寄る。そして、「庵」の内を想像する。

 

本作の最大の肝は、「庵」の内部の映像は伏せられていることだ。全てのカットは「庵」の外観と居住者との2ショットから成る。庵が居住者らと同質な関係であることや、それらが「家」というより「体」の延長に近いものに感じられる。内側を暴くことは、彼らの内面や人生に踏み込むことになる。そこから先は、それこそ「人の家」の内、というわけだ。庵越しに、住人らと目線を交わすことは、相手の暮らしに踏み込んだことにはならないと言ってもらえた気がする。そこから先の関係構築は、鑑賞者に委ねられている。 

 

( ´ - ` ) 完。