写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【写真展】「本の景色 BIBLIOTHECA」潮田登久子 @ニコンプラザ大阪

【写真展】「本の景色 BIBLIOTHECA」潮田登久子ニコンプラザ大阪

 

第37回土門拳賞を受賞した写真集『本の景色 BIBLIOTHECA』幻戯書房 2017.3)の写真展に行ってきました。

5/24(木)~5/30(水)の1週間足らず、しかも日曜閉館です。たいへんや。

 

 ニコンサロンの展示は極めてオーソドックスです。白い壁面に、シルバーのフレーム、白マット。王道ですね。きれいな正拳突きを繰り出すがごとく、観客と作品が真っ向勝負です。

 

この『BIBLIOTHECA』(ビブリオテカ)シリーズは、写真集としては『みすず書房旧社屋』と『先生のアトリエ』に続く第3部という位置づけです。どれも、本・書棚の表情を掘り下げて捉えるとともに、それらが長い時間の中で周囲の環境、あるいはそれらに触れてきた人々との関りが写し出されています。

 

本だけをモノとして、骨董や貴重品のように礼賛して撮るのではなく、それぞれの本がまるで異なる国の遺跡のように、丹念に掘り下げて見つめられていました。それらは「本」と呼ぶにはあまりに深く、そしていびつな姿でした。「読む」ことが堆積し過ぎた結果、「読む」ことを許さない、独自の世界を形成していたのです。

 

これらを予備知識なく「ああ、これは本ですね」と、ラベルを貼るようにして言ってしまえるものかどうか。私には出来ませんでした。

いまだ見たことのない廃墟物件、遺跡に足を踏み入れたのと同じでした。これらの古書や洋書、個人が使い込んだ書物らは、時間の流れと持ち主の使用感によって変質し、別の時空間として口を開いていたのです。

 

20年かけて、図書館の書庫などで撮り続けられた本作は、「本」という最も古典的な「メディア」のことを振り返り、見つめ直す機会を与えてくれました。

 

現在、やはり全てはWebであり、デジタルであり、モバイルです。

 

「本」は売れないし、持ち運びが不便で、それにWeb上での引用やリンクなどの展開には全く不向きです。それに同じ内容でも電子書籍の方が安いし、家の引っ越しや模様替えの際には本は邪魔すぎ、完全に悪者扱いです。

しかし「本」は古典的であるがゆえの強味があります。ブラウザがセキュリティホールだらけになろうが、電源・電波が確保できなかろうが、機器の操作に不自由な人がいようが、「本」は誰でも使うことができます。そして経年劣化しても、電子機器と異なり、一定程度は「本」として使うことができます。

 

最後の点が「本」の特異なところです。劣化が限界まで進み、本としての底を突き抜けてなおも劣化し続けたとき、今度は別の「何か」として、物性が変容していきます。その姿は、一般の生活ではそうそうに棄てられてしまい、目に触れる機会はまずない。しかし図書館や古い出版社の社屋には、「本」を超えた本が、あった。それらを、作家は発掘してきた。

我々鑑賞者が「遺跡のようだ」「化石のようだ」と写真から感じた、静かな衝撃もまた、そこに由来するのでしょう。メディアであることを突き抜けてしまい、モノとしての力を増した、不思議な存在です。

 

私は本作を見たとき、アーヴィング・ペンが世界各地で簡易スタジオを立て、天窓から自然光を取り込みながら原住民を撮った写真と、どこか似ているように感じました。

根拠はなく、印象だけなのですが、これらの書籍は潮田氏により、画一化や洗練といった近代化の波から逃れ続けている存在として「発見」されたのだと思います。

それは、ペンが向き合った先住民の在り様と同じく、先進国の原理・要請の届かないところで、独自の姿や振る舞いを維持し続けてきたものとして、共通した印象をもたらしました。

 

潮田氏は、撮影現場ではその場の自然光だけで撮り、レフ板で調整するだけだったと言います。それが独特な視覚体験――時の流れがどこかで止まったまま、独自の生態を生き続けている者としての揺らぎを与えています。

 

揺らぎがいいなあとか思っていると、お孫さん(しまおまほ氏の息子氏)が全力で壁に向かって倒立を繰り返し、こちらの股ぐらを駆け抜けるなどし続けます。「おれを見ろ!!!!」そういうプレッシャーが旺盛です。はい。

 

後に親睦会があり、日ごろ通っている学校(写真表現大学)でお世話になっている講師:天野先生に招かれ、表大生数名でそろりそろりと菓子をついばむなどしました。

 

りんごを薄く何かして何かしらの菓子にしたクニャクニャした何かを口にしながら談笑する表大生。りんごだと思う。

 

リンゴのようなリンゴじゃないような何かをふにゃふにゃ噛みながら、潮田氏と他の生徒さんが話しているのを聴いていて、ひとつ面白いことを仰ったのが印象に刺さりました。

 

「東京より関西の方が、写真を学べる環境に恵まれている」

 

言い回しは違ったかもしれませんが、趣旨はそのようなことでした。

曰く、東京には日大やビジュアルアーツはあるが、関西に比べて、どうかなと。

これは驚きでした。私は常に、出版印刷編集、Web、映像・写真などについては、東京の方が圧倒的に優位にあり、関西がなんぼ頑張っても、まあどうせ地方都市の一部扱いでしょ、と、ひがんでいたのです。

 

事の詳しい話には至りませんでしたが、何かしら感じたところがあられたのでしょう。何気ない感想だったかもしれません。

しかし何か「刺さる」一言でした。関西の写真・映像文化と、その支柱となる教育の場やギャラリーの力には、今後ちょっと意識していこうと思った次第です。リンゴのような何かクニャクニャしたものを噛みながら「表大みたいな場所って東京にはあまり無いのかもしれん・・・」とクニャクニャしました。

 

 

ありがとうございました。

 

と思ったけど、7/8(日)に表大に特別公開講座で来られるのでした。

 

medialib.jp

 

愉しみです。

 

( ´ - ` ) 拝