岡山芸術交流つづき。蛇はどこにいるのでしょう。
元・小学校が今回の最大ボリュームにして、世界観の核となるコンテンツを擁しています。
- 【A】旧内山下小学校
- ◆タレク・アトウィ『ワイルドなシンセ』
- ◆ピエール・ユイグ『タイトル未定』& ◆エティエンヌ・シャンボー『微積分/石』
- ◆ティノ・セガール(パフォーマンス)
- ◆ファビアン・ジロー&ラファエル・シボーニ
- ◆マシュー・バーニー『安全圏の陰極』
- ◆マシュー・バーニー&ピエール・ユイグ『タイトル未定』
- 【A11】パメラ・ローゼンクランツ『被膜のプール(オロモム)』
- ◆【H5】ジョン・ジェラード『アフリカツメガエル(宇宙実験室)』
前回。
引き続き場所No.は地図に準拠します。
【A】旧内山下小学校
校舎も展示会場。あせりがにじみます。(中之条ビエンナーレでは学校系会場のコンテンツ量に手を焼いててんやわんやしました。てんや。) 後ろの円筒の建物は岡山シンフォニービルで、学校ではございません。かっこいいな。
◆タレク・アトウィ『ワイルドなシンセ』
日本語にするとタイトルがアレだが、「wild」、野生として捉えると状況が理解できる。体育館は、自動演奏の楽器軍団で占拠されています。なんかもう人間いらんやん。楽器とは何か。人間のいなくなった後の時代の世界を観てるような世界です。
野生というのは、四方八方から自動で何かが鳴っているのです。もう自動生命の国。人間がいなくなってもこいつら(誰?)アルゴリズムと電力さえあれば勝手によろしくやっていけるやんという感じです。演奏という概念自体を考え直さないといけない。
( ´ - ` ) 写真では残念ながら音が撮れませんねんな。比喩的に演奏を撮ることはできても、音自体を記録・再生することはできませんねんな。ご想像ください。
楽器がやたら多いわりに、のべつまくなしに鳴ってるわけではなく、鳴ってない箇所が多いんです。どうも各所が順番に鳴っていくような気がします。1時間ぐらい滞在したら全容が分かったかも。1体1体が人工生命であり、また総体としてもあたかも一つの生体システムのようにバランスを取っているように見えます。
ちなみに楽器生命体(?)・9体の解説はこちら。
( ´ - ` ) どうすか。
どれもこれも、発見3秒ぐらいで奥さんに叩き捨てられそうなブツしかないのが素敵です。そして解説だけ観ても全然わからん。やっぱり音を聴きましょうか。
岡山芸術交流2019_タレク・アトウィ《ワイルドなシンセ》@旧内山下小学校
( ´ - ` ) どうすか。
ほとんどの楽器が鳴ってないのが分かるかと思います。ワーンとかギュインギュインて言ってるのはごく一部で、大半のギミックは停止中。たぶん時間経過で移り変わっていくのでしょうね。1日のうちどっかのタイミングで全部が揃って動くチャンスはあるのかな。
つづいてグラウンド。
◆ピエール・ユイグ『タイトル未定』& ◆エティエンヌ・シャンボー『微積分/石』
ユイグの作品が奥のモヤッとした絵画みたいなやつ。これは動画で、動いています。シャンボーの微積分だの石だのという作品が、分かり難いけどその手前の石みたいな何か。バケツか岩か?です。ロダン『考える人』の複製から本体を取り除いた台座らしい。
ユイグの動画は、闇落ちした奈良美智みたいな絵柄でワーワー切り替わります。イメージを見せた被験者の脳活動をfMRIでスキャンして生成した映像、ということらしいです。わかるか! やっぱり2回ぐらい観に行かないとだめだ。
◆ティノ・セガール(パフォーマンス)
パフォーマー集団がグラウンドの奥から並んでハミング的に、口笛?を歌いながら、校門の方へと歩いてくる。撮影不可。作品だと思ってなかったので、何か歌声がするな・・・と思ったら歩いてきていて。カメラを構えたら「だめです」と制止され、なんやなんやという間に終わった。なんやったんや。
さて校内へ潜入します。複数の教室に加えて中庭も使って、1つの作品を展開。何とも不思議なSFめいた物語が展開されます。今回の芸術交流で最大級の規模、正直まったく意味が分からず、現地でおつむは「???」状態。
◆ファビアン・ジロー&ラファエル・シボーニ
・『反転資本(1971年―4936年)、無人、シーズン2、エピソード2』(24時間のパフォーマンスをリアルタイムで編集したHD動画;人工知能とディープフェイク)
・『非ずの形式(幼年期)、無人、シーズン3』(ディープフェイクが生成した彫刻;様々な素材と人工知能)
( ´ - ` ) ほんとこの作品が厄介なのは、理解の助けのようで誤解を招くような日本語。
まずタイトルが二つあって。この後出会う作品がどっちのタイトルに属しているか、よく分からへんかった。他の貼り紙もちゃんと見たら、映像とそれ以外の彫刻で分けていることが分かったが、いやでもなあ・・・。
そしてこの説明文の日本語が意味わからない。わたしずっと「1971年にここで上演されたパフォーマンスを再構築した作品」と誤読していた。ちゃうねん。1971年の世界を下地にしたSF的作品ですねんて。わかるか! ここに限らず、展示全般で解説文の意味が分かりづらい。私がアホなせいもあるが、難解というより作家の書いた英語のステートメント原文を訳す際に難解になっただけのことでは。
現地で意味不明だったので今整理しますと
・1971年に地球(タイトルからすると資本主義世界)は解体の危機を迎えている
(作品世界の話なのか、作品世界の内で二重創作されているパフォーマンス映画の中の話なのか??)
