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ねこが超です。主に関西の写真・アート展示のレポート・私見を綴ります。

【アートエリアB1】ラボカフェ「ガラスの物理の新展開:ランダムにぎっしり詰め込まれた粒子たちの意表をつく挙動」吉野 元

【アートエリアB1】ラボカフェ「ガラスの物理の新展開:ランダムにぎっしり詰め込まれた粒子たちの意表をつく挙動」吉野 元

 

H29.12/6(水)

 

大学時代に部室等が居心地良すぎて、怠学をキメたあまり3回生以降の記憶がほとんどないという方も多数おられることでしょう。あたしのことだ。そのブランクの間にファンデルワールス力とかインノケンティウス3世とかカルビンベンソン回路といった多くのことを忘却した者も少なくないでしょう。あたしのことだ。そして見事に辛うじて何とか社会人となった暁に、人の形をしたタンパク質の空洞だけが残っていたということがしばしばありますよね。あたしのことだよ。

 

はい。

京阪・なにわ橋駅の「アートエリアB1」で、大阪大学の研究者を招聘して無料のミニ講座を開催しているということで、無料であるから、私は関西人であり、無料に弱いので、スカスカになった脳の空隙を埋め合わせに、よろよろと聴講に行った。

 

 京阪電車の古い車体は少々側面に丸みがあって目がきもちいいので好きです。色はぜったい昔(みどり2色)の方がよかった。

 

 

お目当ては「ガラスの物理」。

 

ガラスには興味がなかったが「粒子」と聞いて反応した。極小の世界には何か重大なものがあります。

吉野元(よしのはじめ)准教授。サイバーメディアセンター所属。統計力学理論物理学スパコン

 

 

( ´ - ` ) サイバー。

 

 

 

( ´ - ` ) サイバー。

 

 

 

( ´ - ` ) サイバーメディアセンター。

 

 

 

( ´ - ` )ノ サイバーメディアセンター。生徒がパソコン授業を受ける部屋であった。それ以上の認識がないのが時代の違いというものか。

入学当初、身内では「サイバーwww」「サイバーて」「なにそれ時代(笑)」「サイバー(笑)」と冷笑していたものだが、いつの間にかえらく大規模な組織になっているようだ。社会に溶け込んだ感。言い続けたもん勝ちである。

 

あのころ。最初の授業でホームページを作ったりブラインドタッチを学んだことが思い出される。信じられないことに当時はSNSという概念がなかった。それどころかブログというサービスすらなかった。掲示板と、個人ホームページと、日記サービスというものがあった。サイバー界は未開部族の地であった。あと全員ガラケーで画面は単色だった。色々と思い出してむせた。

 

 

今回の講義を以下にログる。

 

(注)ただし私は計算式を解さない文系人であり、文盲ならぬ数盲であり、方程式は基本的にセフィロスの必殺技としか思っていないので、記述に重大あるいは軽微な誤り、抜け、歪みがあってもちょっとすいませんどうにもならんので、静かに皆さんで自主的に調べて脳内補正かけてくださいませ。高校1年の物理で20点切ったことが自慢。

 

 

 

かちっとした固体だけれど、ぬるぬると液体としての性質も合わせもつ「ガラス」のお話。人類史では割と昔から付き合いがあったにも関わらず、その物性の特異さに研究が及んだのはつい最近のことであった。それはスパコンがなければ切り込めない領域だったのだ。

 

 

 

〇ガラスとは何か 

 →アモルファス固体

 

〇固体としての性質(硬さを持つ、形を成す)

〇液体としての性質(粒のあつまり、形状でたらめ)

 

(例)ガラス細工の工程:高温で溶かしたガラスを型に流し込む →適当なところで切る →パーツを組み込む →上から更に溶けたガラスを流し込む

冷えて固まっても、再加熱して再整形することが可能

 

 

(※一般的な「ガラス」=石英ガラス(Sio2))

物理学でいう「ガラス」=上記のような性質を持つアモルファス固体

  →粉体(砂)、ビールの泡、コロイドも含む

 

固体なので粒子間には相互作用がある(分子が手を繋いでいる) ⇔結晶と違い、構成がでたらめ

 

 

<実験>エコカイロ(酢酸ナトリウム):

液体中の金属片を折ると急激に液体が結晶化し、発熱した

何が起きた???

  ↓

 

過冷却液体

 

  ↑ おうちでできます、過冷却水。 

 

・通常なら液体⇔固体は凝固点を境界として変化(水⇔氷は0℃)(相転移

・液体を急速に冷やすと、液体のまま温度が下がり続ける→衝撃(エネルギー)を与えると瞬間的に結晶化が開始

 

(例)樹氷、雨氷(Freezing Rain)

 

・特徴:温度を下げていくと体積も減少し、ドロドロの液体になる

 =固体としての性質を合わせ持つ

 

(例)はみがきこ、キネティックサンド

その瞬間では固体としての姿 ⇔ 時間の経過で徐々に「流れる」

 

 

〇応力緩和

・粒子の集まりに力を加える(ひずませる)

 ・液体:ひずみに従って「流れる」

 ・固体:ひずみに抵抗して、形が変わらない

 ・ガラス:抵抗を示すが、いつかは「流れる」

 

 

※観測時間に依る 

←人間の常識の範囲内で「固体」と判定しても、それを超えたスケールの下では「流れ」てしまい、「ガラス」と言えるかもしれない。

=「ここでガラスに変わった」という境目を指し示すことは困難

 

※写真で示すことはムリ(「流れ」=粒子間で分子の手の繋ぎ変えが発生

  ←写真は手を繋いでいる状態しか記述できない)

 

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〇ガラスの物理学

 

 

