写遊百珍

大阪国際メディア図書館「写真表現大学」研究ゼミ生&TA。各種講座のレポや、関西・東京の写真展、アート展示を特集。

【diary】H30.3/21(水)家に着くまでが雨

【diary】H30.3/21(水)家に着くまでが雨

 

雨でした。雨で濡れています。濡れると光り、地面が光ると、今ここにあるものが星だったんだなと実感が湧きます。家に帰ることと星を歩くこととは同義だった。奇妙なレトリックですが事実なので受け入れることにしました。

 

 

 

星です。

 

 

冴えない1日でした。何をしていたかというと何をしたわけでもなく、昭恵夫人に苛立つでもなく昭恵夫人に苛立ってみせるメディアに苛立つでもなく、ゆらめく影を見ていたら1日が終わりました。私たちの生命や意識は影なのではないでしょうか。晴れた日の水面に反射した周囲の景色が、ばらばらの丸い格子模様のように分散して、動き揺らめいていることがあります。あの幾何学的でいて動きに富んだ小さな姿が、我々の生命や意識の暗喩のように思えます。死は逆に影ではなく強固な構造体としてあり、その内側に囲い込まれることで揺らぎが生じるのです。 

 

「現実」というもの自体は存在しないということは、フーコーも言っていて、言語の枠内でやり取りが行われているに過ぎない。言語には写真をはじめとする映像も含めてよいでしょう。であれば生命というもの自体はなく、死という強固なコンクリートの構造体の中に生じて揺らいだパターンが我々とは言えないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし生命に対してペシミスティックにはなることができない性分で、過剰に暴走する生にこそ悦びを感じるのが私の毎日です。「形」を超えた、誰にも語りえない生命の素性を知りたいと願っているものですが、ごはんおかわり2杯山盛りなどを続けていたせいか、最近少々太ってきました。

男は機械に乗りたがり、女は服を着たがり、どちらでもないものは体を欲する、などという言葉遊びがあります。私は体が欲しいのかもしれません。