・通常の(死ぬ)人類と、不死の種族とがいる
そして1971年、人類は不死族を誘拐して学校に立てこもった模様
・会場は4936年、地球の解体がほぼ完了した世界
最後の人類が1971年時点のパフォーマンスを繰り返す
・4936年に生まれた子供は人間と非人間のハイブリッドで、必滅と不死のどちらでもない
・ディープフェイク技術により映画(1971年のを元に?)はリアルタイム生成される
( ´ - ` )??? なんやらもうこの解説文の掲示だけでは全然分からない。もうちょっと何かなかったすか。校内の映像作品を通しでちゃんと観たら理解できたのかな?
からんでないで入ります。
くつをぬいでスリッパで上がる。こんちは。さあ未来?世界ですよ。
これ人間かな、不死族かな。
なにこれ。いす? 溶けてますが。
床に散乱している白い粉が何なのか、以降の部屋でも引き続いて出てくる。人類とか地球の死骸だったらやだな。
巨大なボンベ。こわいな。滅びてる。
白い粉がパイプで次の部屋に繋がっている。
次の部屋は暗く、謎の装置が光っている。彫刻はディープフェイクが生成したものだという。だからこれは・・・ つまり誰の作り出した現実/物語なのか?
袋に入った粉?砂?体?が溶けていて、上部には鳥の剥製が取り付けられている。この部屋の配管チューブが中庭に続いている。謎しかない。各部屋に解説はなし。ただ有機的に、物語設定のバトンを渡していくように物語が連なっていく。
未来の人間たちがここに住んでいる設定らしい。なお3000年後の地球には通常の人間は住んでおらず、不死の種族が占めている。なので1971年当時から立て籠もってる一団の末裔だろうか。
見覚えがあってですね、勝手に公園の水道とか引き込んで住んでる人たちがこういうお住まいをしていました。大阪城公園によく住んではったな。
アメリカ色がやたら強い。日本の話でもなかったのかな。モーターがあるね。文明社会、資本主義世界が滅んだ後にもモーターは健在か。ナウシカ原作でも飛行船のモーターは重要視されていましたね。
上の階にあがる。
また何かが溶けてる/流れ出してる。不気味だ。生き物なのか素材なのか死体なのか・・・。白い粉と、黒い半・流体、4936年の地球ってこういう感じなんですかね。これも自動生成されたイメージか。誰の夢なんですかこれ。ああそうか、機械か。
こうした会場の装置の謎を解くカギが、動画映像の内部で繰り広げられる物語だ。この旧内山下小学校を舞台として行われたパフォーマンスである。残念ながら全然ちゃんと観れていなかった。(2年前、全てを鑑賞するのに急いでも終了時間ぎりぎりになったので、動画を切り上げて次を観に行かないと間に合わないという恐れがあり、急いで回った次第です)
作品世界に関わる何かシリアスな話が行われているようです。あかん何も覚えてない。スマホにもメモが残っていない。なんやそれは(怒)。時間管理に神経をとがらせていたようです。ゆとりだいじやなあ。なんも分からへん。
最後の部屋に来ました。
あれっこの人。ニクソンさんじゃないですか? 沖縄返還とかベトナム戦争終結のときの。1971年当時の地球がここに。この時点で地球(資本主義世界)が終わったということですか。わたし生まれてない。70年代を知らないんです。今より賃金が上がったりして会社員人生が輝いてた時代らしいですかね。あと冷戦構造。まあそういう世界が決定的に終わったと。
穴で隣の部屋とつながっています。このスローガンもなんかあれですね、究極のテンプレ感が漂う。元から学校にあったものではないはず。
抗がん剤とか周囲に危険を及ぼすものを扱う時に使う密閉操作ケースがあり、中で何かが動いた跡が。なんだこの球体、種子みたいなものは。
そして隕石のようなこれ。これはなんだ。頭部か。隕石か。
わからぬ。
穴はスタート地点の天井と繋がっており、恐らくこの岩?隕石?卵?が削れて白い粉が降ってきた・・・のだろうか。
わからぬ。
完。
( ´ ー` ) やばい
( ´ ー` ) 全然分からぬまま終わった。
