写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【写真表現大学・Eスクール】H30.3/25(日)2017年度 修了式

【写真表現大学・Eスクール】H30.3/25(日)2017年度 修了式

 

3/25(日)は、学校の修了式でした。春は合評、夏は合評、秋は合評、冬は合評、からの、3月の修了展、そして、早いもので、修了式です。

 

 「写真表現大学」及び「Eスクール」の講師の先生方から、「表現」との向き合い方などについてお話を受けた後、飲み食いをして、酒が回ったところで全員総スピーチ大会になりました。わあい。

 

 

 

<修了展のようす>

 

 

色々バタバタしていたのも過去の話。もう春が来ていましたね。 

 

春です。

学校の近所にお寺があります。桜が鮮やかになってきました。陽気ですね。まだ朝は寒いです。服装に困りました。花粉症の薬のせいか現実感がありません。私は研究ゼミ生なので修了式は2回目です。一瞬で2年目が終わりました。早い。現実感がありません。わああい。ない。

 

現実感がないので式の時間を間違えました。浮遊だ。岩本さんが曼荼羅の話などをしてくれました。時間と空間の神秘を凝縮した図なので展示に何か生かせるのではという提案で、諸星大二郎暗黒神話」好きな私としてはいつかギャラリーの壁面をそのように暗黒宇宙にしたいなあ等と浮かれます。そんな調子で皆さん真顔で珍妙なことを言ってくれるので、この人間関係はありがたいと手を合わせてきた、そういう2年間でした。

 

 

13:30 式です。

写真表現大学、Eスクールの先生方からご挨拶、祝辞があり、いただいた言葉を簡単にまとめてみたいと思います。この時点ではまだ酒が入っていないのでそういうことが可能です。後にだめになります。飲んだからです。デレー。

 

 

1.畑祥雄 大阪国際メディア図書館 館長

「表現」とは社会に責任を持つこと。

・2017年流行語大賞となった「インスタ映え」な時勢の中で、改めて「表現」の意味を考えたい。

・「表現」という言葉を用いてカリキュラムを組んだスクールは、当校が初めてである。1989年、ちょうど写真が誕生してから150年に当たる年だった。

 

・「表現」とは、「感情など内面的なものを精神性を通じて形にすること」であるが、図らずも、ファッション的な「装うこと」である「インスタ映え」の流行により、表現の意味、定義がより明確になった。

・「表現」が成立するためには、社会に対して発表していることことが条件になる。発表の形態に意味があり、これまで授業を通して実践してきたプロセス(テーマ策定、フィールドワーク、編集、額装、会場設営など)が、まさにそれである。展示においては、釘一本打つのにも精神が宿る。

・対してinstagramなどにおける「表現」は「upload」であり、既存のフォーマット(アプリケーションサービス)に則ってプロセスを踏むものであることから、それとは大きく異なる。

 

・皆さんには、写真であれば「個展」の開催を、映像であれば「監督作品」の制作を、ぜひ実現してもらいたい。これらは全ての責任が作者個人に帰属する。instagramには責任がなく、成長がない。展示では、称賛もあれば批判もあり、それらの責任を全て個人として引き受けることになる。

・また、取組を時代にクロスさせるためにも、3年を目途に実現されたい。時代は移り変わってゆくので、時間をかけ過ぎると時代とマッチしないものとなってしまう。

・「表現とは何か」ということを以って、お祝いの言葉に代えさせていただく。

 

 

 

2.大石忠彦 写真表現大学プロカメラマンクラス講師

感性、機材、情熱について。

・1つ目は、写真家には「感じる力」「発見する力」が必要。いい音楽を聴くなり、おいしいものを食べるなり、いい文学に触れるなり、「感じ」ないとだめやね。

・例えば何か写真を見て、「いいな」と感じたとする。それがなぜ「いい」と感じたか、それを自分なりに分析する。眺めているだけではなく。

・感受性が錆びついたらだめやね。撮る方法は無数にある。感性を磨かないと写真はよくならない。本人が「良い」と思わないと写らない。

 

・2つ目は、レンズの話。ズームレンズをみんな使うと思うが、あれは便利なだけ。作品を作るときには落とし穴になる。ズームして想いが写るかどうか。作品を作るときには、フレーミングや距離感やらを確信を持って撮らないといけない。焦点距離を意識しないといけない。「この作品を作るには、このレンズでないとだめだ」という確信が必要である。

・1枚の写真を撮るために苦労したらいい。簡単に済ませてはいけない。ズームは確かに便利なのでまずそこから入ったらいい。やっていくうちに「もう一本ほしい」となれば、それが正解。

 

・この学校は歴史があり、教育方針はしっかりしている。私の見ているプロカメラマンクラスでは、毎年生徒をAPA(日本広告写真家協会)に入会の推薦をしている。

・本当はね、1年で卒業は短いんですわ。無理ですね。5年ぐらい来てほしいな。いずれにせよ、情熱に尽きます。自分のやったことは全て自分のものになるんだから。

 