・この10~20年で急速に開始(とても遅れていた分野)

・皮肉「ガラス物理研究者より理論の数の方が多い」(混乱状態)

 審判を下すのは実験物理学者

  ←スパコンの発達、実用による理論検証

 

・物理学者の考え方=単純化 「牛を球として考える」

 

<実験>ケースに多数の球体を詰める

 →適当に入れると隙間ができて動きがある、きれいに詰めて入れるとぎっちりする

 

 

(砂:粒子の密度が閾値を超えると固体として振舞い、閾値を下回ると流れ出す)

・・・密度による状態変化=「ジャミング転移」

 

 

 しかし・・・ 要素が集まったものは単純ではない

 

圧縮とシアで実験

「斥力コロイドを加圧したらどこかの時点で急激に硬くなるのでは」「計算式もそうなってる」

→「先生、変化がおだやかです」「???」

 

→もっと調べる

 

→圧力をめちゃくちゃかけると、どこかで結果が分かれる?

 力が二段階で緩和する、ガラスに二種類の振る舞いが生じる

 

 

(このへんめっちゃ駆け足説明のため一般人ついていけず)

 

 

スパコン内でなんかもうものすごい状況をつくる。

コロイドをめっちゃ押し込むと臨界圧力のところで状態が二分される。安定したガラスとぎりぎり安定したガラスに分かれる。

 

 

 

前段の「ガラス」の定義あたりで時間が費やされ、肝心の最新研究の部分で駆け足すぎ、結論よくわからなかったが、超高圧状態でガラスはエネルギー地形の分裂を来たし、大きく二つの状態に分かれることが示された。

 

 

2コマに分けてやってほしいぐらいの密度。

 

 

 

 

終了。

聴講者は物理好きの集まりだったようで、歓談している。当方はyoutuberの体当たり実験でも見ない限り何が起きているか理解しかねるため無理。

 

聴講していて痛感したが、日常言語と、現象や観測そのものとはまるで折り合わない。例え話でわかりやすくしてもらうことのコストがあまりに大きいことが分かった。

日常言語は旅券みたいなもので、各々の住む国(個々人の認識)からある国(別の領域)へ行き来するための手続きツールのようなもの。それはあくまで手続きなので、実際に行った先にある物、体験したことをそのまま記述したり持ち帰ったり加工することができない。

身近な例えの存在しない領域の話(最新の研究、学会の動向など)については、一般人には単語ひとつ了解がなく、まさに海外で「1、2,3」を何て言うか全く分からない状態。そこに乗っかっていかないといけない。もしかするとその国では「1、1.5、2、2.5、3」とカウントするのが日常的かもしれない。そういう了解の地平が見えないの。

ブラックホールの中でバカンスを過ごした人がいたとする。彼の話はたぶん何回聞いても一生理解できない)

 

 

 

そうなると日本語なのに何語か全く分からないという面白いことになり、こうしてログる際にも「日本語でわざわざ(解釈・翻訳して)書くよりも、その場で示されたグラフや図表をそのままイラストで貼り付ける方が伝わる」という訳の分からない状態に陥る。くそねこが奇妙な曲線をガリガリ齧ってる絵を描く方が、日常言語を振りかざして空振りするよりも伝わる世界になるのだ。

 

 

奇怪で面白かった。

大学時代にもっとこういう奇怪な世界を悦ぶべきであった。快楽原理が手ぬるかったように思う。残念だ。

 

 

 

余談ですが京阪中之島線の駅構内はディテールが色々と凝っていてよい。お洒落を突きながら相当メタリックで露出を締めると素敵。

 

 

 

講義の効果か、もう京阪電車の窓ガラスがガラスに見えない。これは流体かもしれない。10の5乗時間ぐらい見つめていたら流れ出すかもしれないんだ。電車が溶け落ちるぜ! ヒャッハー!! LSDをきめるより確実に世界が溶け落ちていくという映像が体験できるかもしれない。あほなことを思い詰めていたら扉が開いたりして危ない。

 

 

 

 

久しぶりに京橋駅を通った。この街だけは空気が肌に合わず、中学時代から今に至るまで、この荒々しく、どこか殺伐とした空気感は、馴染めない。梅田でいう東通りの奥、客引きの密度の高い飲食店やお水の店が密集しているあたりの、路上まで店の延長と化している感じに似ている。ただ歩いているだけで客候補として値踏みされ、こちらの居場所が削り込まれていく。やだなあ。落ち着かない。放置しといてよ。歩いているだけで風俗店の店内に居るようなものだ。「お兄さん!一発どう!?それ一眼レフですか?カメラ割引しますよ!」いらんわ!

 

 

我ながらなんというかすごい普通の写真が撮れた。

おおー珍しい。

まだ写真による探索が浅い街では、いかに昔から慣れ親しんでいたとしても、パーツや隙間を依り代にして勝手にゲーム化して遊ぶことは困難です。緊張感がある。そこでゲームするより、誰がいて、どの店が何で、四方八方の交通や視線、システムはどうかという、全身で探る感じ。その間は、珍奇なモンスターの写真が撮れない。

 

 

JR駅から京阪モールへの連絡通路だが、ひどい街だなあ。基本的に性と酒しかない。世紀末的欲望がかったるく無限に延長戦を決め込んでいる。ただし店の業態は時代のニーズに合わせて新陳代謝されており、現代はテレクラやビデオ試写室ではなく出会い系の模様。 

 

 

現代の最高にして最新のラボ、疑似生体アーカイブとはゲームセンターである。ここには、サブカルから生まれた者たちが立体造形として格納されており、集団で、無言で、培養層から解き放たれる日を待機している。 うふ。

 

 

という感じで楽しかったというわけです◎

 

完。