だからやっぱりオブジェとして意味を考えるのではなく(必死で考えたところでそれがAIによる学習とフェイクの自動生成なら、こちらの意味付けは意味を持たない。)、映像作品の舞台としてここにあるのではないか。映像観ろってことですかね。今となってはどうしようもないです。敗北。
ただ、この人類がいなくなった3000年後の、資本主義世界を突き放して見るような、自動生成に満ちたSF世界みたいな状況が、今年の岡山芸術交流の全体の世界観であるらしい、ということが分かった。(※公式にはそう書いてはいません)
なのでこの小学校からスタートすれば、世界観が全作品の受け皿になったのではないか、などと今こうして書いていて思ったわけです。書くって大事ですね。だから私はいつも思うのですが、なぜこう書いているときの思考と、道を歩いたり展示会場でうにゃうにゃしたり職場でオエオエしているときの思考とがこうも乖離しているのか、もう少し生産性のある人間になれたのではないか、等と、この(略)
◆マシュー・バーニー『安全圏の陰極』
銅板で極です。水槽。上下に装置。イソギンチャクが住んでいる。下側の仕組みは濾過? わからん。
『ピエール・ユイグとの共同プロジェクトにおける要素を抽象的に表現した作品。銅板には電気きめっき装置と有機海洋生物の両方を含むタンクが描かれている。』 同室のもう一つの作品と対になっているようです。
◆マシュー・バーニー&ピエール・ユイグ『タイトル未定』
( ´ - ` ) これ毒やんな。
硫酸銅水溶液の色をしておるが。
『マシュー・バーニーの電気めっきタンクには、両面にエッチングの施されたアスファルト塗装の銅版が設置されている。展覧会会期中、常に電気めっき加工が行われるので、銅板の表面には付着物が集まり続け、エッチングを徐々に抽象化し、最終的に一つの銅の物体となる。』
『展覧会終了後、電気めっきされた物体は電解液から取り出され、二人のアーティストのコラボレーションとしてユイグの水槽に設置される。』
( ´ - ` ) 展覧会終了後って、そもそも観れませんやん。
あくまで想像上でのアート・コラボ・ゲームということか・・・
学校を出ました。ふう。
プール側にも作品があるのでいきます。
【A11】パメラ・ローゼンクランツ『被膜のプール(オロモム)』
このプールやばい。
なんかエヴァのLCLぽくない? これでダミープラグ作れそう。
粘り気の高い流体で、ブクブク音を立てている。皮膚か肉でも生成され続けているのかという、これ自体が生き物みたいなプールです。ナウシカ原作とかが好きな私にとっては、もう生命のもとを作ってる研究施設にしか見えません。はまったら食われそう。
作品としては、皮膚の色に言及しているとのこと。
岡山芸術交流2019_パメラ・ローゼンクランツ『被膜のプール(オロモム)』
ボニョボニョ ボコボコ音を立てています。
このプールは非常に深い印象を残した。自分の一部が極端に拡大されて、そこにあるような・・・。
そしてプールサイドを散策している間にも、すぐそこに見えている「RSK山陽放送」ビル壁面の巨大な作品が視界に入る。上の動画でも思わずプールから視線を切り替えている。
◆【H5】ジョン・ジェラード『アフリカツメガエル(宇宙実験室)』
壁面にカエルが空中浮遊してるスローモーション動画が流れています。カエルの浮遊。なんかこれ見たことあるぞ。毛利さん的な。実に見事に飛んでおりまして、これは宇宙ステーションで無重力。
とは言いつつ解説によると、宇宙に連れて行った、実験用のカエルを思わせ、1992年のエンデバーのミッションと関連付けられつつも、宇宙の映像ではないらしい。
『不規則な間隔で、カエルが痙攣する。一度として同じ動きはない』『一連のアルゴリズムとコンピュータレンダリングを使用し、歴史的な要素と一見SF的な要素とを組み合わせて見せている』
レトロさの漂うTV局のビルと、30年ぐらい昔の科学を象徴する映像。これを受け止める、新しい人工の素材・人体としてのピンク色のプール。そして、学校の校舎に秘められた3000年後の人工生命の物語。
鄙びた、やや古風な岡山の市街地が、人間の時代が終わった科学の世界に転化する。
なんか壮大なことになってますね。
他にもアサガオとか香水とか作品があるのですがカット。
つづく。