写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【diary】H30.9/5(水)ー6(木) 台風21号の去った後、大阪

【diary】H30.9/5(水)ー6(木) 台風21号の去った後、大阪

台風21号は9/4(火)に本州に上陸してからは猛威を振るい、甚大な爪痕を残して、すごい速度で去っていった。私は自宅に籠っていたので大阪市内がどうなっていたかを知らなかったが、夕方からTwitterを中心に続々と信じがたい映像が流れるのを見て、これは災害なのだと実感した。

 

 

以下に簡単に記録する。

 

 

H30.9/4(火)

台風21号が昼からいきなり凶悪になる。ガレージの屋根が飛ばされる。 

 

mareosiev.hatenablog.com

 

H30.9/5(水)

朝、ニュースではTwitterの衝撃映像の総集編といった感じで、既視感のあるシーンが次々に流される。速報、報道の臨場感は、すっかりTwitterがお株を奪った感がある。新聞はまさにそうだ。完全に1日遅れで「状況」がやってくる。

分かったことは、関空が高潮で水に浸かって孤立したこと、「取り残された人数」が3,000人から5,000人になり、8,000人になったこと。時間が経つにつれてコメンテーターなる人種が「対策できたはずだ」「対策すべきだった」と繰り返すこと。暴風の道頓堀で観光客がうろついていたこと。西宮の浜でなぜか大量の車が燃えていること、などだ。

 

映像の深刻さに反して、空はのびやかに晴れており、洗濯物が喜びそうな天気である。TVのテロップでは、JRは間引き運転で、平常時の7~8割で動いているとのことだ。すっかり日常が戻ってきた。日常だなあ、と喜んでいたら、JRは止まっていた。おい何だよ駄目ではないか。

 

遅れているとか間引いているというレベルではなく、完全に止まっている。線路点検らしいが動き出す時期も何も分からない。仕方がないので私鉄駅に連絡しているバスに乗りましょうか。バス「満員なので次の便をご利用ください」待てい。誰も乗せてくれずに走り去るのを見てこれはもう並ぶだけ無意味だと分かった。行列は消化されず、逆に次々に人が増えていく。日本人には侍の「はべり」のDNAが息づいており、主君が「来なくていい」「帰れ」とはっきり命じるまでは、帰る(=仕えない)という選択肢は、ないのだ。これはもうだめだ。私鉄の駅まで歩くことにする。歩くと暑い。いい陽射しだ、夏を感じる。

 

電車さえ動いていれば、被災のことは特に感じない。電車が動いておらず、JRの速報では動いているように見えるのだが、実際には動いていないことがTwitterの投稿から読み取れた。大阪環状線は動いていない。まじかよ。動き出したJR線も架線トラブルでまたすぐに死んだらしい。ほう。行動中においては、各社の公式発表も報道機関の速報も一手二手「遅い」。次にどうすれば良いのか、移動中に判断するには遅すぎる。家に帰れば良いのだが、日常の中で色濃く残った非日常の沼に足を突っ込みたくなり、変な上気もあって、このまま乱れたダイヤの中でくるくる回ってみたい思いもある。

淀屋橋まで出て、そこから阪急梅田駅に向かって歩くことにした。やたらと御堂筋の街路樹が途中から折れていて、何とか道路の端や木の根元にまとめて置いているのが目立った。

 

街路樹が延々折れていて、それだけが台風21号がここに来たことを完璧に物語っていて、それ以外は特段何かがあったようには見えなかった。日常は平常運行である。やけに青々しい銀杏が大量に落ちていたのが印象的だった。累(かさね)も、印象的だった。土屋太鳳は何かいいよね。何かいい。

職場に着いたのは家を出てから3時間半後で、東京~大阪間より時間を要した。そういう意味では実に非日常である。よく歩いたので腸がよろこんだと思います。つかれた。

 

H30.9/6(木)

起きてすぐTVをつけるとアナウンサーが延々神妙な声で緊張を伝えており、BGMや星占いはカットされ、報道局の雑然とした現場の音声がざわざわと入ってくる。歯磨きと髭剃りを終えてリビングに戻ってくると、地球を熊手でひと掻きふた掻きしたような凄まじい崩落の映像がヘリから写し出されていた。北海道胆振(いぶり)地方である。午前3時にマグニチュード6.7の大地震が発生し、厚真町(あつま)で最大震度7を記録した。

夏からの被災があまりに立て込んでいて、記憶が追い付かない。「平成最後の夏」なるタグは浮かれたリア充のイベントの思い出としてではなく、国民の被災のトラウマとして刻み込まれることとなった。台風21号の被害はそのままに、報道、話題、記憶は地震の話へとシフトしていく。

西宮市、伊丹市尼崎市の一部ではこの時点でも停電が続いていた。悲惨なのは報道の機会が激減したが電柱が倒れっぱなしになっている泉南など大阪南部である。また報道の目には見えない細かなダメージが庶民には蓄積されており、6月の地震から徐々に家屋は痛めつけられているので今後色々な形で実害が出てくるだろう。うちの近所でも職人の手が全く足らず、多くの家屋において屋根、壁、塀の補修が手つかずとなっている。それらを置き去りにして、また次の災害が来る。一体何が起きているのか。よくわからない。

 

この日はさすがにJRも正気を取り戻したというか、ダイヤが正常化しており、動く分には日常そのものであった。JR日根野線、関空方面はだめで、関空からはなおも閉じ込められた利用客の輸送を行っていたようだが、首相や府知事らトップの間ではどれだけ早期に滑走路を復旧して運航再開できるかが焦眉となっており、Twitterで怒りの投稿が見られた。話題のみならず論点の提起すらSNS等のWebサービスで無名の一般人によるものとなっていて、TVと新聞がひどく牧歌的に見える瞬間があり、何か自分が変な世界に迷い込んだような錯覚があった。半日から1日ずれた世界に足を踏み入れたような感覚がするのだ。気持ちが悪い。

 

午後から雨らしいので半日休をはめて退社し、次週から開催されるグループ展の会場へ作品を運び込んだ。会場は淀屋橋なので、また街路樹が延々と折られた姿を拝むことになった。

 

台風21号は終わっておらず、片付けは着実に進んでいるものの、これまでの台風や地震とは被害の規模がまるで違う。都市は室戸台風の頃に比べれば遥かに強くなったが、それでもあらゆるものに弱い。都市はまるで生き物のように治癒能力と学習能力を有して立ち上がるのだが、それはそこに棲まう人間たちが、必死で財と労力を投じて修復と補強を行うから成し得る技である。住民の体力が尽きるとまずい。人口論の話になる。遺伝子改良した強靭な樹で防風林を構築するという手もあります。ロマンだ。

 

元・モー娘。の吉澤という人が飲酒運転でひき逃げをやらかして話題になった。日常的にアルコールを摂取していないと、飲んだ状態で車を運転することはないのでは。大丈夫か。大丈夫じゃない。たぶんあれは。どうかな。

台風だか地震だかよく分からない週だった。

 

完。