<修了証書授与>

各クラスごとに証書の授与です。今となっては人事異動の辞令交付式でしかもらうことがないので初々しい気分になります。(※筆者は今年も異動がありませんでした)(※筆者は社会人で日中勤務しています)(※そうに見えないかもしれませんがそうです)

 

写真表現大学・基礎コース、総合コース作家クラスの皆さんへ。

 

写真表現大学・総合コースプロカメラマンクラスの皆さんへ。

 

( ´ - ` ) ぐっ。

 

 

Eスクールのみなさん。

 

 

写真表現大学・フォトヘルスケアの皆さん。

 

 

3.梶塚千春 Eスクール講師

創造と、内なる子供の存在について。

・私はEスクールでCG制作の授業を担当している。現在はこうしてスクールで誰かに教えてもらえる環境があって非常に良いと思う。自分がCG製作に関わったのは1984年、大学を卒業して勤めた頃、当時はまだ日本で2社(JCGL、後にIMAGICAとなるトーヨーリンクス)しかCGを手掛ける企業がなく、社員も20代が中心という状況だった。

・当時、「Tron」という映画でCGに憧れ、この業界に入った。

・どこにもツールもノウハウもなく、プログラマーとデザイナーが組んで、コードを打ち込んでやっていた。(インターフェイスという概念もない時代なので、例えばコンピューター上に円を表示して動かすという指示も、全て座標など文字を入力して行っていた) 誰かに教わることも出来ないので、もう全部自分たちで、何となくでやるしかなかった。

 

・ここで皆さんに、私の好きな作家:クリスチャン・ボルタンスキーの言葉を引用したい。「大人は皆、死んだ子供を持っている」と彼は言っている。子供の時の遊びをやめなかった人が、作家であると。

・私からは「遊び続けてください」「全力で遊んでください」と伝えたい。大方の人は失敗する。しかし1000人ぐらいいたら、そのうち1人か2人は、とんでもないところへ辿り着ける。

・自分の中の子供を殺さずに、遊び続けてください。

  

<参考>

・CG史における最初期の作品

■「Tron」(1982年版と2010年版 トレーラー比較)

 

■「Tron」(1982)、CGバイク走行シーン

 

■「ゴルゴ13 劇場版」(1983)


 

・梶塚先生がCG製作に関わったシリーズ

■「NHKスペシャル―驚異の小宇宙・人体Ⅲ『遺伝子・DNA』」(1999)

  

 4.天野憲一 写真表現大学講師

 こつこつやり続けること、仲間は大事。

・今年の土門拳賞を受賞した潮田登久子(うしおだ・とくこ)さんについてお話ししたい。

・潮田さんは写真家・島尾伸三の奥さん。ちなみに島尾伸三は、小説「死の棘」で有名な島尾敏雄の息子さんで、母親:島尾ミホが凄すぎた(※このblogでは補足できないぐらい凄い。家庭内ではヒステリー、ネグレクトが凄かった模様。)ため大変な状態にあったが、写真に出会って自分らしく生きているようになった。

 

・潮田さんは大辻清司のもとで写真を学んだが、37歳ぐらいのときに子供ができ、それ以降は子育てで思うように写真が撮れなくなった。そのとき出会ったのが「冷蔵庫」というテーマで、閉じている姿と、扉を開いて中身を見せている状態の2枚を作品として構成した。冷蔵庫なら子育てしていても撮れる、ということで、自宅だけでなく友人知人宅の冷蔵庫も撮らせてもらい、写真集にした。うちの図書館にも写真集があります。

・そして今回、土門拳賞を受賞したのが「本の景色 BIBLIOTHECA」というシリーズで、本をまるで人物のポートレイトのように撮ったもの。開始から20年ぐらいかけて撮り続けて、2017年に写真集になった。

 

・言いたいのは、「こつこつやり続ける」こと。潮田さんはこれまで受賞歴はなかったが、写真集にすることで評価された。

・そうやって活動し続けることができたのは、夫を始めとして周囲の人が、写真を撮ることについて理解してくれたこと、写真の仲間が周りにいたことが大きい。皆さんもこの学校で出会った仲間は大事にしてください。

 

<参考>

5/24(木)~5/30(水)、大阪のニコンプラザで潮田さんの展示があるので、ぜひ皆さんいきましょう。

  

5.水野五郎 Eスクール講師

 トリはきついなあ、めっちゃプレッシャーやん。

・45歳のときにこれ(来ているグレーのスーツ)、アルマーニです、先輩に店、連れてかれて、買わされました。45万円しました。まあ妻は怒りました。男のプライド、妻との戦い。今でもこれ見ると奥さん機嫌わるくなります。

・それでお姉さんのいる店に連れていかれました。一流の店なんで、そこはもう寿司屋の親爺さんがまさにこういうアルマーニ着てくるような店です。まあその寿司屋にも連れて行かれるわけですが、1貫何千円もするような寿司屋です。そういう感じでやってきました。

・つまり一流の所に行くには一流の格好が必要、ということで教えられてきました。

 

・かたや、映像やるなら、ジャーナリスティックにやらなあかんのです。

・福島菊次郎という報道写真家がいます。権力を相手に戦い、年金も受け取らずにやっていた人です。皆がおおっと思うものを撮らないといけない。

・そうやって精神を鍛えてやっていく方法と、こういうアルマーニとか着てそういう界隈に交わってやっていく方法とがあるわけです。

   

<備考>

・福島菊次郎という写真家について 

◇『ニッポンの嘘~報道写真家 福島菊次郎90歳~』予告編(2012) 

  

NHK クローズアップ現代

  

こうして修了式は終わりました。

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第二部として修了パーティーがあり、酒です。

酒の前に修了生代表としてスピーチを求められたので、職業病もあってものすごい無難な乾杯のあいさつをして、「みんなこの先も仲良くやっていきましょう」的なことを述べます。すると、するどく割って入ってくる声があり、完全に場をもっていかれました。正体はポッキーの妄想映像AR彼氏です。

 

これに負けた。

パッケージがQRコード化していて、アプリを入れてスキャンすると、妄想AR彼氏が立ち上がってスマホの中心に陣取り、良い声で喋りやがります。くそ。負けた。企業に怨恨を抱き、後の展開の伏線になります。

 

 

宴です。これが半数以上がノンアルコールという罠で、私は「今日は結構飲めるわ~」「ちょっと酒に強くなったかな~」と、いい気になりながら、ノンアルを飲んでました。ありえん。プラセボは実在した。無念です。スーパードライもどきが紛らわしすぎます。ていうか私の舌がチョロすぎて愕然としました。無念です。 

 

写ルンですと撃ち合いをしたのち、ちょっといいかなと奪い取って、そのへんでたむろしていたおじさんやおじさんに光を浴びせて激写してあげました。ろくでもない写真が溜まったと思います。ごめんよ。

 

 

歓談します。 がしかし、歓談もつかの間、出席者一人ずつがスピーチを求められるという恐ろしい企画があり、ここからは自分との戦いになりました。

 

 

初手で登壇した楠さんが一番いいことを言っていて、「どんな分野でも1万時間かければものになり、その道のプロになるといわれています」「1日8時間働いて月の勤務日数が20日だとすると、だいたい5年間です。」「そのうちどのぐらい、そのことを考えられるか。1日4時間分しか費やすことができなければ倍の10年かかり、1日2時間しかできなければ、そのまた倍の時間かかります」「皆さん頑張っていきましょう」 

(  >_<) 経営者ですやん。かっこいいなあ。私もう喋らなくていいんではないか。

 

隣で天野先生が「そうでもない人もおるけどなあ」「ポッと出てくる人おるねん」と怖いことを呟いていたのが印象的でした。表現の世界の恐ろしさが垣間見えます。

 

エンジニアの方なので、エンジンの話があり、エンジンの話が全く終わる気配がなく、何気筒あるのがどうのこうの、記憶が飛びました。ミニ四駆のモーターぐらいしか見たことがないのでよく分かりません。

( ´ - ` ) エンジン 

 

みなさん指名されては、そつなく喋るので、すごいなあと思いました。

 

最後に私にマイクが回ってきて、ポッキーのAR彼氏への恨みもあるし、インスタグラマーへの恨みもあるし(※人生くすぶってるので基本的に恨みが多いです)、ひとつここは素直にしゃべることにしました。

 

 ひでえ。

 

もう自分は37歳なので、都市という概念が尽きてその次の世界が来る時までは生きていられないし、人類種が滅びて次の段階に移行する時にも、立ち会うことができない、それが非常に残念であるということを訴えました。

かと言って私が人為的に世界を滅ぼすわけにはいかないし、そもそも物理的に無理です、けれどもゲームやアニメでは世界は何度も滅びてますから、なんとか写真でその有様を映像化してやりたい、てなことを思うと、インスタグラマーへのにくしみは薄れて消えてゆきました、ありがとうございました、

というひどい話をしました。

まあだいたい本心でした。企業各位、千年ぐらい生きられる体があればぜひ提供してください。

 

(※筆者はinstagramFacebook等における写真キラキラ勢を深く憎んでおり、にくしみがつよすぎて猫の絵を執拗にアップロードし続けるという無意味かつ無気力な実力行使を続けてゐます)

 

さんざん場をめちゃくちゃにしましたが、最後の最後はいい感じで締めくくられ、今年度入学の多くの方が、次年度は研究ゼミ生として引き続き通われるらしいので、とても嬉しかったのを覚えています。言い回しがおかしいのは、帰路は記憶がめちゃくちゃで、帰りの電車では立ったまま寝て、転げ落ちそうになり、挙句いい感じに寝過ごしました。

 

皆様またどうぞ、この先もよろしくお願い申し上げます。

 

( ´ - ` ) 完